第82話 街から街へ

街の外を魔物が跋扈するこの世界における旅、街から街への移動は、実のところそれほど危険視されているわけではない。

理由としてまず挙げられるのは、職業システム導入された事による街道の整備状況の劇的な改善だが、これは実のところ副次的な要素でしかない。ステータスが高ければ街道なんかなくても駆け抜けられるからだ。


もっとも大きな要因はやはり金の魔王が生み出した魔物が居る事。いや、金の魔王の生み出したいない事であろう。

かつてはこの世界にも血肉の通った野生動物、強力な力を秘めた魔獣や、さらには街でくいっぱぐれた野盗や、現人類と敵対する他の亜人種が跋扈しており、街から街への移動は危険を伴うものだった。

しかし魔物共が隆盛を極めるとともに、これらの勢力は一様に影を潜めていく。


野生動物はすなわち食料であり、人との生活圏が被る、利用価値がある生き物たちは魔物にとって価値あるモノである。発見するなり取り込むか、狩って加工するか、その行く先は様々だが、総じて数を減らしていった。


動物が魔力によって変質したと考えられていた魔獣も同じくである。鉄の意志アイアンズ・ウィルが討伐した氷竜や、凪の平原に居座っていたベヒモスのように、のように、近代まで生き残っているものも存在するが、多くの魔獣はその数を減らし、人の生活圏に姿を見せることは無い。


そして野党や人類と敵対する亜人はもっとひどい状況だ。生存にはある程度人としての文明が必要にもかかわらず、彼らにとっては街の中も外も味方は居ない。神の加護である職業システムの恩恵を受けられない者は、暮らしていくのがつらい世界だ。

昔はゴブリンとかオークとかの姿の元に成った亜人が居たらしい。今は集合知でもよくわかっていないくらいに忘れ去られていて、少なくとも人の生活圏では絶滅したと考えられている。


……なんで神様は亜人たちに加護――職業システム――を与えなかったんだろう。

与えたけど滅んだ?それとも与える意味がなかった?職業システムの目的は魔王を倒す事だから、そこに至らない者たちが除外された、は在りそうだな。世知辛い。


まあ、そんなわけで街の外は魔物の住処になっており、魔物については小結界キャンプが非常に有効である。

24時間356日休まず侵攻を止めない働き続ける魔物を相手にするにしても、1日8時間、ほぼ完ぺきな防壁を貼れるメリットはとても大きい。

襲撃で最も警戒すべきが夜襲なのは今も昔も変わらないわけで、それを回避できるメリットは語るべくもない。


そんなわけで、むやみに守りを分散させるよりは、という思想に従って、街道沿いの宿場町は歩いて2~3日の感覚で整備されていることが多い。アインスから王都までの間にある宿場町は3つ、普通に歩くと8日から10日くらいの工程を、毎日宿場町に泊まるつもりで走っている。

体力を温存しながら歩くのと同じ時間を、倍以上の速度で走らなければいけないわけで。


「……はぁ……はぁ……ついた……しぬ……」


夕方、日が落ちる前に最初の宿場町についた時、護衛の二人は大の字で地面に転がった。


「さすがにタフですね。行軍マーチ無しで着いて来れるとは」


その結果にむしろ俺は感心していた。

アクティブスキルを使っていたのかも知れないが、職業とレベルを考えると、ほぼステータスと体力で着いてきたことになる。

二人の職業は剣士ソードマン斥候スカウトであり、レベルも40代半ばだ。最高速度はタリアより早い。音を上げずについて来るので、つい楽しくなって飛ばしてしまった。


「……ワタルは本当にスタミナお化けですね。どうしたらそうなるんでしょう?」


「わからない。スタミナとかって隠しパラメータあるのかもね」


そう言うタリアは、途中で足が痛いと音を上げたので俺に背負われていた。

それでも三分の二くらいは走っているので、フルマラソンよりは長い距離を走っている。1週間前に比べたらかなり成長しているのだ。


「まあ、こういう無茶が出来るのは魔術のおかげだよなぁ」


街の入り口に置かれたベンチに座らせて、素足に治癒ヒール生命力バイタル・活性化アクティベートを掛けている。

彼女の足の裏は、俺の献身的なケアによって今なおぷにぷにである。

ちなみに走ってかいた汗は、当人たっての希望で覚えた清潔クリーンによって、キレイキレイされている。


「回復魔術で癒すと、筋力の向上にはならないんだっけ?」


「そう言われているけど、実際どうなんだろう。少なくとも生命力バイタル・活性化アクティベートはそう言うのは無い気がする」


筋肉痛を治癒ヒールで治すと筋力向上には成らないらしい。

生命力バイタル・活性化アクティベートは代謝を向上させる系統の魔術なので、こちらは阻害しないという見解がある。

この辺のスポーツ医学的な分野はあまり研究がされていない。俗説的な情報が語り継がれている状態だ。


「……リターナー殿、担当官が来ましたが……彼らは大丈夫なのですか?」


「平気だと思いますよ。鍛えているので。それじゃあ手続きをお願いします」


本日泊まる宿場町も、アインスと同じ城塞都市である。周囲は農地となっており、その先には雑木林がいくつか見える。クロノスでは標準的な街だ。


「では、リターナー殿、タリア殿こちらへ。収納空間インベントリの確認をさせていただきます」


大きな街では禁制品の持ち込みを監視するため、収納空間インベントリの中をチェックできるスキルを持った役人が存在する。

今、タリアは運搬者キャリア―になっていて、俺の荷物を持っていることに成っている。荷物と言うのは俺や彼女の鎧、普段着、日用品や非常食を含む。

ちなみに護衛の二人の荷物も、貴重品を除いて預かっている。

最初は背負って走ってたんだけどね。あきらめたのよ。


「武器、防具、衣類に食料……問題はなさそうですね」


「はい、お手数おかけいたします」


そう言ってタリアが微笑むと、担当役人は表情を崩した。ちょろいな。


現在、俺の収納空間インベントリにはエリュマントスの大剣やとばりの杖、それに作成済みの封魔弾など、おおぴらに見せられない物をまとめてある。ステータスも秘匿中だ。

この辺は護衛の二人にも伝えていない。


俺は運搬者キャリア―から付与魔術師エンチャンターに転職後に冒険者ギルドに登録したから、運搬者キャリア―だった経歴や記録されていない。

アインスの冒険者ギルドには情報があるのだが、今回は領主の紹介状を持って街に入るから、そこまで細かく問われることは無い。

多分、王都で担当官に合う際には確認されるだろう。その時は逆にタリアをお留守番させ、俺は差しさわりの無い物を持って行く予定である。


……タリアが収納空間インベントリ行軍マーチを着させたら転職してしまえば、それで足はつかなくなる。


「滞在は1日、明日の朝には出発しますので、またよろしくお願いいたしますね」


タリアがそう言って微笑むと、さらに鼻の下を延ばす。ちょろいな。

まぁ、この手のチェックは神の力で抜けが無いからな。慢心しているのも致し方ない。むしろ俺にとってはありがたい。


「さて、それじゃあ宿に行って、その後は訓練がてら軽く身体を動かそうか」


この旅で、全力でいやそうな顔をするのは3人になった。

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