第52話 オーク将軍エリュマントス2

対エリュマントスの戦略はただ一つ。

エリュマントスのできうる限り強力な一撃を放たせることにある。

中途半端な一撃ではだめ。しかも2度3度と効く保証が無いことを考えれば、俺が対処できないが奴にとっては中途半端な攻撃を打たせること無く、最大の一撃を引き出す必要がある。


「まぁまて、ポーションを恵んでくれるくらいなら、こいつも直させろや」


カイトシールドの焼けてしまった皮ベルトを、収納空間インベントリにあった麻ひもで補強する。本来の強度は得られないが、それでもないよりはましだ。そもそも4辺の一つが焼けただけだし使えないことは無い。


「さっさとするんだな」


「そうせかさなくても、どうせ大したことは出来ないからすぐ終わるさ。……ほらな」


応急処置も良い所だし、これでエリュマントスの攻撃が止められるとも思えない。それでも時間稼ぎにはなるだろう。


「……その大そうな剣は抜かないのか?」


エリュマントスが背負っているのは、魔物の骨を軸に作られたであろう4メートルを超えそうな大剣。

鞘の形から片刃であろう。刀身は最低でも魔鉄と魔導銀ミスリルの合金。通常の金属では耐えられない使用者の力に対応するべき鍛えられた、至高の逸品だ。


「子ネズミをひねりつぶすのには過剰なモノよ」


「……なまくらか」


「……ぬかせ。これはかつてこの平原に居た大地の震源グランドシェイカーの大腿骨をベースに、希少な魔導金属で刃を作った逸品よ。我の力に屈することなく、すべてを破壊する」


抜かれた刃は陽の光を反射して鋭く輝く。また大層なものを作ったもんだ。


「取り込むなり、魔物化するなりすればそれなりの戦力にはなるだろうに」


「見合わぬのでな」


その剣は明らかにエリュマントス専用に作られた逸品。

重量やサイズはともかく、太すぎる握りは人が扱うには不向きな装備だ。当然、価値も剣そのものではなく素材としての物になるだろう。


魔物の使う武器は魔物の一部で、出し入れ自由で再生するが決して壊れないわけではない。

能力が上がれば上がる程、武器として出現させたときの耐久力も必要になって来るわけで、こいつくらいになると自分の力で壊れない武器を具現化するコストも馬鹿にならないのだろう。


剣を取り込んで、その価値以上の武器を具現化しようとすればトータルとしてはマイナスだ。

実際、上位の魔物はその理由から“装備”を持っていることも多いらしい。


「人で言うところの2次職すら極めていないお前ごときに使うものではないな。スキルすら不要であろう」


……むかつくな。

凪の平原が人間の支配地域になる前から暗躍していまだにクロノス王国に滅ぼすこともできないくせに、アインスに攻めでも自ら先陣を切るわけでもなく、脱出者狩りをしてるような奴がこの期に及んで侮るか。


「……100年暗躍して国一つ落とせない奴が抜かせ」


「…………なに?」


「全力で来ないなら都合が良い。そのまま俺の糧になれ」


盾を構えると同時に、見えない位置に杖を取り出す。

グローブさん達が合流するにはまだかかる。どこまでやれるか分からないけど、魔王を倒すならこんなところでつまずいちゃいられない。

もうこの世界に来てから一か月以上経ってるんだ。さっさとかたずけて日本へ帰る。


「……叩きのめして捕えるかと思っていたが、死んでもらおう」


「……魔弾マナ・バレット!」


呼吸をずらした不可視の衝撃波は、エリュマントスの意識の外にあった腰に下げた大剣を吹き飛ばした。


「ぬぅ!?」


高INTのおかげで、すでに魔弾マナ・バレットの威力はちょっとした砲弾ぐらいに成っている。

剣自体は高い耐久力を有していても、それを鎧につなぎとめる革ひもや鋲には大した耐久力は無い。


「キサマ!我が剣を!」


意識が剣に逸れた。こっちをなめ過ぎた!


封印解除レリーズ!」


封魔弾を放つと同時に間合いを詰める。ギリギリ相手が踏み込まなければ届かない距離。

俺がエリュマントスの手加減された攻撃を回避できる紙一重の距離でもある。


「ぐぅ!?こざかしい!これしきで止まると思ったか!」


雷槍サンダー・ランスの封魔弾が狙い通りエリュマントスのわき腹に触れ、まばゆい光とともに雷音をとどろかせた。

しかしそれを気にした様子も無く、エリュマントスは拳を放つ。


「見え見えなんだよっ!」


ステータスが二次職に突入している俺にとって、スキルも使っていない、物理現象に束縛された一撃は恐れるほどのモノではない。どれだけステータスが高かろうが、人型の肉体から繰り出せる動きには限界がある。


「ぬ!?」


懐に入る様に身をかわすと同時に小手を斬る。硬い。HPは削れるだろうが、大したダメージにはならないだろう。


「風と炎の戮力りくりょくにて、光を覆う闇のっ!」


「懐に入れば安全と思ったか!」


右手で殴れば次に繰り出せるのは左手か左足!エリュマントスが選択したのは左のニーだった。それを掴んで身をかわし、背後へと身を躍らせる。


「煙霧が視界を閉ざさん!大爆煙バースト・スモーク!」


詠唱に呼応して黒煙が爆ぜる。

半径10メートルを一瞬で埋め尽くす魔術の霧が、互いの視界をあっという間に奪い去った。


「目くらましとはっ!無駄なことを!」


どうせ索敵系のスキルは持っているだろう。だけどほとんどのスキルは相手の位置は分かっても姿勢や向きまでは分からない。

全力で身体を投げ出した俺の真後ろを、エリュマントスの拳が突き抜けていくのが風圧でわかる。

体勢から言って裏拳か。当たったら無事では済まない威力だろう。


転がるようにして煙の外へ……あった!エリュマントスの大剣!

陰った視界の中、くそ重い剣を鞘から引き抜くと、足を止めず、出来るだけ小声で詠唱を行う。


一時付与インスタント!天に轟く雷神の力を借りて、今、雷槍にて敵を穿つ、雷槍サンダー・ランス


まるで早口言葉だっ!

複雑な術をセットしている余裕はなかった。魔物が触れた瞬間、雷槍サンダー・ランスが発動するように仕掛けただけ。


「うっとおしい煙だ。剛腕拳風!」


エリュマントスのつぶやきが耳に届く。まずい!そう思って大剣を地面に突き立てると同時に風が凪いだ!

目を覆うほどの強風が駆け抜けると、大爆煙バースト・スモークで生み出された黒煙は晴れ、エリュマントスが地面に拳を突き立てていた。


「我が剣が狙いか!」


「ありがたく使わせていただく!」


本来俺が扱えるサイズと重量ではないが、なぜか高まったステータスはそれを可能にしていた。むしろ全力で振り回せるのは都合が良い。

ステータス便りの振り下ろしの一撃。エリュマントスの能力なら余裕で避けられるだろうその一撃を、奴は予想通り受け止める。


「ぬぅっ!」


素手で刃を受け止めた瞬間に雷槍サンダー・ランスが発動し、防御が崩れる。振り下ろした大剣はエリュマントスの鼻っ面に叩き込まれた。


「こざかしいっ!」


「わかりやすいな!凍ってろ、封印解除レリーズ!」


エリュマントスは剣を気にして踏み込めない。中途半端に振るわれた拳を飛びのいて避けると同時に、凍槍フリーズ・ランスの封魔弾計8発を叩き込む。

剛毛に覆われたエリュマントスの全身が凍り付き白く染まる。そして芯まで凍り付いたように動きを止めた。

……大したダメージにも成っていないだろうに。


「そのまま氷像になるつもりか?」


1次職の魔術で状態異常になるほど弱くも無いだろうに。


「……不快、不快だな。キサマ、何者だ?」


パキパキと音を立てて氷塊が剥がれ落ち消える。

HPが存在するゆえの特性もあるのだろうが、エリュマントスにダメージを受けた気配はない。

さて、どう挑発したものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る