第49話 邂逅する脅威

幸いにして林が影になって敵からこちらはすぐに見えはしない。

鷹の目と小結界キャンプを解くと、エリュマントスに向かって歩き出す。


準備としてAGIの上昇率が大きい聖闘拳セイクリッド・フィストをすぐ発動できるように、手の中にナッツを仕込んである。ちょっと握れば砕けて発動する寸法だ。

ステータスのボーナスポイントも全てAGIに振ってある。これで素のAGIが150を超え、魔術のブートを加えれば200越えに成っているはずだ。AGIが最も上がる斥候スカウト系2次職と比較しても遜色は無い。

事実上、人間がスキル無しで動ける限界と言われているレベルに達していることに成る。


装備はいつもの古びた魔法剣と風のヒーターシールド。エンチャントと追加したラウンドシールドも背中に背負う形にしてある。収納空間インベントリも秘策の一つだ。あまり気取られたくない。


小高い丘を登ると、エリュマントスの姿が見える。すぐにこっちに気づくことだろう。目にすると改めて、そのヤバさがわかる。

……落ち着け、焦るな、必要なのは時間稼ぎだ。不意打ちに意味は無い。相手が警戒するように、もしくは余興を楽しむ気になる程度に、余裕を醸し出せ。


向うもこっちに気づいたようだ。

そしてこちらの動きを見て片手を上げるとゆっくりと歩き出す。予想通り……取り囲んでいる魔物たちの動きも変わった。

そうして互いに歩みを進め、残り5メートル強となった所で足を止める。

……大丈夫、落ち着け。こいつに限っては不意打ちは無い。


「やぁ、オークの将。はじめまして」


「……一人か」


重く潰れた声で、エリュマントスはつぶやくように言葉を発した。

でかいな。俺二人分よりさらにでかい。体系としては手足が短く胴が長いが、それでも水平目線が腰に届かない。その大きさだけで十分脅威だな。


「さぁ?どうだろう。俺一人かもしれないし、ほかに隠れているかもよ?」


「手際の良さ、それなりに手練れた冒険者だと思ったのだがな。お前が見捨てられたか、おとりでないなら一人だろう」


酷いこと言いやがる。

だがまぁ、一人をおとりにして他のパーティーメンバーを逃がすという手も無くは無い。


「観念して魔王の軍門に下る気にでもなったか?」


「まさか、逃げ隠れが面倒になっただけさ。後、準備も終わった」


「……ほう?何の準備が?」


「そりゃ、訊くだけ野暮だろ。お前と一戦交える準備だよ」


そう言うとエリュマントスは、巨体に似合わぬつぶらな瞳を細めると、大口を開けて笑う。


「我と戦うと言うか!一人で!これは面白い!」


「そりゃ結構なことで」


「小僧、勇気と無謀は別物だぞ?戦うくらいなら逃げたほうが、まだましであろう?この包囲を抜けられる可能性は羽虫の落とす小石の価値ほどにもないが、それでも我と戦うより良い選択であるぞ」


そりゃまた大層な自信で。


「いやぁ、正直なところ、あの捕縛部隊と一人でやりあうのはちょっとリスクが高すぎでね。あんたぶっ倒す方がいくらかましよ」


「……また面白いことを言うな。我を倒す?フハハ、一人で向かってくる度胸は認めるが、キサマにその力があるとは思えん」


「どうかな?」


「……どうせ我に挑む者など居らぬから相手をしてやっても構わんが……キサマにその資格があるかは試させてもらうとしよう」


そう言うとエリュマントスは三歩下がり、腰から巨体に似合わぬ小さな杖を抜くと、3枚のコインを取り出した。


「わかるか?」


「クロノス王国金貨。1枚1000Gだな。くれるのか?」


「こうするのだよ」


エリュマントスは杖の先でつまんだ3枚の金貨をトン、トン、トンと1回づつ叩くと、それを目の前に放り投げた。


「サモン、リザードマン精鋭剣士」


突き出された杖が光る。そして杖から放たれた魔力がコインにまとわりつくと、黒く染まって形を変える。

そうして地面に落ち切るころには影となり、その影は大きく伸びて体を形作る。手が、足が、人の形に変わるとともに色づき、魔物へと姿を変えていく。


「我は魔物化の術など使えぬのでな。こういう小細工が必要になる」


現れたのは緑のうろこを持つ身の丈2メートルほどの爬虫人。

リザードマン。言葉通り、精鋭剣士と呼ばれる個体だろう。巨大な曲刀とカイトシールドを持ち、金属プレートの胸当てを付けている。


「なかなか便利そうなアイテムを……」


使っている杖は魔物製のマジックアイテムだろう。

限定条件がどれだけあるか不明だが、効果は“価値あるモノ”を魔物に変える。ギルドが喜びそうだな。


「そいつらを倒してみよ。そうしたら相手をしてやろう」


リザードマン精鋭剣士はステータスが高く、ニ段切り、強打バッシュ盾強打シールド・バッシュなどのスキルを使う近接タイプの魔物。からめ手より力押しが得意なタイプだ。

それが3体。なるほど、正面切って戦いを挑む相手の力量を見極めるにはちょうどいいってか?


「前哨戦か?」


1000Gが3体。蟻の洞窟で戦ったゴブリン・ウィザードと比べ物にならないほどの強敵。

……だけどこれはだ。

時間も稼げるし、倒せれば経験値も入る。そして、今のステータスとアイテムなら勝てない相手じゃない……はずだ。


『ワタル!魔物の動きが変わった。そっちから本体に向けていくつかのグループが戻りだしてる』


オーケー。予想通りエリュマントスは乗ってきた。

他に仲間がいないか探索はするだろうけど、俺が奮闘すればするほどその疑いは無くなる。


グローブさん達は50メートルまで近づく必要があり、それはエリュマントスにとっては一瞬の距離だ。

だから俺はこいつら3体を倒して、エリュマントスの意識をこっちに向けておく必要がある。


『キシャァァァァーーー!!!』


手の中のナッツを砕いて聖闘拳セイクリッド・フィストを発動させるとともに、久々に鞘から剣を抜き放つ。


「いいね。準備運動にゃちょうどいい!相手に成ってやるよ!」


その声にこたえるかのように、3匹の魔物が飛び掛かってきた。

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