第51話 オーク将軍エリュマントス1

「……まずは見事と言っておこう」


「ああ、そうですかい」


ドロップ品となった金貨を拾いながら、エリュマントスに適当な相槌を返す。

放っておくとそこらの魔物に回収されてまた1000Gの魔物が生まれる羽目になる。


「こいつは戦利品としてもらっておくぜ」


「……好きにするがいい。どうせすぐ我の元に戻る」


「ハッ!もう勝つつもりでいるのかよ」


「負ける理由が無いのでな。……しかし面白い戦い方をする。剣士かと思ったが、魔術師だな」


「ご名答」


「魔剣士や魔法戦士と呼ばれるものの戦い方に近いが……違うな。腑に落ちぬ点もある。それが隠し種と言ったところか」


目指すところはそこだが、現状至ってないだけだよ。


『グローブさん、状況は?』


声には出さず、念話チャットを送る。


『敵を避けながら全速力で移動中!だがまだかかる。ようやくこっちで豆粒みたく集団を捕らえた。後2~30分って所か』


取り巻きの魔物たちが居なくなったわけではない。連携している敵の眼を避けての行軍じゃあ、スピードにも限界があるか。

……最後の一体はもう少し時間をかけるべきだったな。


「ステータスは200前後と言ったところか?しかしスキルを使わず、人の身で動ける限界だろう?温存したところで概ね想像はつく」


与太話をしてくれるのはありがたいな。


「人と魔物じゃステータスの概念も違うのに詳しいことで」


エリュマントスの言う通り、ステータスが200を超えるあたりで人間の能力としては限界を迎える。

攻撃も回避も、人は地面に足をつき、それを蹴って移動することでしか繰り出すことが出来ない。そして大地と人を引き合わせるのは重力や摩擦力だ。


回避、つまり移動は特に顕著。

速く動けば当然空気の抵抗は大きくなる。装備を入れてたかだか100キロ程度しかない人の体は浮き上がるが、その速度に重力がついていかなくなる。

そして小さな土や砂の塊でしかない大地は踏みしめた衝撃で容易に砕け、反発力を引き出せなくなる。

人の速度は限界に達する。


攻撃にしても、ステータスが200を超えると長物の斬撃の切っ先が音速を超え始める。

そうなってしまえば巻き起こった衝撃波によって攻撃を放った方も巻き込まれるし、当った時の反作用を吸収できず武器が吹き飛ぶか自分が吹き飛ぶかのどちらかになる。


これを補うのが近接2次職以降のスキルと、専用に作られる武器なのだ。


「魔術以外のスキルを使えば容易に勝てたであろう。なぜ使わぬ?」


「……さぁてね」


魔術以外のろくなスキルを持っていないことは、エリュマントスには分からない。

過去の経験が、想像が、あいつの中で俺のできることを増やしてくれる。


「……まぁ良い。それは戦いの中で楽しませてもらうとしよう。……使え」


そう言うとエリュマントスは試験管のような小瓶を放り投げてきた。


「おおっと」


……MP回復ポーション。それもなかなかに良いやつだと集合知が教えてくれる。


「MP切れで全力で戦えぬなどつまらぬ」


「それじゃ、ありがたく」


口に含むと独特の苦みが広がる。そして飲み下した瞬間、減っていたMPがもりもり増加して満タンまで回復しきった。

ボルツマンさんが持ってたものより高級品だな。


「……なあ、あんたの腕試しにつき合ったんだ。少し教えてくれないか?」


「なんだ?我らと言葉をかわそうなどと稀有な事」


「そりゃ、お前ら基本的に問答無用で襲ってくるからな。さっきの金貨も、このポーションも、手持ちするより戦力にして攻めに使ったほうが良かったんじゃないか?」


「はじめから全力をもって突撃するだけなど獣と同じよ」


「だからあんたはこんなところを一人でうろついてると?」


こいつがここに陣取っているせい街は目の前の防衛だけに集中できない。


「我が突撃し、街を破壊して人間どもを殺しつくすだけでは意味がない。物も、人も、すべて奪い去るのが我らの在り方よ」


……領主ロードの範囲スキルを警戒しているだけのくせに大層な。

街の中に当たる領域を守護する村長や領主のスキルは、魔物の能力を著しく弱体化させ、自然発生を抑制する。効果の条件は厳しいが、アインスの領主のスキルならエリュマントスクラスの魔物に有効だ。

魔物が街に一気になだれ込まないのは、このスキルがいまだ有効だからに他ならない。


「奪い去って、それでどうするつもりだ?」


「……?……また意味の分からぬ問いだな。兵を増強し、さらに攻め入る。それ以外にあるまい」


魔物にとってはそうだろう。こいつらはそうやって自分たちの領域を広げてきた。

だが、聞きたいことはそう言う話じゃない。


「いや、そうじゃない。俺が聞いているのはその先さ。魔物が戦いに勝ち続け、人が明確に減っていけば、多くの魔物は弱体化していくだろう」


人口が減れば食料の価値は下がり、それを核にしている魔物の力は弱まる。宝飾品や金貨なども同じだ。価値が増える物も当然あるが、人が減れば減る程、魔物の軍勢は基本的に弱体化する。


「魔王の力は、人の欲望に呼応していると言われている。人が居なくなれば、魔物も消える可能性が高い。最後の一人が消えた時、魔物も消える。そうならない様にわずかな人間だけを生かして管理するか?それも無理な話だ。倒せない、手に入れられない力を持った魔物の核は価値を持たない。お前だって、誰かが倒せるからそれだけの力を持っているのだろう?」


魔王は分からないが、魔王の生み出した魔物は倒せるのだ。一人でダメでも、二人、三人と力を合わせれば勝てる。もちろん相応の能力が必要だが、富の配分ができ、全員が能力をいかんなく発揮できる数人から十数人のパーティーであればほとんどの魔物は倒せる、というのが現在の人類側の見解だ。


「……妙な事を気にする人間だな。だが……ふむ、残念ながら我は答えを持ち合わせておらぬ。人を支配し、滅ぼせと言われれば滅ぼす。それだけのことよ」


……このクラスの魔物でもあり方に疑問を持つだけの知能は無いか。それとも、こいつが単にそう言うタイプなだけか?どちらにせよ、魔王を倒す手掛かりにはならないか。


「人が滅びて我が力を失うなら、それもまた良し。作られたわが身で、仮初の命が意味など問うても滑稽なだけぞ。闘争こそ我が命。それ以外は、その時が来た時に分かればよい」


知能どうのこうのじゃなく、割り切ってるタイプか。こいつから魔王側の情報を得るのは無理そうだな。


「所詮言われたことしかできない傀儡か」


「何を成せ、は示された。どのように成せ、は己が決めよと示された。それが分からぬなら人もいずれは滅びるであろう?」


「……口は達者だな」


思っていた以上に知能というか知性が高い。

会話ができる分時間稼ぎにはなっているが、果たしてこの後の挑発に乗って来るか。


「さて、言葉ばかり交わすのは我の在り方にあらず。そろそろ息も整ったであろう?我に一人で挑もうなどという愚かなお主を叩き潰して、我はアインスを攻め落とす仕事に戻ろうではないか」


とか言っている間に向うはやる気を出した。


『グローブさん、距離は?』


『まだ奴さんの姿も見えねぇよ。大丈夫なのか』


『そろそろ本格的に襲われそうですよ』


「さぁ、剣を抜け。盾を構えよ。愚か者の挑戦、受けてくれようぞ」


どうやらやらなければいけないらしい。さて、どうやって挑発した物か。

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