第79話 魔術と付与の知識を伝えた

□冒険者ギルド・作業室□


装備を揃えたら、翌日はエンチャント祭りである。


「ただひたすらエンチャントしていても勿体ないので、お勉強しながらやりますか」


「お勉強?」


「俺は集合知があるけど、タリアは自分で覚えないといけないでしょ」


「……そうね。アインスの外周を走ってこいって言われないならいいわ」


彼女はまだ行軍マーチの定着が終わっていない。

収納空間インベントリももう少しかかるので次の転職は王都に向かう最中かな。


とりあえず、永続付与に必要な道具を並べながら、集合知で知っている知識を放していく。


「まずは魔術について。魔術ってのはこの世界に満ちる魔素マナを介して様々な現象を発生させる技術の総称。1000年前に職業システムが神によって導入される前、魔術はもっと荒唐無稽で不安定なものだった。それを神が力を貸すことで使えるようにした。ここまではOK?」


「ええ、なんとなく知ってるわ」


「1000年前に最初の4職が作られた時、今日魔術とされるスキルが使えたのは魔術師ウィザード治癒士ヒーラーの二職。当時は魔術に区分なんてものは無かった」


「区分って、火とか水とか?」


「うん。魔術の区分は、後から人が分かりやすくするために作って、神様にフィードバックを掛けた情報ってこと。今は忘れられつつあるけどね。最初に作られたのが、この国や魔術師ギルドで表の6属性って言われている火、水、風、土、光、闇。いろいろあって今は宗教的な絡みで神聖、暗黒ってなってるね」


「6属性については知ってるわ」


「その後、それにはどうしても当てはまらなかった魔術を無属性とした。これが例外のはずだったんだけど、その後職業が増えたことで、6属性プラス1じゃ説明できない事象が出来た。そこで無属性、対魔属性、雷属性、重力属性、時間属性、空間属性をまとめて、裏の6属性と呼ぶことにした」


「……へぇ」


この裏の6属性、雷だけ浮くんだよな。集合知に情報が無いけど違和感がある。

なんか別の属性に雷が混ざってるんじゃないかって感じだ。


「まぁ、この辺は人が決めて、神様が分かりやすいならそれで、とか言ったからそうなっている。この辺を決めているのが、ニンサルに拠点を置く魔術師ギルドだな。歴史は冒険者ギルドより古い、魔術の研究と発展を目的とした職業組合だ。ここが魔術を分かりやすく広めることで、魔術の理解が進み、詠唱魔術や定着の研究が進んだ。属性ってのは、魔術を人が知っている減少に例えて、わかりやすく理解するためのとっかかりなんだ」


「ワタルの使う付与魔術は何属性なの?」


「付与は付与属性となっている。つか、正確に言うと属性は無い。表の6、裏の6に、召喚、付与、錬金の3種の魔術を合わせて、魔術師ギルドが定める15の魔術、というくくりがされている」


これは東大陸で一般的な区分。中央やそれ以外ではまたちょっと違う。


「さて、付与魔術。1次職である付与魔術師には一時付与、封印付与、永続付与の3種類のスキルがある。これらはすべて別の魔術をモノに付与するスキルだな」


「その言い回しだとモノにってのが特徴なのね」


「そういう事。例えば魔力強化マナ・ブーストのような対象を強化する魔術は、生き物にならそのまま掛けられる。同じ強化を複数掛けられないという点を除けば、人の強化は各属性魔術の範疇なんだ。物の強化は付与と錬金の特権的なところがある。切れ味強化みたいな、専用のスキルも存在する」


中央大陸の文化ベースで始まった職業システムが、世界各地の文化を反映していくにあたって、これでは説明できなくなっている部分も当然ある。

だけどこの職業システムがこの世界にとって後付けであることを理解していれば、その発展はあまり気にしなくていい。神によってローカライズされたと言って問題ない。


一時付与インスタントは、付与する魔術の発動条件を定め、それを満たしたタイミングで発動するように設定できるスキル。発動回数や時間経過で効果は消失する。封印付与は封印解除後に一時付与インスタントのように発動する。封印している間は時間経過でも効果が失われないが、封印中に大きく破損すると使えなくなるというのが特徴。んで、これから行うのが最後の一つ、永続付与だ」


石を研磨してなめらかにした作業台の上に鎧を並べ、陶器の大器になみなみと赤銅色の塗料を注ぐ。


「付与魔術師は職業としては後発で、永続付与は錬金と同じく結構めんどくさい。 ……最初からこうだったのか、それとも研究が進んでこうなったのかは分からない。けど、永続付与をする為には、対象が通常より多くの魔素を含んだ素材でなければならない」


「魔鉄とか、魔物の糸とかそう言う素材ね」


「そういう事」


「ワタルの鎧は魔鉄製だと思ったけど?」


「うん。これは錬金で作られた効果が乗った魔鉄ベースの合金だね。錬金の効果が無ければ、このままで永続付与が乗る。だけど錬金の効果があるせいで、こいつに対してそのままエンチャントが乗らない状態なんだ」


いわゆるリソース不足。この鎧にはもう効果の空き容量が無いという事になる。

そのリソース不足を補うために、前回同様、魔導銀ミスリル塗料を使うわけだ。

説明しながらハケで鎧の金属部分に塗料を塗っていく。


「錬金の効果を乗せずに鎧を作れば、ワタルの魔術でそのまま付与できるってこと?」


「それは正しい。けど、現実的じゃないね。その理由は、付与魔術師エンチャンターのスキルや魔術では、ステータスを装備に同期するようなものが無い」


魔鉄を直接鎧に仕立てて、耐久力強化や盾などを付与した方がコストは安い。

だけどエンチャントの特性上、性能は付与した術者の能力依存になる。2次職以上の場合、本人のステータス反映をした方が扱いやすく、さらに魔物から見た時の価値は下がる。

この、ステータス反映が錬金装備の最大の特徴の一つと言っていい。


「人類は錬金術師アルケミストのスキルの有用性に気づいて、これを量産できるように体制を整えてきた。1000年前なら身に付ければ100人、1000人と戦って苦も無く勝てる装備が、地方都市のアインスでもたかだか1週間ちょっとで用意できるのは、すごい進歩だろ」


「そうね」


「その陰で、錬金装備に付与できないエンチャントは廃れていった。この塗料も元々は錬金術に使うもの。エンチャントのためのリソースを錬金装備に追加することができると分かってから使われるようになったけど、そのころには付与魔術師エンチャンターは既に衰退気味だったらしい。これが結構お値段するのも原因だろうな」


エンチャント用の素材全部合わせてだけど、俺の鎧がもう一つ買える金額になる。

封魔矢の買取が無ければここまで良い装備は揃えられなかった。


「それを復権させて、魔王との戦いを優位に進めるのね」


「まあね。永続付与が流行るか分からないけど、封印付与は見ての通り、結構な効果を上げている。さて、永続付与だけど、これは媒体となるものにリソースが必要な分、一時付与インスタント封印付与シールに比べて、さらに便利な機能を不随させられる。最たるは、発動に必要なMPの自動回復だね」


これは錬金でもある特性であり、使用者のMPを消費しなくても一定時間で効果回数が回復するというものだ。理論的な話をするなら、大気中の余剰魔素を吸収して、装備内のMPを回復して発動するように調整できる。


「ここ数百年の錬金の流行りはステータス参照をベースに、必要に応じて変わっている。冒険者向けだと軽量化と消音。この辺は規格化されていて、逆に付けないのが難しい。ほんとにオーダーメイドなら可能だけど、それは一桁金額が変わる。ちなみに、何も効果の無い魔鉄の鎧を入手するのもアインスだと難しい」


効率化ってそういう事よ。


「さて、塗り終わり。この状態で永続付与オーラのスキルで魔術を付与する。塗料によって魔力のつながりが鎧全体に出来てる形になるから、これで付与するとどこであっても同じ効果を発揮する。また繋がってる方がリソースも多い。つまり、たくさんの魔術を付与できる」


何種類の魔術を、どのくらいの強度で入れられるかはリソースの空きに影響を受ける。

今回は多量に塗料を準備したから、リソースは潤沢だ。二重付与や付与効率向上の効果もあるので、前回より潤沢な付与が可能になる。


「何を付与するの?」


「盾、治癒、軽量化、防水、断熱着、耐久力強化。さらに入るなら盾を多重。小音化で調整かな」


「……すごいわね」


「多分これ位は行ける。盾と自動治癒はアクティブ発動……攻撃を受けた時みたいな感じでその時に発動するようにして、それ以外は常時発動だね」


「これ、ワタル専用装備じゃなかったらすごい価値になるんじゃない?」


「ん……錬金でその人の魔力に合わせて調整しないとステータス参照効果が低いからなんとも。魔物産の2次職用武器や防具が無茶苦茶高価にならない理由がそれだし」


さて、それじゃあ付与してみよう。治癒ヒール以外はすべてスキルとして発動可能である。

永続付与、二重付与、二連付与をそれぞれ起動、各魔術のINTの比率を決めた上で条件を設定。条件設定はパラメーターがあるわけじゃ無く、集合知で得た情報と感覚を照らし合わせて効果を調整。

この辺は他の人がやる場合、慣れるために試行錯誤が必要になるのだろう。


「……永続付与エンチャント・オーラ


鎧に魔力がしみこんでいくのが分かる。

魔導によって塗料が定着し、黒鉄から赤銅へと姿を変える。


【ワタル・リターナー専用・不撓不屈のコンポジットアーマー】


よし、成功した。

さあ、サクサク作っていこう。

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