第86話 精霊魔術士と小精霊

アインスから王都へ続く街道、その中央地点に位置するこの宿場町は、名をアーフォストと言う。狩猟と林業を生業とする森の中の街である。


街の人口はおおよそ一万人ほど。クロノス王国歴300年の集合知だと、アインスの倍以上の人口がある街ではあるが、街の大きさは立地の関係でこちらが小さめ。歴史はこちらの方が長い。

森が近いこの街は、春から秋の間のこの時期までは冒険者などが多く滞在しており、実際に街に居る人数はさらに倍以上であろう。

人の行き交いが多い街だけあって、物流も盛んだ。


「良かったわね、素材があって」


「うん……まあ、素材から塗料を作らなきゃいけないのはちょっと面倒だけど」


最初にエンチャントした時は自分で作ったのだから問題ないはず。

この間は塗料になった物がそのまま売っていたから買ってしまった。因果関係があるか分からんが、もしかしたら封魔弾を流行らせたから行商人が持ち込んだかな?


冒険者ギルドに顔をだして、作業室が借りられるかを確認する。問題はないらしいので、小物の装飾品を買ったら使わせてもらおう。

このあたりで最近よく見かける魔物の話を聞き、ついでに依頼があるかを確認。

どうもここ最近はアンデット系の魔物が流れてきているらしく、それの調査、討伐依頼がメインのようだ。すぐにできるものはない。


昨日、道中で襲われていた人たちの相手もアンデットだった。王都付近で蜂起した四魔将の一角の残兵だろう。その当人はどこに居るのだろうね?別に会いたくはないのだけれど、気にはなる。


お昼前に街を出て、近くの森へ。

魔力強化マナ・ブーストを掛けての魔力探信マナ・サーチで、周囲の魔物を探す。


「……う~ん……どうするかな」


「何か居たの?」


「結構、冒険者が多い。それと、多分二人が遠巻きに着いて来てる」


「ロバートさんとリネックさんね」


「一応護衛だからね。とばりの杖を使いたいけど、見られたくはないな」


「どうするの?」


「撒くのは不自然だから、小細工をする。とりあえず、少し奥に行こう」


他の冒険者たちとかち合わないよう森の中を進む。小一時間ほど歩いて街から離れると、魔物の反応以外で近くにいる人は2人だけになる。


「魔物が多いな」


散発的に襲い掛かって来る魔物を倒しながらの探索。

既に4回ほど襲撃を受けており、トータルで200Gほどのドロップを得ている。魔力探信マナ・サーチに反応して寄ってきたものが居るとはいえ、街の近くを1時間ばかり歩いてこれは多い。


「レベルは?」


「上がって小精霊契約というスキルを覚えたわ。使おうとすると、頭に詠唱が思い浮かぶわね」


「うん、こっちの知ってる知識通り。使うと小精霊リトル・スピリットを呼び出して、契約すると小精霊召喚ってスキルに変わる。魔術系統では召喚術扱いされているけど、精霊魔術の第一歩だね」


召喚術の中で、この呪文だけはバノッサさんから教えてもらった。

小精霊リトル・スピリットはどこにでもいる小さな命。大きな力は無いが、召喚術や精霊魔術では大切な存在だ。


「使ってみていいかしら?」


「大丈夫、魔物が来たらこっちで捌くよ。小精霊との契約はいつもうまく行くわけじゃ無いから、落ち着いて交渉するといいよ」


精霊魔術の行使は、他の知性ある存在に協力を頼むという特性上、ちゃんと交渉しないとうまく行かない。

選べば発動する魔術師系のスキルとは根本的に違う。魔術師系ギルドが定める15の魔術に精霊魔術を入れなかったのは入れなかったのは、この辺が理由かな。

エルフの口伝だと思うが、強大な魔術師は、その傲慢さ故に精霊の導きを得られない、なんて話がある。

精霊魔術はうまく使えるかが、人間性に大きく左右される魔術なのだ。


「万物に宿る命の欠片よ。世界に偏在する小さき意志よ。私の呼び声が聞こえるならば、ここに顕現して在り様を示せ。小精霊顕現ウィッシュ・リトル


彼女の呼び声に応えて、小精霊リトル・スピリットが姿を現す。

この世界のどこにでもいるとされる彼ら彼女らを、人が観測できるのは、小さな光球に葉脈の模様が浮かぶ透明なひし形の羽が生えた姿。

ふよふよと儚げに漂うそれは、けれど確かにそこにいる。


「……はじめまして、小さな精霊様?」


その光球に対して、タリアはゆっくり話しかける。

俺も呼び出したことが有るが、小精霊リトル・スピリットは明確な言葉を放さない。ただ何となくの意志を伝えてくれるので、意思の疎通が可能である。


「私に力を貸してくれる?……どうして?……どうしてかしら」


タリアは難しい顔をしながら、小精霊と意志の疎通を行っている。


「あなたたちの力が必要か、わからないわ。あなたたちじゃなきゃいけない理由も見つからないわ。でも、私に今できる事はこれだから」


精霊魔術としての小精霊召喚も、召喚魔術としての小精霊召喚も、ともにMPを代価として力を借りる。

でも小精霊たちに魔力が必要かと言うと必ずしもそうとも言えない。魔力はこの世界に遍在しているらしく、人の魔力は小精霊にとってちょっとしたおやつ程度の間隔らしい。


「私はね、みんなを助けたいの。両親を、姉妹と言っていい友達を、魔物たちから救いたいの。うん、そうね。あなたたちはずっと在るから、私の孤独は分からない?それでいいのよ。知らなくていいことだってあるのだから」


タリアの言葉は穏やかだ。

小精霊は純粋で、彼らとの会話は心を映す鏡のようだ。


「うん、そう。私は必ずそれを成し遂げる。私の出来ることは全部して、私のしてもらえることは全部貰って。……そう……うん、ありがとう。力を貸してくれるのね」


彼女が精霊に向けて手の平を差し出すと、小精霊は漂いながらそこに止る。

小さな光の輪が彼女の指に絡みついて消える。契約が完了した。小精霊はふわりと浮き上がると、ゆっくりと風景に溶けて消えた。


「……うまく行ったみたいだね」


「ええ……これはちょっと感傷的になるわね」


「小精霊は純粋だからね。感情にダイレクトに訴えかけてくる」


短い時間のやり取りでも、それは普通に言葉を交わすより心に響く。


「……普通に精霊魔術士を選んだ人は、どうやって契約するのかしら?」


「彼らは人の善悪の感覚を持たないからね。どんな形であれ、純粋な望みがあればいい。自分の心と向き合えれば、応えてくれるよ」


「なるほどね。……なんか、嫌がる人が多そうな職業ね」


「人はね。エルフはむしろ好んで精霊魔術士に成るらしいよ」


この辺は文化の違いだろう。


「まぁ、精霊魔術士で契約まで至るのは小精霊しか居ないはずだから」


これより先は精霊使いの範疇だ。

精霊魔術士は、その場にいる精霊の力を借りるだけの職業で、使役するのは本来の技術ではない。どこにでもいる小精霊だけ、精霊と触れあるという意図のもとに契約が結べるとされている。


「スキルは小精霊召喚になったわ。後、精霊知覚ってスキルが増えているんだけど、これはなにかしら?レベル1ってなってるけど」


「……ああ、うらやましい」


「……どういう事よ?」


「いや、それ俺は覚えられなかったやつ」


魔力操作みたいに、精霊関連の能力が得られたら精霊知覚といつスキルが現れる。

召喚術として小精霊召喚を取得した際に、俺は精霊知覚を得られなかった。使い続ければ獲得できると思うけど、今のところそちらは伸ばしていない。

契約と同時に表示されたって事は、タリアは精霊と相性がいいって事だろう。


「注意していれば、日常的に精霊が認識できるようになるかもね。俺も知識でしか知らないから、あんまりうまく伝えられないけど」


「……それじゃあ、気にしない程度に気にしてみることにするわ」


分かるような分からないような言い回しだな。なんとなく、意味するところが伝わるのも……まぁいいや。


「さて、それじゃあ本格的に経験値を稼ごうか」


一気に1次職中盤くらいまでレベルを上げてしまおう。

そのためにも、こっちの様子をうかがっていると思われる二人をどうにかしないとね。

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