第73話 再エンチャントを試してみた

「いよ、御両人。息災かい?」


「こんにちわ、グローブ様」


「二日ぶりですね、グローブさん。昼休みですか?」


ギルドは出入りする冒険者や職員のための食堂が併設されてるが、時間的にはちょっと遅い。午前の買い物に想いのほか時間を取られてしまったこの時間は、食堂の中はまばらだ。

タリアが席を勧めると、彼は背もたれの無い椅子の一つに腰を下ろす。

食堂のランチはスライスしたハムとチーズを挟んだサンドイッチとスープだが、彼は串焼きも外で買ってきたらしかった。


「ああ、書類仕事が多くてかなわん。ようやく調査遠征の整理も終わったよ」


襲撃の件でごたついていて、余計に時間を取られたらしい。グローブさんは実動員寄りの立場だから、ギルド内に居るのは基本暇なときらしいのだが、今はそうも言ってられないとか。


「見違えた、とは言わないが、二人とも服を変えたんだな。似合ってるぜ」


主にタリアを見ての感想だ。


「ありがとうございます。……グローブ様は聞いた通りの服装なのですね」


レザーで決めたチンピラ様式ルック。ヒョウ柄モドキのシャツがまぶしいぜ。その服どこで売ってるんだろう?

トゲトゲが付いていれば、世紀末覇者が居る世界のやられ役とかにもなれそうだ。


「ワタル、お前がどんな説明したか一度聞かせてみろや」


「ハハハ、別に大したことは言ってないですよー。まぁ、仕事の兼ね合いもあるとは話しておきました」


グローブさんの服装については、半分趣味で半分仕事だ。

ギルド職員にもいろいろな立場の人間がいるが、彼の場合は、初心者を威圧しつつ、他者を見下す上級者を調査するとかそんな感じらしい。

冒険者ギルドは相互補助協会であり、互いの善意の協力が必要不可欠。実力があっても荒っぽい者、不義な者、自己中心的な者は排除される。規律にきつく縛られているわけでも無いが、彼の服装をみて下に見るような輩はマイナス1点と言ったところ。


彼の実力は、最初に会った時ステータスだけは上だった俺が一発も当てられずに転がされていたのだ。レベルやステータスだけではないモノがある。


……まあ、服装のチョイスは当人に任せられているため、それについては弁護の余地は無い。

他人から侮られそうな服装と言うのがもうちょっと何かないのか。皆そう思っているから見た目について誰も擁護しないのだろう。


「装備も新調するんだろ?王都出発に間に合うのか」


アインス領主からの依頼もあって、レベル99の件とエリュマントス討伐の件は直接報告に行かねばならない。

装備はセミオーダーの既製品でも一日や二日はかかる。今俺が欲しい高ステータスを生かせる装備はもっとだろう。


「一応、俺の分の防具は昨日採寸だけしてもらいました。タリアの分はまず既製品に俺がエンチャントするので、今日靴屋の後に行こうかと思ってます」


靴もちゃんとしたブーツはオーダーメイドなんだよな。スキルとステータスのおかげで制作速度は速いがそれでも家内制手工業の域を出ない。一度は言ってみたいよね、家内制手工業。そしてマニュファクチュアへ。……話がぶっ飛んだ。


「別に一緒に冒険者やる必要はないんじゃねぇのって思うが」


「彼女にも彼女で戦う理由があるので」


別に私はあなたが頑張ってくれればいいのですよ、というタリアの圧は無視する。


「なんにせよ、初心者ノービスのままでは話になりませんからね。封魔弾を使ってレベルを上げるので構わないから職を決めないと。それは俺もですけど。必要な物最低限揃えたらレベル稼ぎのつもりです」


「まぁ、ワタルが居るなら大丈夫か。こんなかわいいレディに無茶させんなよ」


そんな目いっぱい首を振らなくてよいからね。

無理も無茶もさせないさ。多分スパルタなだけ。


「リユース封魔弾、ほんとに返さなくていいのか?」


のんびりとだべりながら一通り食事を終えた後、グローブさんはそう切り出してきた。

以前軽くあげると言ったのだが、どうやら気にしていたらしい。


「ええ、構わないですが……そうだ、今持ってます?」


「ああ、あるぞ。ほれ」


パチンコ玉より少し大きいサイズの緋色の鉄球。ちょっと汚れているけど、永続付与は今だ衰えることなくその効果を放っているようだ。

エンチャントシートを取り出して、鉄球を乗せる。


「ちょっと試したいことが有りまして。付与解除、二連付与、二重付与……凍槍フリーズ・ランス松明トーチ


鉄球に魔力が吸い込まれていく。発動条件は変えていない。INT比率を調整して密度を上げた凍槍フリーズ・ランスだ。今の魔力操作とINTだと体積が大きくなるのを防げないから、炎槍ファイア・ランスだと飛び火が怖い。


「はい、強化完了。そしてやっぱり付与解除からの再付与は効率が落ちる気がしますね」


この間、タリアのペンダントトップに付与したときに感じた違和感。

俺の魔力感知だとかすかに感じられるレベルだが、術を掛けた時のかかりが悪いというか、入りが悪いというか。

二連付与と二重付与を使って二つをまとめて付与したから前回よりリソースに余裕はあるけれど、総リソースはちょっと減ってる感じがする。解除で減るのか、それとも使ってるうちの劣化なのか分からない。

集合知にも情報が無いんだよな。微々たるもの過ぎて気にしてないのかもしれん。


「いま、サラッとすごい事された気がするのだが?」


「これまでより威力は上がってますが、ともなって発生する槍の大きさが大きくなってます。なので火じゃなくて氷にしましたけど、人の近くで使うのは気を付けてくださいね」


巻き込まれたらえらいことに成るのは、どの属性でも変わらん。

副次ダメ―ジを考えるなら炎症が発生する火、状態異常を考えるなら炎症に加えてスタンの入る雷の方が便利だが、この二つは文字通り飛び火しやすい。

凍結だって巻き込まれたら腕の一つや二つ凍って砕けるが、森林火災を起こしたり、金属に導雷されないだけましだろう。

ランス系は貫通力のある衝撃プラス属性ダメージなので、凍結だってウッドゴーレムを倒せる。問題は無い。


「だれも強化してくれと言ってねぇよ?」


「強くなる分にはいいじゃないですか。この間無理したから、さらに無理すれば50レベルまで行けるところまで来ているんでしょう?2次職が見えますよ」


エトさんと同じく、グローブさんも結構な経験値を稼げたはずだ。


「実力に見合わないレベル上げは身を亡ぼすと……お前に言っても仕方ねぇか」


「実力なんて、後からついて来るんで良いんすよ。命がけて戦いたきゃラルフさんと殴り合えばいい」


俺は嫌だよ?今のステータスでも普通に負けそうだもん。

トリッキーな動きで意表を突けば行けるかもしれないが、自分を魔弾マナ・バレットで吹き飛ばすのは痛いからやりたくない。


「今週の市でエンチャト用の素材が手に入ったら、出発前にいくつか永続付与でアイテム作りますよ。知り合いのよしみでお貸しするので、魔王討伐を手伝ってください」


「……対価が見合わねぇ」


グローブさんはとてもいやそうな顔をした。

半分信じていないが、逆に言えば半分は信じているという事だ。きっとロクな目に合わなそうとか思っているのだろう。


困惑するグローブさんにリユース封魔弾を押し付けてギルドを出る。

タリアを連れて靴屋に行き、セミオーダーのブーツを手配。それから既製品の防具を扱っている商店でタリアの革鎧を注文して、自分用に金属製のカイトシールドを、タリア用にスモールシールドを購入。


さらに武器を扱う鍛冶屋によって、こちらも既製品のメイスを買う。

タリアが使う武器で何が良いかを相談したが、刃をうまく扱える技術は無かったためとりあえず殴れればいいメイスにした。

……この世界に来た時にシスター・グースから剣をもらったから剣を使ってるけど、俺も別の装備にしても良いかも知れない。

まぁ、それは追々考えよう。


一通り商店を回り終え、転職神殿にたどり着いたのは陽がだいぶ偏ってからだった。

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