第72話 平日の買い物に繰り出した
ちゃちゃっと実験や経験値――という概念は無いが――稼ぎに行きたいところなのだが、なにぶん装備が不足している。
懐はぼちぼち温かいので、まずは必要なものをそろえる必要がある。
特に足りてないのはタリアの服だ。
「靴はブーツをしたてるとして、服は古着を見繕うことに成る。下着は新しいのを買うけど、コットンで我慢してくれ」
彼女が元々着ていたのは服はリネンの貫頭衣に木のサンダルだ。
さらに身体を包んでいた布を卸して、ギルドから枯草色のロングパンツと長袖のシャツを提供してもらった。
秋も少しづつ深まって来ているので、そろそろ防寒を考えなければならない。
「ワタルは割と贅沢よね。私の村ではリネンだったわよ」
「うちの国は生活クオリティもっと高かったんだよ」
リネンの下着は肌触りが気に入らないし、中古はもってのほか。だからと言ってシルクさすがにぜいたく品過ぎる。
アインスの街にある古着屋は3軒、その内一軒は上流階級の使用人向けなので、普段着を買うのは2軒に絞られる。別段どっちが良いというものでもない。近い方を使うのが普通だ。
店に入ると比較的広い店内に、大量の服が並べられてすし詰め状態だ。天井に設置された
「いらっしゃい。どんな服が入用だい?」
店に入るとすぐ、40台前半くらいのおばちゃんがカウンターからこちらに声をかけてきた。
「彼女の秋から冬にかけてのを全身一揃え見繕ってほしい。予算は3000G、冒険者なので普段着と鎧の下に着る服は別で。好みは本人に聞いて。あとはちょっと中見せてもらうよ。男物の冬服を新調したい」
「あらあら、別嬪さんね。それじゃあこっちいらっしゃい。よさそうなのを見繕うから」
タリアはちょっと驚いた顔をしたが、特に文句は言わずについていく。
全身でも3000G、日本円にすると30万を優に越す金額は、衣服が高いこの世界でも結構な金額だ。
それでも高すぎるという事も無いし、この世界では服は高級品だ。あとで永続付与を考えると、ケチる理由は無い。
タリアが服を見繕ってもらっている間に、自分も必要なものを見繕う。
服を買うことがほぼ文化として無いので、男が女性の服を選んだり意見を出したりすることを求められたりしない。楽で良いな。
自分の分としてはウールのセーターを1着、防寒用に革のジャケットを1着、コートは……マントがあるから不要か。タイツは新品を買うかな。
しばらく店の中を見て回って、よさげなものを見繕う。革の手袋はどうするかなぁ。
封印付与の解除を行うためには直接肌で触れるか、魔力操作でうまく魔力を干渉させる必要がある。手袋をしてるとワンクッション挟むことに成って、とっさにうまく使えるかは分からない。
指抜きグローブが良いのだけれど、指先がかじかむのは変わらない。手袋に
必要なものを選んでカウンターに行くと、40台半ばぐらいの男が番をしていた。入った時のおばちゃんはまだ服を選んでいるらしい。
「……買うのか?めずらしいな」
「冒険者だって鎧以外も着ますよ?」
「そうか。荷物になるからと売りに来る奴の方が多いんだがな」
魔物産の服と言うのもそれなりにある。
服は買うといい値がするが、サイズによって着られる人が変わるし、季節によって需要が変動するからドロップとしての価値はそこまで高くない。アインスでもそれなりに供給がある。
「……ふむ。あのお嬢さんの方に良いものを買うのか」
持ってきた服を見て、ちょっと驚いたように検品を行う。
「不思議ですか?」
「いや……女が着飾るのはいつものことだしな。ただ、奴隷に高い服を買うのは珍しいか。……そもそも奴隷がめずらしいだけだな」
言っていて自分で納得したのだろう。
クロノスは個人所有の奴隷がほとんどいない国だ。冒険者はともかく、一般人にはなじみがない。
国は買い取った奴隷を労働を条件に開放するので、元魔物奴隷はぼちぼち居るのだが、隷属紋が消えているので見ても分からない。
「なんでも信頼関係は大事でしょう」
「ちがいない」
しばらくすると、女将さん――予想通りカウンターの男性が旦那さんで、声をかけてきたおばちゃんが奥さんだった――とタリアが戻ってきた。
「こんな感じでどうだい?」
上はファーの付いた革のジャケット、ズボンはデニムのように厚い綿のパンツ。フレアの付いたひざ丈のスカートはチェック模様が入っている。
結構いいものだな。柄の入っているのは良いお値段がする。
「あとはウールのセーター。マントとコートはどっちがこの好みだい?それから帽子と耳当てをどうするかだね」
「セーターは別に持って行きますよ。防寒はマントで。帽子は使って問題ないので、タリア、好きなのを選んでくれ」
俺も耳まで隠せるニット帽は買うかな。
職業によっては小さな音が拾えなくなるのを嫌がって耳は隠さない人もいる。俺の場合探索は
「じゃあこんな感じだね。どうだい」
「……俺じゃなくて彼女に聞いてくださいよ」
「男は黙って似合ってるよ、っていうもんだよ」
「あ~……はい。似合ってますよ。良いと思います」
「……あんたのご主人様はあまのじゃくかい?」
「ヘタレなのは間違いないと思います」
酷い言われようだな。
旦那さんの方を見るとスッと目をそらされた。味方は居ないらしい。
派手さは無いが、随所にワンポイント色が入っている服装はこの世界では十分におしゃれであり可愛く見える。
それを素直に褒める気にはならない。
「彼女の分はピッタリでいいよ。シュシュはおまけさ」
「お前さんの分と合わせて4500Gだな」
思ったより安い。特にフレアスカートはチェック柄で希少品だからそれだけで結構な値段がしそうなものだが。
「うちは市民向けだからね。そう買うやつは居ないよ。これから冬だしね」
冬に近づくほど、厚い刺繍や起毛の服の方が価格は上がるらしい。
必要かと言われたらまあ要らんのだが、見栄えが良くてそう困ることも無い。
支払いを済ませた後、タリアの服はそのまま来ていてもらって、元の服と他に買ったセーターなどは紐で縛ってまとめてもらった。店を出た後
「それじゃあ、次は仕立て屋だな」
前にギルドから紹介してもらった仕立て屋に向かう。新品の服は既製品でも仕立て屋で購入することに成る。
「……良かったの?冒険者向きとはあまり言えないと思うけど」
「良いんじゃないか、似合ってるし、見た目も大事だ」
「……ふ~ん」
「……ニマニマすんな。これから挑む相手は一筋縄ではいかなんだから、見た目も盛って損は無いだろ」
女性冒険者が服装のおしゃれさに気を使うようになれば、その分魔物討伐が進むしな。
求める人が増えれば価値が上がるので諸刃の剣ではあるけど。
仕立て屋に行って、防寒用タイツ、インナー、靴下とタリアの下着を既製品の中から選ぶ。
下着を見せながらどれが良いかとか聞くのはやめてくれ。見る気は無い。
そんな事をしていたらあっという間に昼を回ったので、昼食がてらギルドに顔を出したらグローブさんがやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます