第42話 二手に分かれてみた
「くそっ!どうなってやがる!?」
アインスの方角を睨むように見据えながら、グローブさんは怒声を上げた。
「ほんとですか?僕には見えませんけど」
そもそもアインスの街の城壁自体が豆粒ほどにしか見えない。見えているかも不確かな状況だ。
「
確かに、魔術による防火・消火が可能なこの世界じゃ、普通の火災で街全体に火が広がるなんてことはまず起きない。
「……
魔術を発動させるとさらに視界が開ける。
索敵用のこの呪文には、
「……確かに。街の方だけ視界が悪い」
頭上から見下ろした景色は、街の方だけ黒い靄が立ち込めていた。
あれは霧じゃないな。野焼きでももっと白っぽい煙が上がる。そもそも、霧も野焼きも時期じゃあない。
「……魔物の襲撃ですか?」
ファロー村の襲撃事件が頭をよぎる。
凪の平原は数日前にも襲撃を受けたばかりだ。もしそれが予兆だったとしたら、大規模な襲撃が発生している可能性はある。
「……でも、魔物はわざわざ街に火を放ったりしないですよね」
エトさんはそう言って首をかしげる。
確かに魔物の目的を考えれば、すべてを灰燼に帰す放火はほぼメリットがない。
「ああ、だから火事だとしたら誰かが炎の魔術で盛大に焼いたんだろうさ。そして相当なおバカでも居ない限り、そうしなけりゃいけない事態が発生した結果だ」
1次職の魔術師が覚えるスキルでも、炎をまとったつむじ風を発生させる
これらの魔術は副次効果によって火災が発生するので運用にかなりの注意を求められている。大量の煙が発生するほど火が広がったとなると、それを気にする余裕がない状況だろう。
「……この調査遠征の話が出る数日前、王都近郊でアンデットモンスターの蜂起があった。アインス周辺の魔物が大量に狩られたこともあって、ギルドでは大移動か報復と判断していたが……陽動の可能性も視野に入れていた」
「どういうことですか?」
「狙いとは別のところで騒ぎを起こして戦力を分散させる。魔物はたまにそういう悪知恵を働かせて来るんだ。戦力は減ったままだろうし、すぐに動くとは思っていなかったゆえの調査遠征だったが……」
「裏をかかれた可能性があると」
これくらいの計略は、命の軽い魔物側ではよく使われる手だ。
周辺の魔物の減少、陽動の襲撃、さらに調査遠征で街に居る冒険者が減っているところを狙われたか。
「ああ。村には遠距離通信のアイテムがあるはず。それで連絡が入ってなかったって事は、煙の原因はここ数時間のできごとだろう。日中だから人型モンスターだろうな。昨日倒したゴブリンウィザードは頭じゃなかった……ってところか」
「村の襲撃は戦力確保ですかね。周囲の村じゃなくてアインスを狙うなら、かなりの兵力でしょうね」
バノッサさんが狩り損ねたサウザント級が反撃の一手を打ったか。
「どうします?宝珠で戻りますか?」
「そうしたい処だが……状況が分からねぇんだよ。門が破られて街中で乱戦に成ってるような状態なら行く価値はあるが、包囲されている状況だとむしろ身動きが取れなくなる」
街と連絡が取れればいいんだけどな。
アインス周辺はクロノス王国にとって重要な食料生産拠点の一つだ。
ここが落ちると、この20年あまりでようやく落ち着いた食料問題が再燃するし、魔物側への依存度も高まる。正直、嬉しくない事態だな。
「……俺が先行します」
ステータス強化と
「ステータスと補助魔術に任せて文字通りここからまっすぐ、崖を飛び降りながら進めばアインスまですぐです」
「……本気か?」
「索敵はしません。寄ってくる魔物も、振り切れるなら倒しません。駆け抜けるだけなら、多分グローブさんより早いですよ」
グローブさんでも下れなくは無いだろうが、二人で行くとステータスの低いエトさんを放り出すことに成る。流石に昨日のように担いで山を下るのは難しい。
そうなると宝珠を使わないなら俺が先行するのが一番早い。
「いくらワタルさんが強くてもさすがに無茶ですよ!離れたらタグの効果だって届かなくなるし、宝珠の発動タイミングも分かりませんよ」
「無茶はしませんよ。……エトさんのレベルなら
味方も影響を受けるため使いづらいとされているが、一人であれば目くらましにも逃走にも使いやすい。今回みたいな単独行の場合にはあって損は無いだろう。
『詠唱だけ覚えても使えやしませんよ』と言うエトさんに、簡単に復唱法の原理を教える。
始めは半信半疑だったが、実際に5回目の試行で
「魔術師ギルドが秘密にしている手法です。あんまり触れて回らないほうが良いですよ」
さて、MPはほぼフルである状態なので問題なし。全力で行くのは久々だな。
「飯か?」
「AGIに補正の多い
起動コストを減らすことができる。
他にも
「面白い使い方だな。そんなことができるなら、もっと
「
袋に入れて持って歩いているだけでだんだんダメになるんだ。流行る理由がない。
「……
胡桃をかみ砕いて飲み込むと、全身を力の膜が覆う。うまく発動したらしい。
「それじゃあ、行きます」
「すまん。こっちもできるだけ早く追いかける」
「……気を付けてくださいね」
片手をあげて答えると、一息呑んで石垣から身を躍らせた。
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