第53話 オーク将軍エリュマントス3

「その動きからして、ステータスは高いのだろう。しかしスキルによる動きの補正はやはりされていない。魔術は……最近アインスで出回り始めたアイテムか?たまに詠唱をしているな?攻撃的な魔術職ではあるまい。腑に落ちぬ。我が知る限り、これまでの人類には居ないタイプだ」


「……落ちる先の腑も無いだろ?考察につき合ってやる義理は無いぞ」


つき合ってやれば時間稼ぎにはなるかもしれないが、戦闘に意識を割いていない時間が長いほどグローブさん達が見つかるリスクが上がる。俺自身の身の危険を除けば、離れた位置からこいつがグローブさん達を狙って縮地で攻撃を仕掛けるのが一番まずい。

その場合だと、グローブさん達を撤退させ、1対1で勝つ以外に選択肢が無くなる。


……手持ちの封魔弾すべてぶち込んでも殺し切れなさそうだし、保険はかけておきたい。


「良いのか?話している間は生きながらえられるというのに」


「……ぬるい」


さっきの攻防、エリュマントスはスキルを全く使っていなかった。アクティブスキルは元より、高いステータスを生かすためのパッシブスキルすら制限しているだろう。

口では何とでもいえるが、自分の自尊心満足させるために一騎打ちに応じ、そしてまだこちらを殺さずにとらえる目をあきらめてはいない。というより、スキルなど使わなくても捕らえるのは余裕だと思っている。


「ぬるいんだよ。まぁ、魔物はいつもそうだがな。命がけの危機感が無い。ほら、封印解除レリーズ


こちらが軽く投げた封魔弾を、エリュマントスはこともあろうか素手で受け取る。

そして当然のごとく、受け止めた瞬間に封印されていた毒霧ポイズン・ミストが発動し、紫の霧が発生する。


「ぬ、毒霧。このようなものもあるのか。……しかし、こんな低級魔術が我に効くとでも?」


「効くだろ?低級魔術だしな」


毒系の状態異常はいくつも種類があるが、毒霧ポイズン・ミストは喉や肺に痛みを伴うHPダメージを与える魔術の中で一番低級、微毒に分類される。HPの減少はわずかで、痛みも軽い。


「完全耐性なんて夢のまた夢、わざわざHPダメージの小さな微毒の耐性に価値を当てないよなぁ」


毒と言っても種類は様々だ。ゲームなどでは意識することは無いが、生物毒、鉱物毒、化学物質、放射性物質、場合によっては細菌やウィルスも毒として扱われる。これらの耐性は細分化されており、完全な耐性を得るのは困難だ。

魔術による毒も同じで、例えば呼吸器から影響を与える毒霧ポイズン・ミストと、体内に直接注入されて影響を与える毒針ポイズン・ニードルは別の耐性が必要となる。


魔物にとっては毒霧ポイズン・ミストのような弱い毒の耐性を取得するくらいなら、極小でもHPの自動回復を取得した方がマシである。

解毒キュア・ポイズンなら状態を正常に戻すことで多様な毒に対応できるが、こちらは自動的に発動するようなスキルは現時点では無いとされている。薬の効果や、戦いの中で重要な役割を果たすアドレナリンなども除去してしまうためだろう。


痛覚耐性では軽減されない小さな違和感。大した緊張感のない戦いの中でちょっとした苦痛。それは集中力を欠く。これはそのための布石。


「微妙な飯、風呂に入れず、娯楽も無い。もういい加減にしてほしいんだよ。日本に帰って文明に浸りてぇんだわ」


「……なにを言っている?」


「不用意に敵の投げた物受け取って毒をもらう程度の低能のくせに手間を掛けさせやがって。100年か?200年か?暗躍してどれくらいになる?その成果は剣聖の倒した魔獣ベヒモスのおこぼれをかすめ取ったことか?」


エリュマントスが生まれたのは、少なくとも100年以上前からである。

詳しい記録は残っていない。こいつの所為で滅びた村、街の正確な数は把握できない数になっており、集合知からはこいつの所為で人生を狂わされたもの達の数多の恨みが流れ込んで来ている。

おかげでさっきからイライラが最高潮だ。


「……死にたいらしいな」


「ぶっ殺したいね」


こっから先はぶっつけ本番だ。


「……来るがいい、その減らず口を潰して贄としてくれる」


「お前が俺の糧になれっ!」


覚えたばかりの自動治癒オート・ヒールを発動し、地面を蹴って間合いを詰める。

エリュマントスは相変わらず拳で迎撃するか。こいつのステータスからしたら、スキルの無い俺の動きを捕らえることなど余裕だろう。

既にステータスが人型の引き出せる限界を超えていると思われる現状、これ以上加速しようとしても空転するだけ。……さっきまでなら。


重量化ヘヴィウェイト


自重が増えれば、その分力を大地に伝えられる。

重くなった身体をステータスで無理やり加速して、さらに一歩間合いの内側へ!


「ぬっ!?」


「刺されっ!」


ガンッ!

エリュマントスの拳を潜り抜けて突き出した剣は、鎧に弾かれて逸れる。これじゃ足りないかっ!


軽量化ライトウェイト


剣を一瞬だけ収納空間インベントリに収納して慣性をキャンセル、即座に身体を軽くして飛び上がると同時に喉を狙う。

切っ先はエリュマントスの肌を浅く切り割いた。


「飛ぶとは愚かなり!」


ダメージを気にしない拳が迫る。


「せやな!」


魔弾マナ・バレット


自分に向けて放たれた衝撃に弾かれて、俺の身体はエリュマントスの頭の上を超える。痛みは自動治癒オート・ヒールで即座に回復した。


「バカなっ!?」


重量化ヘヴィウェイト

落下速度を加速しながら、振り向きざまに後頭部を剣撃。着地の前に盾を収納するし、一時付与インスタントに付与しなかった新品の剣を取り出す。これで二刀。


一時付与インスタント炎剣ファイア・ソード。&炎剣ファイア・ソード


「燃え尽きる前に切り刻む!」


鎧でおおわれていない両足を連続で切り付けた。

古びた魔法剣は今のスキルでは一時付与インスタントを重ねられないから、炎剣ファイア・ソードを素手から発動。耐久力強化ドゥラヴィリティ・アップで強化したグリップが燃えつきる前に何とかする!


「ぐっ!このっ!」


剣激で明確なダメージが入る。それはこちらをなめていた・・・・・エリュマントスには驚愕だっただろう。振り向きざまの後ろ蹴りは精度が悪い。身を沈めて避ける。

連撃を打ち込みながら、さらに飛んでくる拳を魔弾マナ・バレットで反らして横に回る。

上がったAGIとINTが高速で正確な戦闘を可能にしてくれる。


身体の大きなエリュマントスでは、サイズの小さな人間相手のインファイトが得意ではない。この世界じゃ大きさの差はステータスが補ってくれる。誰だってのびのび戦える方が都合が良い。

数度の攻防、どうしても避けられない攻撃は魔弾マナ・バレットで回避する。不規則な動きに、知覚はともかくスキル無しの肉体はついて来れない。


「うっとおしい!……ぐっ……衝撃の咆哮ショック・ロアー!」


全方位への衝撃波を伴った咆哮。

咄嗟に盾を正面に構え、軽量化ライトウェイトを発動するとともに後ろに飛ぶ。


衝撃でそのまま数メートル吹き飛ばされて着地。今ので自動治癒オート・ヒールがはがされた。

毒による苦痛で一瞬の怯みが入らなかったら、もっとひどいダメージを受けていただろう。

間合いを取られたのも辛いな。


「スキルを使ったな!ようやく剣も振るうか!?」


「キサマ!その程度の力で我を愚弄するか!」


「最初から全力全開の一撃で来いや!」


エリュマントスの縮地。自動治癒オート・ヒールを再起動。

こっちは着地点予想に開放した封魔弾をバラまいて、エリュマントスの剣を持った方向へ飛ぶ。複数のランスが雷光と火炎を轟かせる。


転倒微震タンブル・シェイク!」


こちらに視線だけを向けたエリュマントスが、地面を踏みしめるとスキルを発動。

地面の揺れでこちらをスタンさせるスキルを小さく飛んで避ける。このスキルは地面に足をついていなければ影響を受けない。

エリュマントスが各タイミングで使ってくるであろうスキルは集合知が教えてくれる。これが無ければ衝撃の咆哮ショック・ロアーも受けられなかった。


「ばかなっ!」


「人間をなめるなっ!」


硬直に合わせて剣激と封魔弾をさらに追加。

万全の体制のエリュマントスの正面にいる時間をなくす。分かっているスキルレパートリーからすれば、そうされた時の動きは衝撃の咆哮ショック・ロアー転倒微震タンブル・シェイク、後は縮地で距離を取る。そしてプライドが逃げることを許さない。


衝撃の咆哮ショック・ロアー!」


軽量化ライトウェイトはまだ有効。同時に魔弾マナ・バレットを自分に。

弾き飛ばされて距離が離れる。


……10メートル以上の距離が開いた。


縮地。


小結界キャンプ!」


結界内に移動しようとしたエリュマントスの身体が、神の力によって弾き飛ばされる。

それは弧を欠くように宙を舞い、轟音を立てて地面に落ちた。

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