東方に彷徨う冒険者

第71話 まずは相談から始めてみよう

アインス防衛線が明けてから三日。

もろもろお偉方への説明を何とか終えて、今後の方針を考えるため、収納空間インベントリを整理する。

宿のベッドをテーブル代わりに荷物を並べ、「そんなわけで、次の一手を考えようと思う」と切り出した。


「……ナッツははちみつ漬けか、せめて塩味が欲しいですね」


こちらの提案を無視するかのように、彼女はポリポリと付与された木の実トリガーナッツを口に運ぶ。


彼女はタリア。本名はターリア・ザース。

かつて、300年ほど前までこの東大陸にあったザース王国のプリンセスであり、今は魔物の支配地となっているザース王国領の正当な後継者である。


肩下まである長いブロンドの髪と、深い紺の瞳が美しい、黙っていれば儚げな美少女である。

黙っていなくても美少女であるのは変わらないのだけれど、儚げさはエリュマントスが連れて逝ったと思われる。


「それ食べない……いや、別に食べても良いけどそうじゃない」


以前作った付与アイテムはINTが低いから新しいのが欲しいというのはその通り。

トリガーナッツは保存性の問題でギルドにも下ろせないから、入れ替える意味では消費してしまってよいのだけどね。

まだ時計は無いけど、まだ9時を回ったくらいで、朝ご飯を食べたばかりだ。おやつにはちょっと早くないかい?


「ようやく厄介事が片付いたので、これからの身の振り方を考えようと思うのだけど?」


「ほんとにようやくですね。3日も放置されるとは思いませんでした」


「いや、別に放置は……半分はタリアの所為だし。それに封魔矢のマーキングとかお願いしてたじゃん」


「仕事を振ればいいとか、そう言う話では無いのでは?」


「時間がかかる所からやって行かないと行けなかったんだよ。その従順な奴隷ムーブやめて」


そもそも従順な奴隷じゃないし。

美人が一人で居ると何かと問題が起きる場合はあるから、隷属紋はまだ解除していない。解除しても良いのだけれど、俺の経歴や集合知の事を話してしまったから、互いに保険と言う意味もある。

隷属紋で縛っておけば、うっかり口を滑らすという事も無いのだ。


「……まあいいわ。それでどうするの?差し当たっては、貴方と私の転職よね?」


「うん。俺の当初の予定は封魔弾を量産しておいて、その後は剣士か武士を駆け足で取って、魔剣士予定だった」


「それじゃダメなの?」


「決め手に欠ける。51レベル以上でスキル・ステータス定着って事がわかって、付与魔術師エンチャンターのスキルが定着したのに、出来ることが変わってない。そしてあまりメリットも無い」


剣士を取得して上がるステータスはHPやSTRなど。なんだけどHPはともかく、他のステータスはもう1次職では上がった所で活かせない。

スキルは覚えられるが、定着させるのは難しい。51レベル以上を目指すのはもっとだ。


そもそも異能の効果があるから、俺自身は1次職でステータスを補正する魅力を感じない。最近さすがに成長率は悪くなっているが、過度な筋トレ後とかたまに1くらい成長している。

2次職も3次職も物理限界を超えるパッシブスキルはあるが、限界があるので達してしまったらそれ以上は意味の無いステータスだ。


「1000G未満の敵を倒すのは多分余裕なんだけど、得られる経験値が少なくて多分51以上を目指すのが難しい。というか、アインスから王都にかけて、出現する魔物の多くは100Gクラスだから、50に到達するのも時間がかかる。だからと言って付与魔術師エンチャンターをベースに2次職に言っても意味がない……わけじゃ無いけど魅力がない」


付与魔術師エンチャンターからすぐ上がれる2次職は属性魔術師か、適性があれば賢者だ。使えるスキルは増えるが、今の延長からは抜け出せない。INTは物理限界は乗らないが、集合知で分かっていない限界がある可能性も十分ある。

魔力操作、魔力感知のレベルとINTの差が大きくなっているし、分からない事は慎重に行わなければならない。


試行錯誤と言う意味ではいろんな職を極めていければいいんだけど、某メタルモンスター的な奴が欲しい。


「……レベルについては、それ、使えないかしら?」


そう言って指さしたのは、エリュマントスが落とした杖。


「ああ、召喚の時に使っていた?」


「たしか、“とばりの杖”って呼んでいたわ。エリュマントスは召喚スキルを持ってなかったの。それは杖に召喚機能のあるマジックアイテムよ」


「人間に使えるのか?」


若干気にはなっていたが、魔物の使うマジックアイテムはどんな挙動か分からない。


「えっと……MPは固定で……確か召喚できる価値には制限があったはず。……覚えてないわね」


「ちょい待ち、付与解除。封印付与……想起リメンバー。ほい」


ナッツに想起リメンバーを付与しなおして、タリアに渡す。これで彼女が想起リメンバーを使うことができる。

想起リメンバーは忘れた記憶を思い出す呪文。忘れたことすら忘れると効果が無いため使い道が限られるが……今回は使えるかな?


「食べさせなさいよ」


「……あ~ん」


「……はむ。……封印解除レリーズ……ダメね。そんな細かい数値は覚えてないわ。人が使っても問題無いはず。あなたのMPなら足りると思う」


指ごと行った!ぺろって……え、これどうするの?


「……何見つめてるのよ」


「え、いや……うん。まあ、実験してみればいいか」


気にしちゃだめだ、気にしちゃだめだ……。

……ふぅ。それじゃあ、レベルに関してはこの“とばりの杖”を試してみよう。


「わたしはどうするのが良いの?素質については魔物にそれなりに教えられたけど……300年くらい前の知識なんて、当てにならないわよね」


「魔物の侵攻とスキルの悪影響で技術進歩が遅いからそうでもないよ」


この世界の進歩と言うか、移り変わりはかなり緩やかだ。スキルだよりで技術の発展速度は遅い。発展しなくても魔術で快適に生きていける部分が強い。

“アナウンス”や天啓オラクルのような神の啓示があるため、言語の変化も小さい。彼女の言葉が300年経ってもあまり違和感が無いのもそのせいだ。

忘れられた事もあるが、素質やスキルなどの本質が大きく変わることも無い。


「とはいえ……まず成るべきは……運搬者キャリアーかな」


「……ふぇ?」


まずは収納空間インベントリが使えないと始まらない。あとは移動のために。


「軽くランニング500キロから始めようか」


タリアはとてもいやそうな顔をした。

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