第54話 オーク将軍エリュマントス4

「……ばかな……我が……地に背を付いただと……」


十数秒の沈黙ののち、かすれた声に驚愕の音を含ませてエリュマントスがつぶやいた。

小結界キャンプは魔物には不可侵だ。どんな強い魔物も、スキルも、これを破れた物はいない、神が与えた最初の奇跡の一つ。


「読み合いですらない……たかが、二次職に毛が生えた程度の力の相手に?」


「魔王の力で生み出された人形が、ずいぶん傲慢に育ったもんだな」


呪法によってかりそめの形を与えられた魔物は、生き物ではない。死を恐れず、生を必要としない人形が、100年を超える月日でいっちょ前に慢心するようになったか。


「あり得ぬ。このような……認められぬっ!」


エリュマントスがその巨躯をゆっくりともたげる。

先ほどまでと違って目が座っているな。そろそろ本気で来るかもしれん。


『レベルが1上がった!HPが3上がった。MPが4上がった。VITが1上がった。INTが3上がった。スキル、束縛糸バインドを覚えた』


……まじか。倒さなくてもダメージを与えるだけでレベルが上がったぞ。いったいどれだけステータスに差があるんだよ。

この現象は集合知にもロクに情報が無い。魔物にダメージを与える、また倒すことで魔物の魔力を吸収でき、それによってレベルアップすると言われている。

強い魔物ほど多くの魔力を放出するので、ダメージでもレベルが上がることはあるだろうと推測はされているが……。


エリュマントスを討伐するために必要な戦力は2次職パーティーでは足らない気がする。3次職がパーティーで攻略するレベルの相手なじゃないか?それぐらいの差が無いと、1次職の付与魔術師エンチャンターでも、レベルアップ直後にさらにレベルアップまで行かないだろう。


覚えたのは束縛糸バインド。詠唱不要で使えるのはありがたいが、今のINTでエリュマントスに効果がでるか……。


『ワタル!見えたぜ!だけどこっちも見つかった!』


グローブさん達も近い。……だけどここからは一手間違えればそれで誰か死ぬ。

上手くエリュマントスの意識をこっちに向けておかないと。


「ようやくやる気になったか?」


「……侮っていた、では済まぬな。……キサマは危険だ。よくない者の気配がする。それでも負けるとは思えぬが……ぬっ?」


エリュマントスがふと視線を逸らす。

……まずいな。そっちは多分グローブさん達の居る方だ。


「……なるほど。仲間が居たか。……帰還の宝珠だな。結局のところ時間稼ぎか……」


「そうだとして、どうする?」


さすがに察しは良いな。どこまで予想がついた?

『合流するメンバーは直接自分と相対せるレベルではない。だから気をそらしている間にこっそり近づくつもりで、自分を倒せるだけの力量はやはりない』くらいか?


「……変わらぬぬな。もはや貴様には逃げる隙など与えぬ。この場で殺すっ!」


おおっと、どうやら本気でやるつもりのようだ。


「受けてやんよっ!重強打ヘヴィ・バッシュか?一刀両断スラッシュ・エンドか?全身全霊最強の一撃を打ち砕いて、てめぇを滅ぼす!全力で来いやぁっ!!」


「侮るなっ!冥途の土産に我が力を焼き付けて逝け!」


エリュマントスの放つ威圧感が劇的に増加する。

来るか?早いっ!パッシブスキルを有効化しやがったか!

恐ろしい速さの一歩で一気に間合いを詰めてくる。


束縛糸バインド!さらに束縛糸バインド!」


縮地で移動しないなら拘束させてもらう。

覚えたばかりの魔術を発動させると、光の帯がエリュマントスに絡みつく。


「この程度で止まると思うかっ!」


「一瞬ならな!封印解除レリーズ!」


INT補正によってありえない強度を発生させた光の帯は、エリュマントスの足と剣に絡みついて一瞬だけ動きを止めた。残り少ない封魔弾が火柱をあげる。

インファイトに持ち込むのは速度差がありすぎて無理、距離を稼ぐ……。


「塵がっ!飛翔拳!」


っ!それはまずい!

咄嗟に盾を構えるが、衝撃にあっさり盾ごと弾き飛ばされた。そのスキルは使ってくるリストに無いっ!

自動治癒オート・ヒールでダメージはカバーできるが、今のヒーターシールドが吹き飛んだっ!


転がりながら身体を起こした瞬間、エリュマントスの身体が消える。

縮地っ、前?……違うっ!


「遅いぞ。剛剣一閃・一刀両断」


魔弾マナ・バレット!ザンッ!


横に飛ぶと同時に自らの魔術で吹き飛ばされた瞬間、十数メートルに渡って大地が割ける。

地面に突き立てられた剣を見て、初めて気づく速度っ!しかもここで縮地で背後を取って来るかよ!


縮地は『入り』から『出』の間に向きを変えることが出来ない。

スキル補正の無いエリュマントスは目の前に出ていた。今は背後に回って振り向きざまに切り付けてくる。これじゃ予測もできねぇ。


「死ぬがいいっ!剛剣一閃・横一文字っ!」


横凪に振るわれる剣が早すぎる!

咄嗟にスキルでシールドを発動させると同時に、魔法剣で一撃をそらす。

ギンッ!と甲高い金属音がして魔法剣が真っ二つになって逝った。


なんだそれっ!いくら何でも能力に差がありすぎるっ!!

まともに受けたら鎧の防御を無視して泣き別れだぞ!

収納空間インベントリに残っている封魔弾を解除状態でありったけばらまく。もう狙い定めている余裕ない!


「今度は逃がさんっ!転倒微震タンブル・シェイク!」


っ!揺れる地面に思わずたたらを踏む。

これは、まずいっ!エリュマントスの間合いから抜けられないっ!


「冥途の土産を焼き付けよっ!」


収納空間インベントリから木製のラウンドシールドを取りだす。後はもうこれにかけるしかない。


「我が身を繋げ!大地の楔グランド・アンカー!その身を欲せ!血の渇きブラッドロスト!」


揺れがっ!はやく収まれ……止まったぁっ!


封印解除レリーズ!」


振り上げた剣を確実に受けるため、ギリギリで一歩を踏み出す。

軌道は縦の一撃。盾はその線上に置くだけでいい。


大地裂斬アース・ディヴァイダー!!」


振り下ろされる切っ先を目で追う事は不可能。

しかし巻き起こされる風を体に受けながら……うまく行った事を理解した。


エリュマントスの一撃は、掲げた盾に吸い込まれる。


「……ぬっ!?」


ああ、うまく行った。前の二手はどちらも九死に一生だった。避けられる前提で、確実に殺す前提で、エリュマントスがこの一撃を選択していなければダメだった。

一瞬の、予想外の出来事にエリュマントスは反応できていない。

地面を蹴ってブタ野郎に向けて飛び込んだ。


「キサマ!なにを」


収納空間インベントリ!」


伸ばした手の先に現れた大剣は空を切り、エリュマントスの身体を引き裂いて大地を割った。

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