第68話 亡国の姫君・魔物の記憶
「そのブレスレット、見せてもらってもいいかな?」
「はい。私はあなた様の所有物でありますから、拒否する権限はございません」
……ずいぶん素直というか、妙な感じだが……とりあえずいいか。
受け取ったブレスレットは、腕輪と言うよりは時計に近い意匠だった。
希少金属と水晶で作られていると思われるシンボルが革から覗いているが……厚さと手触りから言って、中に台座が入っているな。裏返すと革のつなぎ目が見える。
触ると魔力が感じられる。これは……付与魔術か。
「ちょっと失礼」
封はされていないか。革の端が押し込まれて2重になっているだけだな。
開けると中から木の板が出てくる。これはシンボルを保護するものだ。実際に箱状になった木の板を外すと、シンボルだけが取り外すことが出来た。中にはほかに、とても細いチェーンが入っている。想像通り、ペンダントトップだ。
「ペンダントだったのは知ってた?」
「いえ、今初めてしました」
「後ろ向いてもらえるかな?着けてみてほしいから」
彼女は頷くとこちらに背を向けて長い髪をかき上げる。……うなじがまぶしい。
いや、気にしては負けた。とにかく今は確認が先。チェーンを通したペンダントを彼女の首に回し、背中で止める。長さが合うか分からないけど……。
「これくらいかな?胸の樫の紋章に重なる位置に調整してみて」
「はい。……これは?」
彼女の紋章にペンダントトップが重なると、クリスタルが金色に輝きだす。その色は雷の物。
はい、正解。集合知はこういうのには強いな。
「樫の木、稲妻、鷲は失われたザース王国の紋章だね」
これはこの世界の王家や貴族が身分を証明する際に使うマジックアイテムだ。
2つのモチーフが重なることで1つの紋章となり、血に反応してその身分を示す。
今から300年ほど前に滅びたとザース王国。彼女はその正当な血筋という事になる。亡国の姫君だ。
ザースは東大陸ではそれなりに大きく、軍事的にも強力な国だった。
まさか滅びるとは思われていなかったが、当時の魔物が一点集中でザースを攻めたため隣国の救援も間に合わず、短期間で攻め落とされたとされている。その地域はまだ魔物たちから取り戻せていない。
「ん~……これは面倒だな。ギルドは対応してくれなそうだし……」
魔物の進行が始まった後、この世界では数百年前に相互補助と為政者の権利を守るため、魔物の特性を踏まえた条約が締結された。金剛条約と呼ばれるそれは、各国の領土はその国の物であり、地上にある限りその国や領地は亡ばないととしている。
これはどういうことか。
ターリアさんのように、魔物に捕まって核とされる人間は多い。中央大陸で跋扈する高レベルの魔物などは、このタイプがかなりいると思ってよい。
領地持ちの貴族や、国王、王子などが魔物に捕まって核にされた場合、数十年の時を超えてその魔物が倒され、復活するなどと言った事もそれなりに起こる。
今より魔物の進行が苛烈であった時代、領地を失う、国を失うなどと言った事はざらにあり、せっかく解放されても国は無く、臣下も居ない、と言った事は多数あった。そして残っていた国々もそうなる可能性は十分に考えられた。
そこで金剛条約では、領地はその統治者に帰属し、再興の際には返還することを義務付けた。王や領主が帰ってきたら、その土地は領主に返してね、という事だ。
当然返してもらう方にも制約はあり、税収の数割を一定期間その前の統治者や帰属する国に払わなければならないとか、結構な制約がある。
それはそれとして、東大陸ではこの条約に同意していない国や領地は無い。実際に変換された実例もいくつかある。
彼女がザース王国の血族だとすると、旧ザース王国領地の支配権を主張できる立場にあるわけだ。
現在の所、旧ザース王国領でまともな人間の所有地は存在していないが、彼女が呼びかければ正当な奪還兵力を集めることが可能になる。人類側の失地回復がなかなか進まないのも金剛条約の所為なので、利益と緩衝地帯の欲しい国が乗っかる可能性も高い。
なるほど、国一つまるっと所有権。実際取り戻せるかは別として、”価値”が高くなるのもうなづける。
彼女の所有権は今は俺にある状態なわけで、事実上統治者になる条件を満たしていることに成る。ちょっと厄介だな。
「とりあえず、そんなところ」
「……そうですか」
「驚いた様子はないね?」
「実感がわきませんから。私が住んでいた時代から300年近くたっているというのも、あまり実感がわきません。ただなんにせよ、今の私はただの貴方様の奴隷です」
むぅ、思いのほか冷静?むしろ困った感じをしている。他人の心中を察するスキルなんてないけどさ。
エリュマントスの強さの原因は分かったとして、あと知りたいのは……魔物についてか。集合知では知れない部分。
「それじゃあ、次の質問。オーク将軍だった時の記憶は残ってる?覚えていることが有ればすべて話してほしい」
魔物の核にされた人間には、魔物だった時の記憶が残っていることが有るらしい。
4魔将の一角だったエリュマントスの記憶であれば、この地域の魔物の動向がわかるかもしれない。
「はい、夢の中で見たような話ですが……」
一番古い記憶は、彼女の村の者たちが魔物の核とされたこと。記憶はあいまいだが、10人は下らないだろうとのこと。
その後はオーク将軍として中央大陸で数十年活動したのち、再び東大陸に戻って侵攻指揮をするようになったらしい。
いくつもの村や町を滅ぼし、たくさんに人を傷つけ、時に殺した。悪夢のような現実を、彼女は淡々と話す。
どの出来事がいつのことなのか、それはあまりはっきり思い出せないとのこと。期間の長さを考えれば、覚えていないことの方が多いだろう。
明確に最近と分かるのは、エリュマントスが大剣を手に入れた後の話だ。それまで己の拳で戦っていたエリュマントスがふさわしい武器を手に入れた。
それに合わせてエリュマントスがスキルの降り直しをしていたらしいことは覚えているそうだ。何がどうなっていたかはさっぱりわからないらしいが、そのためにここ数年は活動を控えていたらしい。
今回のアインス襲撃自体についてもよく分からないとのこと。
他の4魔将と結託していた覚えはあるが、細かい話は記憶に残っていないらしい。何せ夢のような話だ。
魔物化しているときの記憶は
「ご主人様との戦いはよく覚えております。……今思えば、無謀なものがまた命を散らすのかと、悲しみに沈んでいた覚えもあります」
「……まぁ、無謀っちゃその通りだったな」
エリュマントスの能力の見立ては、多分一桁違った。
初めから油断せず、挑発に乗らず、しかし後のために全力は出さずに戦われていたら、あっという間に負けていただろう。死んでいたか捕らえられていたかは分からん。
能力だけなら100回中100回負ける相手だ。あいつは300年の慢心が身を滅ぼしたとしか言えない。
あまり有益な情報は得られなかったが、聞きたいことはそんなものか。
魔物がこのあたりで根城にしているアジトとか分かればよかったんだけどな。夢の記憶じゃ頼りにならない。
「さて、聞きたいことは一通り聞いたかな。ありがとう」
ペンダントトップをブレスレットに戻して彼女へ返す。
彼女はそれを大切そうに撫でると、再度腕に巻きなおした。
後は彼女をどうするか、だけど……ザース奪還は魔王を倒す道からしたら遠回りもいい所だからな。あまりかかわりたくない。
封魔弾の作成や治療術の普及も遠回りな手段だが、それでも人類全体の底上げは効果がある。
だけどザースを奪還し、そこでの生産が回復するまでには10年、20年と言った時間がかかる。失地回復の効果を待って魔王討伐はしてられない。
という事は、そっち方向は別の誰かに任せるに限る。
「それじゃあ今から隷属紋を解呪するからね。えっと、エランネイエ、オワイ、ウズ、アールー、アグル、ビィナ、エス……もが」
「な!ちょっと!待ってくださいっ!!」
解呪のキーワードを唱え始めると、彼女は一瞬唖然とし、その後慌てて俺の口をふさいだのだった。
もがもが。
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