第69話 二人目の始まり

もがもが。

解呪の呪文を唱えていたら、いきなりターリアさんに口をふさがれた。

もちろん簡単にはねのけることは出来るのがけど、突然のことで驚いた。っていうか、解呪を邪魔されるとは思わなかった。


「突然隷属紋を破棄しようとするなんて、何を考えているんですかっ!」


これまでと打って変わって、驚いたような、焦ったような声で彼女が叫ぶ。


「いや、そんなこと言われても」


エリュマントスほどの魔物になっていた少女だ。絶対この後ギルドや国から身元調査が入る。

所持品や胸の紋章についてはチェックされている可能性も高いし、そうなると身元が割れる可能性はそれなりに高い。

そんなときに彼女の『ご主人様』であれば、魔王討伐に関係ない面倒毎に巻き込まれるのは確実だ。


クロノス王国では奴隷の売り買いは事実上禁止されている。売り先、と言うか献上先は王国しかない。

俺が彼女を手放そうと思ったら、解放するか王国に売るかの二択だ。99レベル到達とエリュマントス撃破で、もう十分名は売れているのだから、これ以上しょい込むと自由に動けなくなる可能性もある。

魔物を脅威としない超人が国内を気ままにうろついてるとか、国としては十分脅威だからな。その上滅んでいるとは言え別の王家とつながりがあるとなれば、何か理由をつけて拘束される可能性はある。


魔王討伐のためには人類と仲良くやって行く必要があるんだ。

国が討伐に乗り気になるような材料が作れない状態で、余計なものしょい込むのは得策じゃない。

つーか、国は絶対乗り気にならんからギルドとか他の組織を動かさなきゃならんし。


「奴隷ですよ? あなたの命に絶対服従で、どんないう事でも聞く! ほんとにそれこそどんな!この場で脱げと命令されても逆らわない相手ですよ!」


「いや、そんな命令しないから」


「自分で言うのもなんですけど、自分の見た目が比較的良い事くらい認識しています!しかもあなたが言う通りなら、一応プリンセスなんですよね!貴族よりも高嶺の花!即行解呪とかありえないでしょう」


そう言ってぐっと顔を近づける。いや、近いから。


「いいじゃん、自由になれるんだから。紋とブレスレットで国に保護してもらえば、クロノスでもそれなりの待遇で受け入れてくれるぜ、きっと」


「よくありません!私だって王女の役割は知っています!籠の鳥にするおつもりですか!」


そうは言っても、市中の生活はそんな楽なもんじゃあない。

冒険者は命がけの職業だし、一般職も比較的安全なだけで仕事はキツイ。

飯は大して旨くないく、しかも毎日同じものが続く。外食文化が育ってないから、酒場はあるが、基本酒だ。娯楽も少ない。つーか、男にとって成人後の娯楽と言えば酒と女しか無いような世界だ。

来たばかりのころは物珍しさもあってまだましに感じていたが、やはりきついものはキツイ。


後半は俺の愚痴になってるな。


「あなたも男なら、四の五の言わすに私を押し倒せばよいでしょう!そのために磨かれたのです!その覚悟をして目覚めたのです!」


彼女は真剣だ。

最初に部屋に入った時、質問していた時の落ち着きはまるでない。

別人のような感情の発露が、よりにもよってこんなところで来るとは思わなかった。


……そして、それには興味がある。


魔王討伐は難題だ。どんなに強くても一人じゃどうにもならない。

仲間が必要なんだ。共に進んでくれる仲間が。


「……思いの丈を、すべて話せ。包み隠さず、その激情のぶちまけろ」


隷属紋をの効果で、彼女は俺の命には逆らえない。

俺の目的は魔王を倒すことだ。だからそのためになりそうなら、他人に深入りすることを躊躇わない。

俺の命に、彼女の目は大きく見開かれた。


「私を抱いてください!私に溺れてください!そして私のために生きてください!」


それは慟哭だった。


「母様に会いたい!父様に会いたい!アンナ姉さんを!エリーゼを!魔物に変えられてしまった皆を助けたい!ずっと!ずっと!悪夢の中でそれを求めてきた!」


人の生の何倍もの時を経て、失ってしまった物への渇望だ。


「まだ、まだ大丈夫なはずなんです!今ならまだ!それを成す力が欲しい!魔物に負けない力が!人に縛られない力が!私には無い力が!」


「それで俺を求めるのか」


「夢見る合間にずっと考えていました。ただ、魔物から解放されるだけではだめなんです。圧倒的な力を覆すだけの光が必要なんです!これまで戦った人たちと違う……貴方が希望なんです」


彼女は俺とエリュマントスの戦いを覚えていると言っていた。

無謀と思える一対一の戦いを挑み、能力差を覆して勝利した。出来ないはずの事をやってのけた。そこに彼女は希望を見た。


「みんなを取り戻すために、力をください……」


籠の鳥にはなりたくないか。なるほど。

きっと彼女の記憶では、彼女の親しい人たちは中央大陸に居るのだろう。

国の中央大陸遠征が形式だけなのはエリュマントスの時の記憶で分かっているか。むしろ、そう言った内容は魔人に教えられたのかもな。人と通じる魔物も居る。


「自分のために命を張って、中央で戦い、勝ってくれる人が必要か」


王国じゃ精々ザースの一部を奪還するくらいが限界だろう。

国は感情では動かせないし、ステータスを見れば素質はあっても能力は低く、色仕掛けも通じないとなると頼る先はそこではない。

彼女の渇望は満たされない。たぶん、彼女が生きている間には。


「……いいね」


それくらいの渇きが必要だ。それくらいの覚悟が必要だ。

平穏なんかかなぐり捨てて手を伸ばす渇望は、きっと俺の力になる。


俺は魔王を倒したい俺は地球に帰りたい


そう伝えると、彼女は涙を浮かべた目に戸惑いを宿す。


「ああ、言いなおそうか。俺は魔王を倒したい。いや、倒す。そのための力が必要だ。一人だけじゃなくて、それを成すための仲間が必要だ」


「人類の情勢が悪いのは知っているか?もう、魔物が居なくなっちゃ食っていけない所まで来ている。それでも魔物の王を倒そうとしている。自分の望みのために、例えこの世界が混乱に落ちても構わない。君にそれだけの覚悟はあるか?自分の望みのために世界に弓引く意志はあるか?」


「……それでみんなに会えるなら」


隷属紋の力は絶対だ。彼女は俺に嘘を付けない。

いいね。エリュマントスと戦った甲斐があるってものだ。


「……おーけーわかった。君の望みは俺がかなえよう。失われた君の家族を、友を、俺の全力をもって取り戻すと約束しよう」


彼女の涙をぬぐう。


「だからこれは、俺からのお願いだ。俺に力を貸してくれ。魔王くそやろうをぶちのめすための力を」


ここからは二人で始めよう。たとえ結果がどうなろうとも。この渇きが癒えるまで。

彼女は力強くうなづいた。

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