第40話 魔王について話してみた

「……まぁ、俺の話は良いじゃないですか」


実際のところ、ここで望郷の念を語ったところで二人には分からぬ話だろう。

この世界の知識じゃ、異世界に類するものは神の住まう地くらいイメージが無い。自分たちと違う人間の暮らす、魔物が居らず魔術もない世界など想像に至らない。


「目下俺たちが気にすべきなのは稼ぎとレベルでしょう?……ああ、あとエトさんの一人称」


僕なのか私なのかはっきりしてくれ。


「……それはどうでもいい話じゃないですか?」


「取り繕ってもぼろが出ますよ。俺みたいにね」


日本語とは違うが、この世界の言語にも複数の一人称や敬語、丁寧語のようなものがある。まぁ、どっちかっていうと方言に近いが、地方より職業による差のほうが大きいようだ。『俺』は冒険者語の1人称、『僕』は学者や教師に多いらしい。『私』は教会関係、転じて貴族から商人と最も一般的な言い回し。


ちなみに冒険者だからと言って荒っぽい言葉遣いと言うわけでもなく、フランクではあるが基本的には敬語や丁寧語で話す。

これは職業柄と言うもの。

冒険者は魔物相手の荒事が稼ぎなわけだが、それで生きていこうと思ったら周囲との協調は必要不可欠だ。一人で必要なことすべてができるわけでもない。効率の良い職業の取得順や経験値の稼ぎ方、出現する魔物の強さや時期による変化。その他もろもろ、必要な情報を得ようと思ったら、周りと協力し合うのが最も効率が良い。

だから冒険者は助け合う。凪の平原の襲撃で多くの冒険者が自発的に動いたのはいい例だ。


「……マジどうでもいい話だな。俺はてめぇらの生まれや育ちにゃ興味ねぇよ」


言葉遣いは育ちが出るからなぁ。


「魔王を倒そうってんなら、冒険者なんかしてないで騎士にでもなったらどうだ?お前ならまず間違いなく受かるだろ」


「ああ、王国勤めですか?ダメですよ、どこの国に行ったって、本気で魔王を倒そうなんて思っているところなんてありませんよ」


中央大陸にある国も含めて、ほとんどの国は強硬な現状維持派だ。その息がかかったギルド上層部もなのだが、どっちがマシかと言われれば冒険者ギルドの方だろう。


「今のは危ない発言ですね。……連合国は数年に1度は大規模な討伐体を中央大陸に送ってますし、結構な戦果も上がっていると思いますけど?」


「あれは魔王側あっちがわから財を回収するのが目的であって、魔王討伐を目指してるのは建前ですよ。むしろ国としては魔王は居てもらわなきゃ困る」


「どういうことです?」


「理由は複数ありますよ?聞きたいです?」


「俺は聞きたかねぇ」


「僕は聞いてみたいですね。酒場での与太話でしょう?」


「俺は素面ですけどね。……軽い理由は、魔王が人類共通の脅威だから、ですね」


この世界ではここ数百年、人間を始めとする人類が統治する国家間での戦争が発生していない。これは人類共通の敵である魔王に、皆で力を合わせて立ち向かう、と言う名目が大きい。

内輪揉めを互いに監視しあっているのもあるが、自然にポップする湧く魔物に対抗するために人に構っていられないという面のほうが強い。気を抜くと中から浸食されるのだ。外に兵力を割いている余裕などない。


「んで、もっとシンプルで根が深い話は、魔物が居なくなっちゃ困るからですよ」


この世界の神様が困ってしまった理由がここにある。


「んあ?どういうことだ?魔物が居なくなって困る……まぁ、確かに俺たちは困るがな」


「国は安心して開拓を行えるようになりますし、小さな農村が襲撃で滅びる、なんてこともなくなる。いいことだと思いますけどね」


「そうでもないですよ。魔物が居なくなるって事は、今流通しているドロップ品の供給が止まるって事です」


魔物のドロップは多岐にわたる。

人類からかすめ取られた通貨や農作物だけでなく、人が住めない土地に生息する貴重な薬草や木の実などの自然物。地下深くに埋もれた貴重な鉱石などの資源。野生動物や魔獣と呼ばれる生物から得られる素材など。


「それらは向こうから抜群に良い状態でやって来て、人に狩られることで人類に供給されています。そして魔物製の道具や……食料もね」


魔物のドロップ品の中には、質の良い肉屋や魚介類、果実、物によっては加工食品まで存在する。


「秋魔の森から湧き出す魔物の数とそのドロップ、それを1次職の冒険者が自力で集めようとしたらどれだけかかります?魔物として向こうからやって来てくれる方が断然楽でしょう?」


人間が集めていると収穫時期を逃すものも多いだろう。

魔物はうまく調整して自然物が絶滅しないギリギリの上前を撥ねて、それを戦力に変えている。


「中央大陸や、それ以外でも魔物の勢力域の中には、魔物たちの生産拠点ってのが確認されています。あいつら自分では飯を食わないけど、仲間を増やすために農耕だの牧畜だのするんですよ。そうやって人類にとって価値のあるモノを生産して、こっちに供給してる」


食料だけじゃなく武器や防具、貴重なマジックアイテムなどにも魔物製の物は多いが、やはり一番の問題は食料だろうな。魔物産の食料は安価なものから高級なものまで多種多様だ。

魔物は魔物でいる間、核となったアイテムの価値の減衰がほぼ無い。収納空間インベントリに放り込んだ状態と同じで、新鮮な食料はずっと新鮮なまま。つまりほとんど流通しないはずのものが、魔物によって供給されている。


「魔物は魔王が今世界に掛けた“金の呪い”によって生まれています。もし、魔王が倒されてこの呪いが解け、この世界から魔物が居なくなったら……」


「……世界は大混乱に陥るでしょうね。人類側の生産性が上昇する前に多数の餓死者が出て暴動が起こることは想像に難くありません」


「そういう事です」


魔王が生まれた直後ならまだよかったんだろう。

すでに魔王はこの社会の構造に取り込まれてしまっていて、外すことのできない重要な歯車だ。

だからこの1000年、神があれこれ整備して魔王に対抗できる祝福を振りまいても、一向に討伐がなされなかった。


俺が失敗した場合の次の一手をVRMMOとか言っていたのも、きっとこの辺が関係しているのであろう。

食料を必要としないアバターか何か作って大量にゲーマーを送り込めば、ハクスラの要領で大量に魔物を狩ってくれるだろう。それこそ絶滅するまでさ。


「クソ見てぇな話だな。確かにギルドも冒険者の生活を守るって名目で、圧倒的に格下を乱獲するのは推奨してねぇ。まぁ、稼ぎも経験値もうまくないからやらないが……魔物が減りすぎるのを避けてるっちゃその通りだ。だが、腑に落ちねぇことがある」


「なんです?」


「お前の話が正しけりゃ、なんでお前は魔王を倒すとか言ってんだよ。バカなの?」


「失敬な」


そりゃ今の状況で魔王が倒されて魔物が消えりゃ、人類文明は壊滅的な影響を受けるだろうさ。それは神様が言うところの、魔王を倒さないで起こるであろう滅亡とどっちがマシかと言えば、当事者にとっては大差ないだろう。


「魔王を倒したからって呪いが解けるとは限りませんよ。実際、呪術系のスキルは術者の生死に影響を受けない。それは付与魔術師エンチャンター錬金術師アルケミストのスキルも同じじゃないですか」


この世界が瀕している危機がどんなものなのか、実際のところ聞いていない。

魔王が強大な力を蓄えていて、その内人類に進行してくる?まぁ、問題っちゃ問題だが、魔王側も簡単に人類を滅ぼすわけにゃいけない。


もしこの世界に人類が居なくなったら“価値のあるモノ”が無くなってしまうからな。


この世界で1000年、魔物に人類が対抗できた理由は多分これが一番大きい。

使うものが居ない金、使えるものが居ない武器、そう言ったモノの価値は無くなるから、結局それは魔物の弱体化につながる。


そんな状態だからおそらく、魔王側と人間側の全面戦争が危機ってわけじゃないだろう。どっちが勝つか知らんが、後100年200年じゃケリはつかないだろう。それを待つ気はさらさらないが。

俺が言われたのは魔王を倒せって事だけだし、人類だの魔物だのがどうなろうかはどうでもいい話。


「確証が無いなら組織は安全策を取ると思いますよ」


「まぁ、そうなんですけどね。ただ、1つだけ確実なことが有ります」


「なんだ?」


「さっき話したでしょ、今の人類にとって魔物は必要だと。魔王を倒してもし呪いが解けるとすると……一番価値のあるモノは魔王って事に成ります。あっという間に人類滅亡でしょうね」


「「……なるほど」」


もっとも、魔物が人類にとって必要だって事実を知っている人間は割と限られているから、まだそこまででも無いのかも知れないけどさ。


「そんなわけでどうです?魔王討伐に興味があったりしませんかね?」


「ねぇよ」


「ないですね」


「ないかー。……もしかしたらもっとパパっとレベルを上げる方法とか思いつくかもしれませんよ?」


「……そっちにゃ興味があるが、経験だけならこれでも一応中堅なんでな。この間まで魔物と戦うのが怖いとか言ってたやつの世話にばかりなってるわけにもいかん。身の丈に合った仕事をするさ」


「顔に似合わない堅実な返答ですね」


「……ほっとけ」


「僕はワタルさんが作ってるアイテムに興味がありますね。商家や商人ギルドには卸さないんですか?何をするにしてもお金は必要でしょう。ギルドより高く扱ってくれるところもあると思いますけどね」


「高くちゃ意味無いんだよ。封魔弾も、属性矢もギルドと専売契約を結んでるし、当分商人ギルドの世話になるつもりは無いな」


冒険者ギルドとは、こちらとの取り決め価格より高く売らない事、商人などに横流しをしない事、模倣するものが出てきたら品質に応じて買い取ること、その契約に俺と同じ条件を付ける事、などを契約として結んでいる。

ギルドの契約は割と強力で、呪術的な縛りがあり、違反があった時にそれを調査する別機関――職業も存在する。


「まぁ、興味があったら言ってください。みんなが得しそうな儲け話でも良いですけどね。俺は食い終わったんで上がりますよ」


「早えな。ほんとに呑まねぇのな」


「ええ。この後、腹ごなしにトレーニングがあるので」


「……その姿勢は僕も見習うべきなんでしょうね」


「明日も予定通りの時間に。それじゃあ、お疲れ様です」


酒の追加注文を入れる二人をわき目に、食堂を出る。

その後、休憩がてら封魔弾の補給をし、広場を借りていつも通りのトレーニングメニューを一通りこなしてから眠りについた。


……清潔クリーンで体の汚れは落としたけど、やっぱり風呂に入りたいなぁ。

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