閑話 それでも闇は暗躍す

□深きいずこか□


「……エリュマントスがやられた様じゃの」


かすれて消えそうなしゃがれ声は、若干の戸惑いを口調に混ぜて切り出した。


「ふふふ……彼は四魔将の中でも物理最強」


艶やかな女の声は、余裕ぶっているようで震えている。


「……どうしようか、ほんと」


気に障る甲高い声にも、今は元気が見られない。


クロノス王国を活動の拠点とする四魔将の残り3体は、思い思いに頭を抱えていた。


「いや、まさか負けると思わないじゃん」


「初見の相手が居たら様子見、と言っていたのは自分じゃろうに」


「ボガード、あなた見ていたのでしょう?なんで負けたのよ?あたしのところに来ている情報だと一対一だったって聞いているわよ」


「いやー、遠目だったしよくわかんないんだよね。いつものようにナメプしてたらぶっ飛ばされて、ブチ切れて大技放ったら反射されたっポイ。そこで引けばいいのに、頭に血が上ってたらしくて、頭に自分の剣ぶっ刺されて死んだよ。どうしてそうなったのかはさっぱり」


「相手は分からぬのか?王都から戻ってみれば集めた魔物は敗戦逃走中で、儂の所に情報が来ぬ」


「多分、直後にレベル99になったワタル・リターナーって冒険者かな。その時は付与魔術師エンチャンターだったっぽいよ」


魔物たちは神のアナウンスは聞こえない。

情報は捕らえていた人間から、ルサールカが聞き出したものだった。


「なんじゃ、一次職ではないか」


「なおの事、どんな手を使ったのか分からないんだよね」


「聞いたこと無い名前なのよねぇ。最近アインスで使われ始めたマジックアイテム、アレが付与魔術っぽいから、関係者かしらね」


「それはあるかも。でも、倒したのがエンチャントとは限らないじゃん。攻撃の反射とか、上位職じゃなきゃ錬金術師の範疇でしょ」


「結局分からぬことばかりか。まったく驚かされる。……採算は取れたのだろうな」


魔物たちが今回の戦いで消費した価値は結構な金額になっていた。

それは陽動のために王都近郊で蜂起したブギーマンも同じだ。


初心者ノービスと一次職の人間は二桁捕虜に出来たけど、物の回収は微妙なんだよね。人は本国に送るしかないだろうし……エリュマントスの代わりに戦力が得られたかって言われるとね。正直大損だよ」


「言い出しっぺがやられてその状況か」


「人を核に出来る召喚士が竜殺しに狩られて無ければねぇ」


「あの時に誰かが正面切って戦えばこうも悪い状況には成らなかっただろうが……ぬかったのじゃな」


「言っていてもしかたないね」


ゴブリンの王は肩をすくめると、思い出したように手を打ち鳴らした。


「そう言えば、あいつのコアが可愛い女の子だったなんてね。びっくりだよ」


「ほう、そうじゃったか。ルサールカは知っておったのか?あやつより古くから居ると聞いたが」


「レディに年の話をするとか、おじいちゃん死にたいのかしら?」


「儂とボガードはお主らの半分程度の歳だと思ったのじゃがの?」


「はいはい、年齢の事は言わない約束じゃないか。特に意味も無いしね。で、実際彼女はなんなのさ。ほかに何か混じってた感じでもないんだけど」


「むかーしに滅びた人間の国のお姫様よ。もう血筋はほとんど残ってないんじゃないかしら?中央には少し、核となったのが居るかもね」


「金剛条約で攻めてくるかな?」


「どうかしら?いつの時代も欲の皮の突っ張ったやつは居るけど、この国で動くかはちょっとわからないんじゃない?直接国境を接してはいないし……どっちにしてもすぐにどうこうは無いわね」


「再召喚は出来んのかの?」


「あたしは召喚士サモナーじゃないもの。本国に相談してみるけど、難しいかもね。方針とも違うし……人格だけならアレだけど」


「ブチ切れるのが容易に想像つくね」


「また突っ込んでやられてはかなわんな。やつの敗北を除けば、まあ人質二桁は悪くは無いか」


「いやぁ、オイラの方で用意した破城槌が全部壊されちゃったからオイラとしては大赤字。あれ、用意するの大変だったんだから」


「西側に集結させたのに振るわなかったのよね」


「多分最近出回ってるマジックアイテムじゃないかと思うけど、びっくりするぐらいの勢いで溶けたよ。特に日が暮れてからが酷かった」


「エリュマントスが落ちてからじゃの」


「そもそも北門をエリュマントスが封鎖してどうするのよ。街から逃げ出す人が居ないと、捕獲できないじゃない」


「そう言うの彼に言ってもね。高位職が挑んでくるのをしばらく待つって言ってたから。日が変わっても動きが無ければ西門援助のつもりだったようだけど。彼が意図しない死に方をしたから、破城槌の方に街の3次職が出てきたのかなぁ。領主の護衛だと思ってたけど……ルサールカは見た?」


「あたしの方も2次職がローテーション組んで抑え込みに来てたから。役割は果たせたってるけど……もう殺すつもりで戦ったほうが良かったかしら」


「ん~……人殺しはあんまり美味しくないよね。皆殺しは難しいし、一気に人が減るとこっちの力も弱くなっちゃうし。少しくらいなら良いかも知れないけど、死人が多いと王国も僕らの討伐に本腰いれるでしょ。オイラ、3次職のパーティーとやり合いたくは無いよ。負けなくても、痛いしめんどくさいもん」


「人の死体は儂にとっても旨くないのじゃ。おそらく王都から高位職が来ると思われる。ここでの活動は控えるべきじゃな」


「それ、貴方を追っかけて来たんじゃないの?」


「さぁての?」


「とりあえず、ルサールカは捕らえた人質を本国へ輸送、オイラは残った戦力の分散かな。秋も深まりつつあるけれど、もう少し森で資源を回収できるだろうからね。ブギーマン、どうする?」


「……そうじゃの、しばらくは大人しく……と思うが、機会があれば話のやつを狙ってみるかのう」


「レベル99の?」


「儂かボガードの能力なら、どんなに強くともやられることは無い。様子見にはちょうどよかろうて」


「それはありがたいね。知らないは危険だから。……おっと、お客さんが来たみたい。方針はこれでいいかな?」


「あたしは予定通りだからね」


「問題はない。魔力の許す範囲で動いてみる。そちらも気を付けるのじゃな」


「うん。それじゃあ、また」


そう言って魔物たちはまた闇へと消えていく。

それを目にするものはどこにもいなかった。

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