第67話 エリュマントスの核
□冒険者ギルド・診療用個室2□
「はい、どうぞ」
扉をノックすると、涼やかな少女の声が帰ってきた。
ギルドの建物内に準備された診療用個室の一つ。エリュマントスの核として封印されており、眠り続けていた少女を預けていた。
「……お邪魔します」
診療個室は精々四畳半かそれより小さな部屋。
彼女は初め、据え付けられたベッドに腰かけてこちらを向いていたが、部屋に入るとこちらに向いて立ち上がった。
「初めまして、ご主人様。ターリアと申します」
明るいブロンドの髪を背中まで伸ばした美しい少女は、そう言って頭を下げた。
ちらりと見える左手の項には隷属紋が刻まれている。
隷属紋。
魔物が人類に付与する呪いであり、人を奴隷とする禁忌の術の一つである。
これを付与された人間は、主人となる相手に危害を加えることができず、その命令には服従する。自傷行為も含めてすべてを可能にする、人の意志と尊厳を踏みにじる術だ。
その出自を魔王の呪いとし、倒した者を主人と認定することで奴隷としての”価値”を高める禁呪は、魔物たちにしか使えない。
そして魔物たちはこれを当たり前のように、奴隷の価値を高めるために使う。倒せば絶対服従の人間が手に入る。それは人間性をすべて無視して、人を価値ある物へと変えるのだ。
この世界には奴隷と呼ばれる立場の人間が居るが、隷属紋を刻まれた解放奴隷は他とは一線を画す。
「ご主人様、ね。……初めまして、えっと、ワタル・リターナーだ」
思いのほか緊張する。地球でも、この世界に来てから見た中でも飛びぬけて美少女だ。
顔立ちは14~15歳くらいかな?体格だけ見るともう少し上に見えるから15歳は超えているか。
この世界の食糧事情は日本ほどよくないので、美容面の技術文化は全く及ばない。それでも俺が見て緊張するほどに可愛いのは、魔物の術の成すところか。
あいつら奴隷の価値を高めるために、捕らえた人間に適切な食事と、適度な運動と、快適な生活環境を与えて健康状態を整えるからな。中には文字や計算を教えたりもする。
解放奴隷の中には、魔物の中で暮らしていた方が生活が良かったという者も多い。
「はい、存じております。……あの、よろしければお掛けになりませんか?」
「ああ、そうだな」
部屋の中、ベッド脇に一つだけある椅子に腰を下ろす。……いや、座って?俺だけ座ってるとかとても微妙よ。
話をしたいだけだからと座る様に伝えると、彼女は正面腰かけた。……部屋が狭いせいで膝がくっつきそうな距離しかない。
そもそも小さな部屋に少し大きめのベッド、引き出し付のサイドチェストと椅子と言うシンプルな部屋だ。ホールのテーブルを借りたほうが良かったか。
「……体調に異常はない?」
「はい、おかげさまで問題ありません」
「それは良かった。それじゃあ、名前は聞いたから……年齢と、出身地が分かれば教えてもらえるかな?後は、あまり思い出したくないかもしれないけど魔物に捕まった経緯」
「はい。年齢は16に成っています。出身は……詳しくは分かりません。私の住んでいた村を皆はオーフェンと呼んでいました。余り外とのつながりがなかったように思います。魔物に捕まったのは……村が襲撃を受けました。村のほとんどの者は捕まったと記憶しています」
「村がごと……むふ」
集合知で調べても、オーフェンと言う村の記憶がない。100年以上前に滅びた村だと記録はあっても知っている人は居ないという可能性もある。
しかし村ごとと言うのはちょっと奇妙。スキルがあるので開拓村であっても全員が壊滅するのはかなり珍しい。
領主が街を防衛するのに特化したスキルがある様に、村のまとめ役である村長も同様のスキルを持つ。
その中でも重要なのが
手にもてる程度の荷物しか運べないが、村民を守る最後にして最大の砦であり、これが使えるゆえに村長が村長であると言える。
村が根こそぎって事は、村長が初期段階でスキルを使えない状態になったか、それともどこにも帰属していない隠れ里的な場所であったか……。
「ん~……魔物に捕まってから、エリュマントスの核にされるまでの期間は覚えている?」
「はい。およそ2年ほどでしょうか。もう少し短かったかもしれませんが、捕まった時にはまだ神の祝福を受けておらず、核にされたのは16の誕生日でした」
「その間は?」
「……魔人から様々なことを教えられました。生活としては、村にいたころよりも良かったかもしれません」
「その辺は変わらずか」
しかし、それだけだとエリュマントスの強さは腑に落ちないな。
アインスの壁を破壊したのもエリュマントスだという話だし、彼女がいくら可愛くてもそれであの強さはちょっと無理がある。
「ちょっと失礼だけど、ステータスを見せてもらえるかな」
「はい、ご主人様ですから」
そう言ってステータスを開いてくれる。
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名前:ターリア
状態:健康(18)
職業:
レベル:10(ボーナス:9)
HP:15
MP:12
STR:11
VIT:11
INT:12
DEX:13
AGI:12
素質:巫女適性,語り部適性,村人適性,話術適性、雷魔術適正、空間魔術適正、聖女の素質
スキル:
魔術:なし
加護:空の加護
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おっと、こいつはなかなかだ。
巫女は東方系の特殊職。文化圏が違うな。魔術よりさらに神に近い力を使う魔術師系統職だ。クロノスだと転職条件を満たせなさそう。
語り部は吟遊詩人みたいな物語を伝える職業。戦闘向きじゃない。村人は……発展させれば村長になれる。
話術適性は技術的性の一つだな。とにかく話が旨くなりやすい。詐欺師が欲しがる素質。
魔術の素質が雷と空間と、裏の6属性と言われる方に偏っている。表が神聖・暗黒・火・水・風・土の6種で、裏が魔・退魔・雷・重力・時・空間の6種。人間が分けた物がけど、裏属性の資質は割と珍しい。
さて、次の二つが問題だな。
聖女の素質、これは聖女と呼ばれる特殊職への転職条件だ。素質があるから慣れるという話では無いのだが、無いと話にならない。巫女系の素質と近い物だが、クロノス王国では聖女の素質なのだろう。巫女は適性があるので、巫女には成れるが聖女にはまだ慣れない状態ってことだ。
空の加護、こいつはもっと珍しい。この神の加護は対応するスキルを使う際に様々なプラスの恩恵をもたらすものだ。
威力が上がったり、コントロールがしやすくなったり、MPの消費が減ったりと言うもの。効果は加護の強さによるらしいけど、ステータスからでは分からない。
そもそも持ってる人が少なすぎて集合知でも確実な情報が無い。
本当にレア中のレアと言っていい。
……だけど、やっぱりちょっと足らないな。
素質は確かに高めで加護もある。でも現在のステータスが低いし、スキルに特別なものがあるわけでもない。
これだと準ミリオンズになるだけの価値は生まれない気がする。しかもエリュマントスの能力はギリギリ10万ゴールドと言った雰囲気ではなかった。領主の結界をぶち抜いて城壁に門より大きな穴をあけるくらいだからな。そこに特化したならともかく、人一人の価値が引き出せる能力としては高すぎだ。
考えられるのは……それ以外の何かがある?
「ん~……実はどこかの貴族様だったりとか、何かそう言うの無い?」
「……自分では平凡な村の出だと思っています。……父が村長のような立場だったのか、侍女のような方はおりましたが。そのためあまり勤勉に働いておりませんでしたから、一般的なスキルはありません」
「あとは、人と変わった所?何か持っている、または隷属紋以外に何か紋があったりとか」
「それでしたら。村の紋と言う話ですが……」
そう言うと彼女は特に躊躇う様子も見せず、深い襟元をさらに引き下げて胸元を見せる。
……肌が白い。その白さに引き込まれそうになる。……いやいや、そうじゃなくて。
彼女の胸元には、何かの木を象った黒い刺青があった。集合知がこれは樫の紋だと教えてくれる。
「それと、これを肌身離さず持っているように言われておりました」
そう言って見せてくれたのは古びた革のブレスレット。10センチほどのシンボルが付いている。クリスタルに雷の意匠、そして前を飛ぶ金属で象られた鷲。
その情報を組み合わせると、集合知が一つの推測を導き出した。
……これはまた、大変なことだな。
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