第63話 反撃戦を眺めていた

雄たけびを上げながら、戦士たちが敵陣に向かって突っ込んでいく。

強風ラフ・ウィンドで敵軍の霧を晴らしてからまだ10分と経っていない。軍事行動としては突出しすぎており、統率が取れているとは言い難いが、とにかく早い。


1次職も後半くらいになって来ると、前衛職はフル装備で悪路100メートルを10秒で駆け抜けたりする。

囲まれたら帰還の宝珠で逃げればよい拠点間近の攻防だけあって、とにかく部隊の動きが早い。突撃して敵を蹴散らし、ダメージを受けたら撤収する。金属鎧で防御を固めていれば、同レベルの相手ではそう即死しないからな。強い。


光の帯を引きながら火炎球ファイアーボールが敵陣に向かって飛んでいく。射程はそこまで長くないはずだが……なるほど、魔術を加速して打ち出すスキルを有する補助系職業か。パーティーや軍ならではの運用だな。

集合知を持っていしても意識的に調べないと分からないことも多い。やはり一人でできることには限界がある。


西門から突撃した前衛部隊はすでに敵後衛部隊にたどり着き、乱戦が始まっている。

敵の前衛近接部隊もそれなりに居るはずだが、ずっと損耗と再召喚を繰り返していて数がまとまってないな。出てくるのがゴブリン数体にオーク1体の組み合わせと言った感じか。開戦時の敵兵力が1800ほど、その内弓兵と魔術師が800くらい、前衛は500くらいかな?今は前衛が半分から四分の一くらいまで減っているだろう。残り500がさらに後ろの召喚部隊とその護衛か。


手前の戦場では数人のグループが敵に向かわずばらけていくのが見える。……盗賊や商人などのグループがドロップ品の回収に出たか。たしか、スキルで魔物のドロップの場所を把握するものがあるはず。乱戦後に取りこぼさないためのスキルを乱戦中に使うのか。


「おっと、敵が隊列を変え始めたな。密集して突出したこちらの前衛を叩くか」


その代わりに城壁へ飛んでくる矢の数が劇的に減っている。

敵のアーチャーはおそらく遠距離多弾特化だな。魔物武器は再生成速度が速いほどコストが高い。撃つのに一秒、数秒かけて飛んで街のシールドに当って落下し消え、その後再生成。飛んできていた矢の数から、1体が3~4本の矢を持っているはず。そしてそれを討ち終える前に再生成されるとなると、かなりの高コストと予測できる。

一撃の威力を高めるスキルを有していない、一部のステータスが平均より極端に低いなど、必ず弱みがあるはずだ。数が多くても装備の整った兵団なら十分勝負になるだろう。

眺めていると時々火箭や雷光が走る。あれは封魔弾かな。


さて、次の一手はどうしよう。MPは後100くらい。経験値はもう稼いでも仕方ないし、今の装備で敵陣に突撃するのは無い。接近戦はしたくない。


「ワタル殿、こちらに居られたか」


西門上の東屋で戦況を眺めていると、西門防衛隊をまとめているロッソ中隊長が副官を伴って上がってきた。


「霧を晴らせたのはワタル殿ですかな」


「はい、強風ラフ・ウィンドを当てたら晴れたのは偶然ですけどね。動き、早いですね。ここで指揮ですか?」


「状況確認ですよ。攻勢指揮は別の中隊長が行っています。そもそも攻勢は小隊長の指揮の方が重要なので、この状態で私に出来ることは撤退合図くらいのものです」


個人の能力差が大きいこの世界では、隊列を組んで戦うのが最適解とは限らない。

魔術による超常的な攻撃もあるから密集体系もリスクがあるし、地球の戦術はあまり当てはまらないのかな。……まあ、そっちは詳しくないからよくわかんないな。


「この後の作戦はどうなっているんですか?」


ひたすら突撃というわけでもないだろう。


「ああ、部隊の弓兵が最後尾まで攻撃が届く所まで到達した段階で、爆縮風バースト・エア火炎球ファイアーボールの封魔矢で召喚部隊を吹き飛ばす算段だ」


おお、俺以外の付与魔術師エンチャンターが作った封魔弾か。冒険者を引退した魔術師の再就職先にとギルドが進めていたが、もうそこまで供給されてきたか。


封魔弾の良い所は、MPの備蓄が出来るところだ。自分で戦うには付与魔術師エンチャンターは微妙な職業だが、生産職としてみるとやはり有用だったな。

封印付与が定着しなかったのはどうしてだろう?集合知には情報が無いが、何か歴史的な背景があったりするかな?それとも単に覚える魔術が糞過ぎただけか。


「何かお手伝いできればいいんですけど、この前の戦いで武器も防具もボロボロになっていまして」


「ああ、なるほど。……盾くらいは準備あるが、鎧は難しいな。グリーブからみて、前衛か中衛で戦うスタイルだろう?」


足だけ金属製のグリーブを付けているのだけ見てそこまでわかるのか。


「敵の動きが分からんからMP回復に努めて、また封魔弾を必要に応じて供給してもらえるとありがたい」


やはり求められることはそこか。

ん~……手柄が欲しいわけではないけど、魔王討伐のためにも人が見ているところでぼちぼち功績をあげておきたいんだがな。

安全圏で戦えればいいんだけど……。


戦場を見ても、あまり出番はなさそうだ。まだしょっちゅう矢が飛び交っている。VITが高くなっても、さすがに体が鋼のようにはならないからなぁ。

飛んでくる矢を切り落とすのが容易くても、気づいたら刺さっているではどうにもならない。状態異常にも弱いし、乱戦は苦手だ。


ここから敵陣を狙撃は出来るが、射線に人が入るとシャレにならない。ほかに出来そうなことは……壁でも貼ってドロップ回収するか?


「……魔物側はどうやってドロップの回収をしていたんだろう?」


門から後衛までの200メートルくらいが戦場だった間、倒された魔物のドロップはその間に転がることに成っていたはずだ。ノーマルゴブリン程度なら門からの狙撃でもドロップ回収を妨害できる。そう回収部隊が多いとも思えないし……。


「ん……影の魔物はご存じないか?」


「影の……ああ、なるほど」


魔物の一種にシャドー系と呼ばれる者たちがいるらしい。陰に潜み襲い掛かって来る魔物で、種類と能力によってはどんな小さな影にもひそめる強敵……とされている。

影へ潜む能力が強力であればあるほど本体のステータスが弱くなるタイプだな。洞窟とか暗い所で活動する奴はともかく、平原で隠れて活動するのはコストが見合わなそう。照明弾で夕方くらいには明るいし、収納空間インベントリなどの回収手段と影に潜む能力だけを特化したアイテム回収専門の魔物が居るかな。


「どうせもう強風ラフ・ウィンドも打てないし、探してみるかな」


戦線が崩れて敵も目隠しを辞めている状態だ。ここから前線を支援することは難しい。魔力を温存して封魔弾を作っても俺には旨味が薄い。せっかくの大規模防衛線だし、経験を積んでおくのは重要だ。

魔物だったら隠れていても魔力探信マナ・サーチで反応があるはず。弱くて隠密性が低ければなおの事。試してみる価値はあるだろう。


「……万物の根源たる魔力マナの、その息吹の奔流の、返す波紋の音を聴かん。魔力探信マナ・サーチ


久々の詠唱魔術で魔力探信マナ・サーチを発動する。

その瞬間、膨大な量の情報が頭の中に流れ込んできた。

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