第81話 旅立ちの日に落ちる影

出発の前日は、ランニングがてら久しぶりにサンワサ村へ行き、シスター・グースにアインスを離れることを伝えた。

レベル99のアナウンスは聞いていたらしく、さすが勇者様ですと拝まれた。

アインスで大きな戦いがあった事も伝わっている。サンワサ村も同時に魔物に攻められたらしいが、防壁を強化していたおかげで被害は出なかったらしい。


あの戦いでは周辺村にも魔物が送り込まれていて、村にいた冒険者が足止めされていたらしい。

俺たちが襲撃始まる前にファロー村を出発できたのは運が良かったのかも知れない。


近況を報告しながら軽い昼食――せっかくなのでこちらから差し入れた――を取り、タリアも紹介した。

この世界で俺が異世界人だと知っているのは、タリアとシスター・グースだけである。

勇者様を献身的に支えるのです、と三度念押されたタリアは、さすがにいやそうな顔をしていた。

彼女は感情が良く顔に出る。出ているのは大概ロクな感情ではないが……。


それからルドルフさんのところに行って、こちらも出発の挨拶。当日は朝から出るので回っている余裕はない。

アインス教会のエンブレムが入ったタバードをタリアにも進めてくるから、遠回しに遠慮しておいた。予備はと言われたからこちらも荷物になると。……いや、ありがたいけどずっとついて回るのもね。


「そう言えば、位置の日の前日に、ワタル殿当てに届け物が来ておりましたぞ」


そう言って木箱に入った紙の束を渡された。中身は地図、古地図や落書きっぽい。

なんだろう?

想起リメンバーで記憶をたどると、以前、市で運搬者の本屋に収納空間インベントリ行軍マーチの定着方法を教えた時に見ていたものだ。

あのおっちゃん、ちゃんと定着を確認して送ってくれたんだな。義理堅い。ありがたい話だ。


夕方に冒険者ギルドに顔を出すと、グローブさんとエトさんに会えた。

出発の日程は知っているので、今日は顔を出すだろうと待っていたらしい。そこで作ったエンチャント装備を渡す。

二人ともすごい顔をしていたが、受け取ってくれた。


「選別って見送る方が渡すもんじゃねぇか?」


「俺が欲しいのは魔王を一緒に倒してくれる仲間です。それが無けりゃ、使い勝手の感想をください。後、2次職目指してくれていいんですよ。なんなら51レベルでも良いです」


今日の昼間に魔術師ウィザードの51レベルのアナウンスが流れた。

どうやら上を目指す者たちは出てきているらしい。多分魔術師ギルドの関係者だろうな。


「ありがとうございます。INT以外のステータスが低いので助かります」


エトさんは素直に喜んでくれた。この二人はしばらく一緒にパーティーを組むらしい。

もう一人か二人メンバーを募集して、アインス周辺で50レベルを目指すとのこと。今回渡した装備が役に立てば、数か月で到達するだろう。

その後については、後々考えるとのこと。エトさんは付与魔術師を取ろうかと考えているらしかった。


当日見送りに来てくれたのは、グローブさん、エトさんのほかに、ギルドからラルフさん、リリーナさん、それに封魔弾の仕入れ担当の男性職員。


「ワタル殿が居なくなるなんてっ!王都での報告が終わったらぜひまたアインスに戻ってきてくださいっ!」


「いやぁ……それもどうでしょう。リリーナさん助けて」


この人圧がすごいの。

名前?俺の中では『名前を言ってはいけないあの人』になっている。噂をすればなんとやら。

この人との間を取り持ってくれていたのがリリーナさん。バノッサさんの紹介から、なんだかんだで縁がある。


「良いですか、ワタルさん。女性の扱いは常に細心に、けれどさりげなく、ですからね」


タリアの件で相談することもあったのだが、ずいぶんと心配されているらしい。

タリアとはそれなりに仲良さそうに話しているのを見たことが有るので、思うところでもあるのだろう。


「お前なら戦士としても十分やって行ける。俺が言うのもなんだが、上をめざぜ」


ラルフさんは、今の装備をエンチャントしたその日に軽く訓練場で手合わせをした。

互いに熱くなって木剣が吹き飛んでしまったので引き分けたが、職業では語れない強さに、何か感じるものがあったらしい。直接の絡みはそれほど無かったんだけどな。


「王都までの案内は、予定通りの二人が担当してくれます」


領主からの使いを兼ねて、領兵で炎の魔術師であるタームスさんも見送りに来てくれた。

王都までの道のりはかなりの日数がかかる。馬車を用意しようか、と言う話も出たのだが、歩くのよりちょっと早い程度の馬車では時間がもったいない。


走っていく、と言うととても困惑された。

そして走ってついてこれる案内人件護衛として、大丈夫そうな二人の領兵を付けてくれた。ちなみに基準はタリアだ。俺が全力で走ると、タリアを担いでも2次職じゃなきゃついて来れない。


「よろしくお願いします」


ちなみに、二人とは事前に挨拶として肉体言語ボディランゲージで会話している。

護衛いらなくない?と言われたのだが、まあ、案内人が居て困ることもない。何事も縁。何かの拍子に魔王を倒すための仲間に格上げされるかもしれん。とりあえず、一緒にいる間は鍛えてよいと言われている。

とばりの杖は見せられないが、詠唱魔術は仕込んでみよう。


「それじゃあ、行って来ます。また、必ずどこかで!」


最終決戦の前にはみんなで助けに来て欲しいね。


行軍マーチを発動して、タリアに合わせて走り始める。

王都まではおおよそ3日から4日の予定。さらに縮められるかは頑張りによる。

さぁ、どこまで早くつけるかな?

………………

…………

……



□蟻の残壕□


薄暗い洞窟の中を、松明トーチの明かりを頼りに4人の冒険者が慎重に進んでいく。

斥候と思われる細身の男、中肉中背で大きな盾を携えたタンク、深い緑のローブに身を包んだ魔術師。前を歩く3人はまだ若く、1次職の中盤ぐらいと思わせる服装だ。

最後尾につく大柄な男は、ガタイと顔のいかつさだけは冒険者に劣らないが、服装から村人であろうと予測される。彼は荷物運びのために同行した運搬者キャリアーだった。


「報告であった通りですね。幸い、リポップした木人は簡単に倒せるので助かります」


後尾の魔術師が緊張を緩めようと、努めて軽い声で前の二人に話しかける。


「……そうだな。この先の魔物の気配も雑魚ばっかりだ。……とは言え、油断はするなよ。こないだアインスに攻め込んできた残党が居るかもしれん」


場所はファロー村から少し離れた蟻の巣穴、ワタルたちがゴブリン・ウィザードと戦った場所だ。


「まだ余裕は?」


「これ位なら全然余裕だぜ」


運搬者キャリアーの男は木人ウッドマンのコアになっていた薪木を収納空間インベントリに収納していく。

ワタルは大っぴらに収納空間インベントリを公表していない為、面倒を割けてファロー村から奪われた薪木はその場に残していた。

彼らの目的はそれらの回収と、最終的には蟻の巣穴の封鎖を依頼されてやってきた冒険者であった。


「……しかし、予想以上に少ないですね」


報告では結構な量の燃料が奪われたという話だったが、リポップしている魔物の数も、落ちている薪の束も少ない。


「一番奥でウッドゴーレムと戦ったって話だから、そこに固まってるんじゃないか?もうすぐ最奥だから、行ってみりゃわかるだろ。敵は?」


「スキルに大きな反応はない。おそらく木人が二体」


「それなら余裕だな」


冒険者たちは警戒を続けながら洞穴を進む。

スキルで感知していた通り、最奥には木人が発生していたが、それは順当に片づけた。さすがに数Gの手間取る程弱くはない。


「これで終わりか。あっけないな……しかし……燃料はどこだ?」


「ありませんね。見落としたのでしょうか」


一人ふたりでは持ちきれないほどの燃料がある。そう聞いて運搬者キャリアーを連れてやってきたが、回収できた量は肩透かしモノだった。


「先があるわけではないな。天井に穴はあるが……あそこから先に行くのは無理そうだし、もともと居たゴブリンや木人はもっとだと思うが」


「そんなことは無いよ」


気に障る甲高い声が響く。


「な!?」


「魔物!?反応なかったぞ!」


突然陰から伸びてきた手が、四人の身体を拘束する。影束縛シャドウ・バインド。暗黒魔術に分類される拘束魔術で、束縛糸バインドより使用状況が限られるが、その分強力な拘束力を発揮する。


それと同時に天井の穴から無数のゴブリン飛び出してくる。


「こいつらっ、くそっ!強打バッシュ!」


氷結弾フリーズ・シェル!」


縄抜けスリップ・ムーブ!」


それぞれがスキルを発動し、迎撃と拘束から逃れようとする。


「無駄だよ」


「ぐぇ!」


けれど、彼らの放った技はことごとく防がれ、ゴブリンたちの振るう棍棒が彼らを打ち据える。

逃げることも出来ず、HPはあっという間に削られていく。ゴブリンたちは最奥の小部屋を埋め尽くすほどの数であり、状況は絶望的であった。


「さぁ、おやすみお兄さんたち。影への埋没ベーリド・イン・シャドー


その瞬間、冒険者たちの身体は暗い影へと沈みこんでいく。

すでに彼らに抵抗するだけの力は残っていない。助けを求める叫びはどこにも届かない。

そうして彼らは闇に飲まれ、意識を失った。


「……帰還の宝珠を持ってなかったのはラッキーだったかな。彼らの装備はブギーマンに譲って、有効利用してもらおっと」


その場を埋め尽くしていたゴブリンたちは既におらず、それは独り言として洞窟に響いた。

すぐにそれも闇に消え、そして誰も居なくなった。

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