第83話 おためし転職をさせてみた

一旦宿に向かって部屋を確保してから、錬金術師の店によってエンチャント用塗料を探し――アインスでもここでも残念ながら見つからなかった――冒険者ギルドの訓練場で軽く体を動かす。


修練理解によるトレーニングは良い。うまく動けたときの感覚が気持ちよく、ゲームのようだ。

このスキルは限られた一部の職しか覚えない。剣士や槍兵なども取得できればいいと思うんだけど……腕輪の効果があるかな?


「……我々も、せめて移動中は運搬者キャリア―に転職すべきでしょうか」


四人で簡素な夕食を囲む中、深刻な顔でそう言いだしたのは護衛の一人で剣士ソードマンであるロバートさん。

二十代前半で赤毛の短髪に茶色の瞳。ちょっと堀が深いイケメンに見えるが、それよりも端々からにじみ出ている善人感が、気弱な雰囲気を与えてくる。


「職だけ真似た所で、レベルはどうする?ステータスもかなり低下するぞ」


言葉を返したのはもう一人の護衛、斥候スカウトのリネックさん。

同じく二十代前半で黒髪に細く切れ長の瞳。表情の動きが少なく、ザ・斥候職と言う印象を受ける。


「確かにそうなんだけど、今日のペースで明日のルート着いて行けると思いますか?」


明日は比較的険しい山道がある。王都まで行く街道の中では一番の難所だ。


「そもそも、ワタルさんが先頭を走るのがおかしいのです。護衛の意味がない」


ははは、そんなこと言われてもね。

4人の集団が結構な速度で街道を爆走しているので、すれ違ったり追い越したりする一団からは毎回ぎょっとされる。

襲撃を警戒されるくらいなら良い方で、強力な魔物が出たなどと思われると説明がちょっと面倒。

まぁ、後ろの二人に比べると俺は余裕があるから、訓練ですの一言で済ませられたりもするが。


行軍マーチは覚えて損の無いスキルだと思いますよ。定着も割と条件が緩いのがいい。運搬者キャリア―ほど低レベルじゃないですけど、1次職の兵士ソルジャーでも覚えられますよ」


兵士ソルジャー戦士ウォーリアと同じく、多様な装備を扱う事を前提とした前衛職だ。

戦闘だけじゃなく、補給や偵察など、主に集団戦闘とその準備で必要になるスキルを覚える傾向がある。

万能タイプのステータスで、扱いやすいスキルが多いので守備兵などには多い職種だ。


「そう言う話では無い。……駆け抜けるのはそう言う予定だから、もうこの際諦めるとして、レベルが足らなければ意味がない。魔物がいたとしても、そんな簡単に上がるものでもない」


とばりの杖で3000Gの魔物を生み出して、封魔弾で瞬殺すれば30レベルくらいまでは即上がるのだが……あれは見せられないからな。

魔力強化マナ・ブーストで街道近くの魔物を狩るかな。倒すのは封魔弾や詠唱魔術で良いとして、走ってる最中に見つかる街道沿いの魔物なんて精々十数Gだろうから、行軍マーチを覚えるまでレベルを上げるのはちょっと面倒。まぁ、やってやれないことは無いか。


「とりあえず、魔力探信マナ・サーチで魔物探しながら街道を走ってみましょうか」


「……本気ですか?」


「難所って事は、それなりに魔物もいるでしょうし、サーチで寄ってくる魔物を倒せばレベルも上がると思いますから。そう言う実験は歓迎なんで、朝一で神殿に来ましょう。いきなり二人は微妙なのでロバートさんからです」


「予定していた工程が遅くなるのでは?」


「日の出から動けば何とかなるでしょう。疲れたら生命力バイタル・活性化アクティベートで疲労を癒して歩きましょう。食料だけは追加で用意しておいたほうが良いかな?タリア、お願い」


「わかったわ。頼んでおく」


「本気ですか……」


リネックさんはあきれてるし、言い出したロバートさんも困惑気味だが、やって損はない。

それに気になっていることもある。集合知の情報と、実際に他の人のステータスが食い違うんだよな。タリアのステータスとか、初心者ノービスにしては高い印象だった。俺はオールフラットだったのに。理由を調べようにも、個人差としか出てこない。


集合知はみんなが知っている情報しかない。もし、この世界で『この職業のこのレベルのステータス平均値はこれ位』と言う情報を知っている人が居ないとなると、得られるのは実体験と先入観で得られた情報だけだ。そして、そう言う人が居ない可能性はそれなりにある。情報化社会じゃないから、調べている人が居ないんじゃないだろうか。

これは推測だが、集合知で得られている情報は、『この職業ではこれ位加算される』と言ったざっくり情報の可能性がある。それで困るかと聞かれればそうでも無いが、検証しておいて損は無かろう。


そして翌日。

即行で予想外の事態が発生した。


「……ロバートさん、仙術適性ありますね」


「……はぁ?」


運搬者キャリア―に転職後、秘匿無しで見せてもらったロバートさんのステータスは次のような感じ。


-------------------------------------------

名前:ロバート・フロス

状態:健康(23)

職業:運搬者キャリア―

レベル:1

HP:35

MP:15

STR:18

VIT:18

INT:11

DEX:16

AGI:17


素質:剣士適性,村人適性,体術適性,掃除適性,仙術適正

スキル:初心者ノービススキル,

魔術:なし

-------------------------------------------


一般職のレベル1としてはHPが高い。また、ステータスも盛られているが、これは素の筋力とかが影響しているのだろう。

職業の適性として剣士、技術の適性として体術を持っているので、剣士系は良い職業選択だ。掃除適性は……性格かな?まぁ、それはいい。問題は仙術適正。クロノスでは結構レア適性なはずだけど。


「せんじゅつとは何でしょう?」


「いや、東方系……クロノスからだと、南東のクーロン皇国とか、東群島で使われる魔術ですね」


「……そんな術が?……確かに、増えています。……でも、今増えましたよ?」


「……今?」


「はい。転職前、そのあともこのような記述はありませんでした」


「……どういう事?」


集合知……適性が増える条件……だめだ、出たり出なかったりするくらいしか分からん。

ん~……なんだろう。俺が見つけた?他人に見られる?適性を他人が見つける可能性……あ、ヒット!


「タリア、昔の話を聞いていい?巫女適性があること、昔から知ってた?」


「……いえ、ワタルに言われてあることに気づいたわ」


「……なるほど」


「どういう事でしょう」


「……ステータスの表示、知らない知識に基づく情報は表示されないのかもしれませんね」


集合知の中に、その可能性があるのでは?と言う情報がある。これも研究してまとめた人が居ない。

俺は集合知でどんな職業があるのか、どんな魔術があるのかすべてを知っているので、ステータスを見ればすべての適性が表示される。

ロバートさんはそう言う適性があると俺から聞いて知ったので、見えるようになった。


「リネックさん、素質だけでよいので秘匿無しでステータス見せてもらえますか?」


「……わかった」


確認するが、珍しい適性は持っていない。残念。

もしかしたら、見る人が全く知らない適性は見えないのかも知れない。


ロバートさんのステータスをいろんな人に見せれば検証できるが、さすがに提案するのは気が引ける。集合知に頼りきりはダメだな。

そう言えば素質確認の水晶が使われるようになった経緯は……ああ、こっちは情報がある。ステータスに適性が表示されるようになったのが錬金術師アルケミスト実装より後か。

と言うか、素質が拡張されたのって5~600年くらい前だな。職業システム登場よりだいぶ後だ。経緯が分からないけど、時間があるときに天啓オラクルで聞いてみよう。


「とりあえず、転職は出来ました。仙術はクロノスで覚えられるところが無いので、気にしないことにしましょう。アインスに戻ったら、副隊長に相談してみても良いかも知れませんね」


東方からの旅人で仙術が使える人が居たら、復唱法と同様の方法で術を教われるかも知れない。

そこについてはアインスの人たちに任せよう。

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