第77話 二人で回る市場にて
□アインス・市場広場□
アインス防衛戦が終わってから最初の市の日。
買い出しのためにタリアと二人、露店を見て回る。
「……にぎやかねぇ」
驚いたように話す彼女の機嫌はいい。きっと今日はマラソンをしなくて良いと伝えたからだろう。
「アインスの露店市は、食料品、日用品が半分くらい。あとは行商で工芸品を扱っている商人や、需要が無くは無いけど多くも無い冒険者向けのアイテムなんかが多いかな」
目利きが必要だが中古品の装備なども割と出回る。
掘り出し物、はほとんど無いが、常設店舗より品揃えも良くなるので売っている物を買うなら市を見て回るのが良い。
「私の住んでた村では、こんなに人が集まることは無かったわ」
「アインスはそこまで大きな街じゃないからね。人間の街だから異種族もほとんどいないし、王都は多分いつもこれより人が居るよ」
クロノスは東大陸の中でも様々な種族が見られる国ではあるが、都市の観点からするとやはり種族ごとに別れて暮らしている。
アインスは農耕の街なので人間、鉱山都市ならドワーフ、深い森なら獣人やエルフと言った具合に、自分たちが活動しやすい地域にすみわけがされていた。
王都はさすがにごった煮みたいな感じらしいが、行ったことが無いので実際に処はわからない。
「あ、あのアクセサリー可愛い。……見てるだけでも楽しいわね」
「ほかに娯楽も無いから買い物は楽しいね。でもとりあえず、必要な物を買っちゃおう」
王都への出発予定は明々後日だ。今日は必要な物を買いだして、明日は注文していた防具の受け取りと付与を行う。出発前日は予備日である。
「何を買うの?」
「まずはエンチャント用の素材。糸も使い切っちゃったから。街の錬金術師店でも在庫があれば変えるけど、そもそもエンチャント用の在庫が無かったりするから市かこの後で探す」
金属用の
俺の鎧は魔鉄ベースの合金だから塗料で良いけど、量は必要だからこの前より金がかかる。
まあ、毎日50本以上の封魔矢を納品しているから予算はそれなりにある。
「それから生活必需品。タオル、歯ブラシ、櫛、ハサミ、髭剃り、それから植物油、ソーダ灰、消石灰、酢……」
「前は分かるけど……後半は?」
「石鹸とリンスくらいは作っておこうと思って。身体は
富裕層の間では美容用品としての石鹸やリンス、トリートメントが使われているらしい。魔物産のアイテムのかなにはこの手の物もある。集合知を使ってある程度再現できる。
後はトリートメントや軟膏も作ってみるかな。ハチミツや蜜蝋が必要だ。
「なんでまた?」
「日頃のダメージは
「……ダメージなんて受けてたっけ?」
……これは分かってないな。
「良いことを教えてあげよう。美しさってのは簡単に劣化するんだぜ」
「……………………」
おう、すごい顔していらっしゃる。
元が良いのは間違いないんだけどね。お姫様として扱われていれば自分で気にする必要もなかっただろうが、冒険者として生きるなら気を使うべきだと思う。見た目が良い方が、人から助けてもらいやすいし。
「……ワタルは私の外見なんて興味ないのかと思ってたわ」
「そんなことは無いさ。仲間が……まぁ……可愛ければ……うん、それなり嬉しい」
「それをこっち向いて言えたら満点なのに」
ああ、知らん知らん。
俺一人だったら気にしないし、男同士なら思いつくことも無かっただろうけど、思いついてしまったら仕方ない。
どうせ日が沈んだらやることが無いのだ。これを機にトレーニング以外のことにも手を付けよう。
市を回って必要な物を買っていく。
集合知で調べれば概ね適正価格かみたいな情報が分かるので、はずれを掴まされることも無い。
必要な物以外に、エンチャント用の素材は多めにし入れて、ついでに予備の装備を買う。
グローブさん用に片刃の短刀であるファルシオンと、突き刺し用のスモールソード。エトさんにはダガーの一種で防御に使われることの多いマインゴーシュ。
試しにエンチャントして、使い勝手をギルド経由で王都に送ってもらおうと思っている。
2次職の装備になって来ると、ステータスを活かすための加工が必要になるためアインスの市では購入が難しい。そもそも自分の分を用意するだけで金がつきる。
一通り買い物が終わった後は、露店で軽食を買って食べながら市を見て回る。
「所持金は全部
「そのまま渡せる革袋の方が使い勝手が良い」
タリアが指さしたのは商人向けのコインケースだが、使うならカードサイズの革袋だろう。
入用になるかもしれないし、数枚購入しておく。
「さっき見ていたアクセサリーの露店も見てみるか?」
「……興味はあるけど、冒険者に必要?」
「エンチャントできる装備は多いに越したことは無い、という事にしとこうか」
そう答えると本日何度目か分からない微妙な顔をしたが、店の前に来ると声を弾ませて品定めを始めた。
「ん~……こっちは素敵だけどサイズが合わない。これとこれ……こっちも良いわね。使い方を考えたら指輪よね……ねぇ、ワタル、貴方はどっちが良いと思う?」
……俺に訊かれても、アクセサリーの良し悪しは分からん。
まあ、こういう時は無難に回答しておくべきだと集合知は教えてくれる。ん~……こっちかな。
選んだのは絡みつく蔦の意匠の真鍮の指輪。庶民向けのアクセサリーの一つだ。
「まいどあり!ほれ兄ちゃん、つけておやりよ」
タリアは期待した目で左手を差し出す。この世界でも指輪をする位置は変わらないらしい。
差し出された手を取り、それを中指に……ずらされた。人差し指に……ずらされた。笑顔でにらみ合う。
いや、痛いから足ふむのやめて?
「……はぁ。流されてる感じがする」
「そのまま流されていいじゃない」
薬指にはめてあげるとようやく機嫌を直してくれた。
ついでにシンプルなデザインのバックルを3つほど買っておく。こっちもエンチャントお試し用だ。
「他に市で買うものは?」
「ん~……考えていたものは買ったかな。あとは……ああ、ギルドに行こう。売店で買うものがある」
タリアが冒険者になって、何が必要か集合知で調べてみた結果、ギルドで買わねばならないものがあったのを思い出した。
「何か必要な物あったっけ?」
「……生理用品」
「デリカシーッ!」
大して痛くない平手が飛んできて、指輪の跡が頬に刻まれた。
……仕方ないじゃぁないか。
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