第85話 タリアの新たな職業は

「冒険者なんて、非常識が服着て歩いているようなものでしょう?」


連日のマラソンとあまりに適当な魔物討伐にあきれる二人に、厚切りベーコンを口に運びながらそう反論した。この街は王都とアインスの間の街では一番大きく、宿も食堂もそれなりに豪華だ。


「タリアさん、あんなこと言ってますけど」


「頼もしい限りですわ」


タリアは既にあきらめたのか、2枚目のチキンソテーを笑顔で口に運ぶ。

治癒ヒール生命力バイタル・活性化アクティベートで強制回復をしているためか、この処タリアはよく食べるようになった。なんでも無茶苦茶お腹がすくらしい。


「たしかに、我々のような役人と違って冒険者には破天荒なものも多いと聞くな」


「職業のマネジメントを自分でしますしね」


領兵は才能をベースにするが、部下をどの職業に割り当てるかは小隊長や中隊長が考える。

レベル上げも同じで、街の警備、対人戦闘の訓練、魔物退治を兼ねたレベル上げを、兵隊のスケジュールに合わせて実施する。

二人の年齢なら、まじめに働く冒険者は2つ目の一次職の中盤か、2次職になっていてもおかしくない。そんな奇特な生き物冒険者がいるかはともかく、街の常識で測れないのが冒険者と言うものだ。


「転職するって事は、定着したスキルもそうですけど、シナジーがある職のスキルを合わせて使えるようになりますから、当然、人間の枠からは外れていきます」


一次職の中にも、転職してスキルが継続で使えるようになる職は存在する。わかりやすいのは戦士と剣士、魔術師と魔導士のような同系職。付与魔術師エンチャンターも付与以外は魔術師とシナジーがある。

スキルが協調すると、これまでできなかったことに手が届くようになる。2次職はもっとだ。

さらに3次職のバノッサさんは、MPにモノを言わせて移動に空を飛んでいた。有事の際には縮地や高速移動で街道を走る近接職もいる。

レベルが高くなるというのは、常識から外れるのと同義である。


……そもそも、この二人だって今日1日10時間100キロ走に着いて来ているのだから、身体はおかしいたぐいである。


「ところで、行軍マーチが今日で定着しました」


「おっと、そろそろだと思っていたけど、やったね」


これでタリアが別の職業に転職できる。


「そんなに早く定着するのですか?」


「このスキルは発動中に500キロ移動って感じで、定着コストが安いので」


「安いかそれ?」


行軍発動中は同じ体力消費で速度が上がるから、体力換算だと250から300キロくらい。

タリアは2週間ほどで定着したから1日20~30キロ走。毎日はさすがにオーバーワークだけれど、この世界には治癒ヒール解毒キュア・ポイズン生命力バイタル・活性化アクティベートがある。やってやれないことは無い。

サポート面を考えたら、俺が定着させたときの方がきつかったと思うんだよね。


「ロバートさん、このままアインスまで運搬者キャリア―なら定着しますよ。足りなければ少し走りこめばいい」


そう言うと、ロバートさんは何と答えるべきか迷ったように目を泳がせた。

簡単に癒してはいるものの、リネックさんともども、膝が笑っている状態だからなぁ。


「タリアを転職させたいので、1日この街に滞在しましょうか。さすがに俺もMPがきついですし」


継続発動する魔術やスキルを使っている間、MPの自然回復が無くなる。4桁MPは伊達ではないが、さすがに明日走るのはちょっと心もとない。


「ああ、助かります」


「いや、ロバート、我々は護衛なのだから休めはしないぞ」


「心が休まるだけでも十分じゃないか」


「確かに」


いや、むしろ俺らについてきたら心は休まらないと思うが。

二人には無理をせず休みを取る様に伝えた。ついて来られるととれる選択肢が狭まる。

どうせ街中で護衛を受ける必要も無いので、休んでいるか訓練をするかと訊いたら二人は休むと即答した。


そんなわけで、タリアが預かっていた荷物を返却して翌日、転職のため二人で神殿へと向かう。

森が近い大きな街だけあって、他の種族もちらほら見かけるな。パッと見て分かるのは獣人だけど、エルフらしき男性も一人すれ違った。

そしてこの街の転職神殿はアインスより一回り大きい。人がまばらなので、ちょっと閑散とした雰囲気をうけるな。


「転職は何を選ぶのがよいのかしら?」


「あとから巫女を目指してみるとして、その際に共用出来て、かつ被らない物。状況職に繋がるものが良いな」


巫女は神の力を借りて奇跡を起こす職業だ。

一般的な魔術もそうなのだが、巫女の使う力はなんというか系統立てされてない奇跡に近いらしい。

他の職から巫女に転職した際に、スキルをそのまま生かせるのは……。


「……精霊魔術士コンジュラーなんてどうかな?」


「精霊魔術士?……聞いたこと無い職ね」


「精霊の力を借りて魔術を行使する術者。魔術師より召喚士に近い系統の1次職」


職業について集合知で調べると、頭痛くなるくらい大量の情報が流れ込んで来て認識にすら支障が出るから、シナジーあるかとか細かく調べるのがつらい。しかも誤情報も混ざっている。

クロノスで転職できそうな職で、巫女とシナジーがありそうな魔術系職は魔獣使いと精霊魔術師。魔獣使いは、魔獣が激減しているから、選択するなら精霊魔術士になるだろう。


「エルフに多い職業だけど、着くのに素質は特にいらない」


「魔術師と何が違うの?」


「精霊魔術士は文字通り精霊の力を借りる。精霊って言うのは端的に言うと自然現象の事かな。説明するのが難しい。魔術師との差をあげるなら、精霊魔術士は常に詠唱が必要で、周りの環境によって使える魔術が変わるから即応性が低く周囲の見極めが必要」


当然、詠唱魔術として覚えることが出来ない。


「……いい所ないじゃない」


「いや、その代わり消費するMPに対して発生する現象が段違いに大きい。と言うかMPと現象に因果関係がないというべきか」


魔術とは、魔力を使って特定の現象を発生させる、と言う技術である。

定着していない魔術とは、職業システムを通じて神が発動を手助けしてくれている状態であるものの、基本的には自らの魔力を操作して現象を起こすのだ。

魔力操作や魔力感知のレベルが上がり、魔術を使う感覚を叩き込んでいけば、神の力を借りずとも魔術が使えるようになる。これを便宜的に定着と呼んでいる。


精霊魔術は、精霊にお願いして、精霊に魔術を使ってもらう魔術、だと思えばいい。

魔力を消費して現象を起こすのは精霊なので、本人の魔力と起きる事象に因果関係が無くなる。


「語り部適性、話術適性のあるタリアなら精霊との交渉もしやすい気がする。言っててなんだけど、ピッタリな気がしてきた。それに精霊魔術士は状態異常耐性が高くなる。これは上級冒険者にとっては必須だと言っていい」


「んっと……前にワタルが天啓オラクルで神様?と話していたけど、あんな感じで精霊って呼ばれる存在と交渉して、魔術的な現象を発生させる職業、って思えばいいのね」


「そういう事だね」


「わかった。精霊魔術士をやってみる」


これでタリアの育成方針は決定だな。


「ワタルは戦士から転職はしないの?」


「考えてはいる。興味があるのは魔獣使いと人形使い、あとは2次職の死霊術師ネクロマンサー


魔獣使いは、この世界に元からいる魔獣と呼ばれる、魔力の影響を強く受けた生き物を使役する職業。

人形使いは、自らゴーレム作成し、それを動かして戦わせる職業である。


死霊術師ネクロマンサー……なんか、嫌な名前ね」


「人形使いが作った人形を戦わせるなら、死霊術師ネクロマンサーは死体を戦わせる術師かな。無茶苦茶人数が少ない」


魔物は死体を残さないから、対魔物戦ではあまり力を発揮しないとされる職業でもある。


「仮にも勇者って呼ばれた人間が付く職?」


「でも神の職業リストに入ってるし。それに勇者って職業は無いんだよ」


俺専用に作ってくれてもいいんだけどなぁ。

……だめだな。キャラメイクで似たような事が出来る世界だ。バランス型の近接戦闘職なんか作られても嬉しくない。


「今日、この後錬金術師の店に行って、エンチャントに使える素材が手に入ったら少し考えよう。ただ、王都についたら一度付与魔術師エンチャンターに戻るつもりだから、本格的な職探しはその後」


修練理解の腕輪をギルドに売り込みたいし、とばりの杖で50レベルまで稼いで、魔物特攻をエンチャントするのも良い。やれることはたくさんある。


「それじゃあ、一足先に転職するわ。経験値稼ぎのサポート、よろしくね」


「うん、それは任せて」


2~3回はとばりの杖を使っても問題ない。まずはタリアのレベルを稼いでしまおう。

魔術師系転職像に祈りをささげて、タリアは精霊魔術士コンジュラーに転職したのだった。

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