第39話 祝杯に与太話を添えてみた
「……かぁぁぁぁ~……働いた後の酒はうめえなぁ!」
蟻の巣穴でゴブリン・ウィザードを撃破した俺たちは、ファロー村に戻ると村に1軒しかない宿兼酒場で祝杯を挙げた。
すでに洞窟での一軒は村にも報告済みで、明日の朝までにはギルドにも伝わる。
外周遠征調査も残り二日。だがその半ばで襲撃事件の主犯と思しき魔物を撃破できたのは大きな功績になるだろう。
「……って言っても、羽目を外しすぎるのはどうかと思いますけどね」
グローブさんは冷やしたエールを一気に流し込んでお代わりを注文する。
「なに、飲んでもお前さんが癒せるだろ」
「……なに回復魔術当てにして飲む気でいるんですか」
確かに二日酔いくらいなら魔術で治せるけれど、やらないでいいならそのほうが良い。多分。
回復魔術の長期的影響とかは集合知にも情報が無い。副作用が不明なので、他人に掛けるのも自分に掛けるのも最小限にした方が無難だろう。
「まぁ、冗談はさておき、大物倒した時ぐらい浮かれても良いと思うんだがね。ワタルは飲まんのか」
「飲まないと言おうか、飲めないと言おうか。まあ、俺は茶で十分です」
「私もエールの味は分からないですけどね。ワインはいかがです?甘めで飲みやすいですよ」
エトさんは赤ワインを飲んでいる。森で取れた果物を混ぜ、魔術で作った氷を浮かべてあるから、サングリアと呼ばれるタイプの物だろう。
どちらもこの村では高級品で、1杯当りの値段が1食分くらいになる。パカパカ空けられるのはその日の稼ぎが良かった冒険者くらいだろう。
それでも物流が多少安定しており、水系の詠唱魔術による冷蔵や製氷が可能なおかげで、国はずれの村でもそれなりのものが手に入る。
それは食事だったり日用品だったりも同じで、文明人としてはありがたい限りだ。
「どっちにせよ飲みませんよ。飲まずに済むならその方が安上がりです」
金を使うなら装備や消耗品のアイテムにした方がいくらかましだ。
運ばれてきた料理にフォークを刺す。
川魚のムニエル。根菜のピクルス。葉野菜とベーコンの煮込み。少し硬めのミッシュブロート。中世に毛の生えた文化レベルの村であることを思うと、十分に豊かな食事だろう。
それでも俺は白米が食いたい。
「アース式治療術だっけか? それに封魔弾の卸し。ぶっちゃけ、どっちか片方でも人生生きていくだけなら十分な稼ぎだろうに」
「そういえば、ワタルさんってあの竜殺しの賢者の弟子でもあるんですよね。やっぱり師匠が目標ですか?」
「んにゃ、別に違うけど?」
「いっぺん聞いてみたかったんだけどよ。お前は何がしたいんだ?」
「グローブさん、もう酔ってます?」
「酔ってねーよ。俺にゃ索敵系前衛職の才能しか無くて
「……そうですね。私は商家の生まれですけど、四男坊で家の仕事を手伝っても大成は見込めませんでしたから。それなら才能の有った魔術師になって一旗上げようかと」
「だろ。冒険者やってるやつは才能があってそれが一番稼げる奴だ。確かに冒険者家業は動く金の量は多いし、誰かに使われる立場に比べりゃ上に行きやすいさ。何せ、魔物を倒せばレベルが上がる」
一般職の人がレベルを上げるのは本業と関係の無い魔物の討伐をしなけりゃならないからな。
もともとこの世界の職業システムは魔王に対抗するために神が授けたものだから、戦う人寄りになっているのは仕方ない。
「だけどワタル。お前さんは違う感じがする。ステータスが飛びぬけてるっぽいし、戦闘能力が高いのは間違いない。だけど、金を稼ぐならもっとうまい方法があるだろう?それをせずに一冒険者をやってるってのが腑に落ちねぇ」
「……そうですね。ワタルさん、私も回復魔術にしろエンチャントにしろ、少し考えればもっとお金になると思いますよ。ちょっと秘匿するだけでいい。それが思いつかないとは思えません。少なくともこの数日話していてそう感じました」
「だろ?お前が何をしたいのか、そこんところちょっと興味があるわな」
……何をしたいのか、ねぇ。
「いや、ちょっと魔王を倒さなきゃいけないんで」
そう言うと二人は目を点にして、『何言ってんだこいつ』と言いたげな表情で顔を見合わせた。
「あ、信じてませんね?」
「……いやいや、面白いジョークだとは思うけどな。するってぇとアレか?お前もあれか?世界一強い力を目指して中央大陸に乗り込んでいく無鉄砲野郎共と同じって事か?」
「グローブさん、上位冒険者をそんな風に言うのはどうかと思いますよ。僕も否定しないですけど」
冒険者の中でも魔王討伐に対する考え方にはだいぶ隔たりがある。
「別に世界最強になりたいわけじゃないですよ。冒険者の中でも、
この世界の冒険者には2種類の人種がいると思っていい。
一つは、魔物を倒して“価値あるモノ”を得て生計を立てる狩人。いわゆる一般の冒険者だ。
もう一つは、魔物を倒してレベルを上げ、この強さの極限を目指すもの。上級冒険者に多い。
この世界の役割的に言うと、2次職を修めるところまで行けば中規模都市でそれなりの役職に就くことができる。わざわざ魔物の討伐に出なくても、安定した収入が得られるのだ。
ギルドの職員や領主付きの騎士団顧問などがそれで、地球で言うと公務員に近いが給与レベルは2000万オーバー。生活するのには困らない以上の収入がある魅力的なポストだろう。
俺の知り合いの中だと、トレーナーもしていたラルフさんがこのあたり。
おそらく3次職でもいい所まで行っているであろうバノッサさんあたりだと、国付きの宮廷魔術師として5000万から1憶くらいの収入が見込めるはず。
こっちは大型モンスターの討伐なども行うため、その分の危険手当も乗っている形だ。
この人たちは雇われという事もあって、収入以上に待遇が良い。
通常の冒険者は装備や消耗品の回復アイテム、旅をする為の日用品などを自分で準備しなければならず、また魔物の分布によってたびたび拠点を変えるため定住がしづらい。
やとわれならその辺りはほぼ雇い主に任せることができて、かつ魔物が減ったからと言って首になることもない。
もし討伐に出た場合、ドロップ品の取り分は契約にもよるが、経験値は分配などなくほぼ総取り。契約が気に入らなければほかに行くのも容易い。
つまり、安定して生きるなら“それくらい”を目指せばいい。現実的なのは2次職を極めて街仕えってところだろう。
それに当てはまらないのが、強くなることを目指す人たち。いわゆるバトルマニアな冒険者たちだ。
彼らはとにかくレベルを上げて強くなることを目標としている。この世界の成長システムにどっぷりはまってしまったジャンキーだと思えばいい。
たまに過剰な富と名声を求めて上のランクに行く冒険者もいなくは無いが、3次職後半から最上位職である4次職に到達しているのは大体この人たちだ。
魔法王国ニンサルの大賢者のように、ある程度の年齢に達すると流石に国仕えに落ち着くものもいるので世捨て人と言うわけではないが、ほんとに上位者はどこにいるか分からない人も多い。
「俺が強くなることは手段であって目的じゃないですよ。“魔王に挑む”じゃなくて“魔王を倒す”が目的ですから。これだってその手段の一つですよ」
「封魔弾がか?確かに強いっちゃ強いが、それで魔王を倒すのは無理だろ」
「別に封魔弾で直接倒そうとは思っちゃいないですよ」
魔術の込められた鉄球を指ではじくと、コロコロ転がってエトさんの前にたどり着く。
「
「んにゃ、付与は詠唱魔術だな」
そう言うとエトさんは驚いた顔でグローブさんの方を向く。
「そういや、ワタルが詠唱以外で魔術を使っているのって見ねぇな。強化も詠唱だし」
「
現状、純粋な攻撃魔術でスキルとして使えるのは
「この封魔弾は今でこそ職業の隙間をついていますが、ネタが割れれば量産されるでしょう。
作りからたは秘匿していることに成っているが、そんなものは無いようなものだ。
ギルドや国が各職業やスキルの情報を公開しているし、発動条件と特性から当りをつけて真似するものも出てくるだろう。
「そうすれば、こいつの価値は下がります。グローブさんの見立てでは今は1発1000Gでしたっけ?すぐに矢や弾より少し高いくらいの値段まで下がると思いますよ」
「それはお前にとっちゃ嬉しくない話だろう?」
「そうでもないですよ。封魔弾が手広く使われるようになれば、冒険者のレベルは全体的に向上します。2次職に行くのが五人に一人、とかだったのが二人に一人になれば、魔王側からの財の回収は急速に進むでしょう。それに1000G級モンスターの討伐が余裕と成れば、今までその素材となっていた物が簡単に手に入るようになるわけですから、全体の価値が下がります。つまり魔物は弱体化する」
話はそこまで単純ではないが、冒険者全体が強くなることは確実に魔王側の戦力を削ることに成る。
「……考え方が冒険者のソレじゃないですね。どちらかと言うと商人に近い」
「怖ぇことかんがえんな。……絵空事じゃなく、マジで魔王を倒そうってか?なんでまた?いや、確かに国も冒険者ギルドも魔王討伐を掲げちゃいるけどよ」
「そんなの決まってるじゃないですか」
俺は地球へ帰りたいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます