第41話 外周遠征調査!三日目
「準備OK、それじゃあ出発しましょうか」
「……あ~……そうだな」
「……そうですね」
「…………だから言わんこっちゃない。
二日酔いでグロッキーの二人に回復魔術を掛ける。MPの無駄遣いだな。
「10分、20分休んで出せばよくなりますよ。しばらく水を飲んでいてください」
まったく、いったいどんだけ飲んだんだか。
二人の回復を待っている間に、村にいた冒険者のグループはそれぞれの仕事に出ていった。村人を引き連れて、昨日のアリの巣穴に薪の回収に行くのは3人のパーティーらしい。魔術師がメンバーに居て、合わせて巣穴をつぶすのだとか。
二人組のパーティは、巣穴とは別のエリアを探索すると言っていたので、こちらの調査ルートを簡単に教えておいた。
遠征調査の参加者は多いが、探索範囲はせいぜい線でしか行えない。これで村の周辺の探索が進めば、より安全が確保されるだろう。
「すまん。回復した」
そんな世間話をしているうちに、グローブさんとエトさんが復活して来て、探索へと出発する。
まぁ、昨日までの道中と同じでそれほど大変な道のりではないんだけれど。
「それにしても、昨日はいつまで飲んでたんですか?」
「ん……さあなぁ。お前が帰った後もなんやかんやお前の置き土産で盛り上がったんで覚えてねぇが」
獣道を切り開きながらの探索と言っても、索敵や位置の把握はスキルで行われる。
スキルは声の届く範囲より広い周囲を索敵するし、
木々が生えそろった森の探索とはいえ、基本的にはハイキングと変わらないので、野生動物避けも兼ねた与太話をし続けるわけだが……。
「俺の置き土産ですか?」
「魔王を倒すつー話だよ。なぁ」
「ええ、酒の肴には成りましたね」
どうやら俺が去った後もあの話を続けていたらしい。
「正直なところ、お前が魔王を倒すとはとても思えねぇ。確かに1次職の今でも、おそらく2次職に匹敵するだろうし、順調にレベルを上げりゃお前の師匠と同じ3次職にも行けるだろうさ。だけど、それで魔王に届くかっていうと違うだろう」
「ニンサルに居る大賢者様や、どこにいるか不明の剣聖様のように最上位職に到達した人でも魔王に届いていません。そもそも挑戦しないというのもあるんでしょうけど、正直、魔王が倒せるとは思えないんですよね」
ステータスと職業、それにレベルによって、この世界では勝てる相手と勝てない相手がかなり明確になってきている。
1次職単独じゃサウザント級は相手に出来ないし、その上の1万ゴールドクラス、俗にオーバーザウザンツと呼ばれる魔物たちは、知恵と勇気でどうにかなる相手じゃない。
魔物のランクとして分かっているだけでもさらにその上があり、魔王がどれほど強いかは見えていない状況だ。
この世界の人間からすりゃ、無謀以外の何物でもないだろうな。
「けどまぁ、お前はそんなこと気にせずなんかやらかすだろう?」
「……どういうことです?」
「そのまんまの意味だよ。封魔弾しかり、治療術しかり。何かしら思いついて、流行らせようとするだろうさ」
「まあ、そうですね」
明確に決めたやるべきことが有るわけじゃないけど、思いついたら手を出すだろう。
そういえば集合知の更新もそろそろだな。アインスに帰ったら確認してみよう。
「って事は、一枚噛んでおいても損は無いんじゃないか、って話になってな」
「なる程。つまり魔王を倒すのに協力してくれると」
「バカ言え。そんなの夢のまた夢だ。……だが、具体的に何をするかには興味がある」
「商材として魅力的ですからね。ワタルさんが語ったやり方で魔王に挑もうと思ったら、非合法な手段は取れないでしょう。それなら、自分たちのできる範囲で力を貸すのもありじゃないかなと。もちろん、分け前は期待していますよ」
「ん~……まあ、確かにそれくらいがいい所ですか」
教会もギルドも、魔王を倒すとかいう話に乗ってくることは無いだろうし、社会を変革することを目的に動いてくれるとも思えない。
バノッサさんに売った恩がどの程度効果があるか分からんけど、何をするにも協力者がいたほうが都合がいいのは事実。
グローブさんはギルド職員だし、エトさんも商家の出なので儲け話なら実家経由で商人ギルドに伝手ができる。
こっちにゃ損は無いだろう。
「んじゃ、まぁ儲けられる当てが付いたら手伝ってもらうって事で。……つっても、今のところ当てがないんですけどね」
「ないのかよ。あんだけ思わせぶりなこと言っといて」
「治療術も封魔弾も、初めは広めようと思って思いついたものじゃないですしね」
ニーズがあったのは偶然に近い。さらに教会やギルドが受け皿になってくれたのは幸運以外の何物でもない。
地球の便利な道具や武器を考案して売捌くって手もあるが、下手をすると価値が上がりすぎて詰む。
あんまり変なものを広めるわけにもいかないのだ。
森の中を切り分けて進みながら与太話は進む。
たまに雑魚が寄って来るが、封魔弾を使うまでもなく切り伏せられた。
昨日の戦闘でかなり経験値を稼いでいたらしく、それでレベルが上がって21。ステータスもスキルもあまり恩恵がないので、またしばらくは誤差の範囲だ
「冒険者の能力底上げが出来れば理想なんですけどね。そんなアイデア、ほいほい思いついたら苦労はしませんよ。ニーズがどこにあるかも分かりませんしね」
「ニーズねぇ」
「ギルドの方針は封魔弾を安売りはしたくないって感じでしたけど、理由は初心者が手軽に使えないようにってのであってます?」
「ああ、それはその通りだな」
「そうなんですか?初心者や1次職にこそ価値がありそうなアイテムなのに」
「強すぎんだよ。数百Gの魔物を一撃で屠るアイテムだぜ。そりゃ初心者が使えばガンガンレベルは上がるだろうが、それじゃ経験が足りねぇ」
レベルでステータスは伸びる。ボーナスポイントも含めれば、どの職でも見た目上の能力は高くなるだろう。
だけど冒険者の能力には経験も重要だ。封魔弾で過剰なレベリングをしては難敵と戦って得られる経験が不足する。
今の俺と同じような感じだな。
「1次職の間に10回やったら2、3回は死ぬような相手と何回かやりあっとく方がいい。んで10回やったら9回死ぬような相手から逃げる方法も学んでおくべきだ。封魔弾が流行りすぎると、その経験が無くなっちまう」
「その理論だと10人に2、3人は死ぬんですけどね」
「そうならねぇためにギルドがあって、調査をして、レベルとパーティーメンバーに応じた狩場や依頼を調整してるんだよ。死ぬくらいならいいがな。魔物に拉致られてみろ。目も当てられねぇ」
「あ~、そうですね」
「このドッグタグや帰還の宝珠がもっと安く作れればいいんじゃないですかね?付与魔術でできませんかね?」
「長距離移動は上級空間魔術の範疇だよ。コストが重いとはいえ、作れる
魔術体系として1次職の名前が冠されることからも分かる通り、原点にして終着点だ。
当然のように上位職もあって、そっちは俺にとっては馴染みの深い
「ギルドはある程度危機感を持って実戦をしてもらうのが嬉しいんだよ。帰還の宝珠だって、普通に買えば馬鹿にならない値段だからな。おいそれとは使えんさ。本当はもう少し訓練を充実させたいところなんだが、ギルドでできるのは対人での模擬戦が限界だからなぁ」
「俺はそれで死ぬかと思いましたけどね」
「生きてるじゃねぇか」
「HPがどんだけ減ったと?」
「五体満足ならいいだろ。痛い思いしてから、動きもずいぶんよくなったしな」
「そりゃ、二度としたくないですからね」
「……いったい何があったんですか」
ラルフさんに
「……でもまぁ、冒険者が安全に、緊張感をもって戦えるようなアイテムのほうがギルドのニーズを満たすってのは理解しましたよ」
上位職への足掛かりとなる50レベルに到達すれば
少しひねれば非常識な使い道が見つかるかもしれない。あとで考えておこう。
「この先に開けた場所がある。そこまで行ったら休憩だな」
「了解です。だいぶ登ってきましたね」
のんべんだらりと話しながらでも、ステータスのお陰で登山も楽々だ。
いつの間にやら周囲の植生は変わっていて、周りを覆う木々や下草はまばらになりつつあった。この辺りの山は1000メートル級だったな。
「この先の広場は少し高台になっててな。以前は凪の平原を監視する拠点の一つだったらしい」
「話だけは聞いたことはありますよ」
まだ凪の平原が魔獣の住処だった頃、そこを縄張りとしていた巨獣、
20年ほど前にベヒモスが剣聖のパーティーに倒された後は、砦は解体されて今は凪の平原を見下ろす広場のみが残っている。
「天気がいいからな。アインスまで見通せるだろうさ」
「ちょっと楽しみですね」
この世界にゃ高い展望台なんてものは無いからな。絶景を見られるのは、飛行魔術の類を覚えた魔術師くらいだ。
魔物が居なければ近隣の村からのハイキングコースにでもなっていただろう。
「ほれ、見えてきた」
天然の丸石が積み重ねられた野面積みと呼ばれる石垣。
たまに誰かが手入れをしては居るのだろう。下草は思いのほか伸びておらず、崖のようにせり出したそこは、空に突き出しているようだった。
少々朽ちかけた石の階段を上ると、凪の平原に向けて視界が開ける。
草が
ほんとに一面、豆粒ほどだがアインスの街まで見渡せる。
「……絶景ですね」
凪の平原は広い。
ここからアインスまでは直線距離で20キロを優に超える。平原で狩りをしているであろう冒険者たちなど米粒ほどにも見えやない。
……こっから観測できたベヒモスってどんだけデカかったんだろうな。
集合知で知ってはいるけれど、とてもじゃないがイメージがわかない。
「……妙だな」
グローブさんが眉間にしわを寄せてうなる。
空は晴れ渡り風は穏やかで、小春日和と言うべき良い陽気だ。
「どうかしました?」
決して
「……煙だ」
しかしグローブさんはそう言って遥か彼方、アインスの街を指さしたのだった。
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