第37話 蟻の巣穴に潜ってみた

「ありがとう。またお願いするよ」


洞窟の入り口を確認して、精霊たちを送還した。


「そいつらに中も探索をさせられねぇのか?」


「小精霊は戦闘能力を持ちませんし、動きも遅いです。魔物が居たらひとたまりもありません」


身体は俺の魔力で作ったものだから攻撃を受けても死にはしないが、強制送還になる上、そのダメージは俺のMPに来る。直接視界を共有できたりするわけじゃないし、メリットよりデメリットの方が大きい。

何より気分的に嫌だ。


「んじゃ、潜ってみますか。松明トーチ


グローブさんが明かりを放り込むと、洞窟の中が照らされる。明かりの広がり方から言って、奥はそれなりに広がってそうだ。

入り口の角度は3~40度はありそう。結構急だな。


「ワタル、行けるか?」


「俺が先頭ですか?」


「ああ、タグは付けてるな。場合によっちゃ即帰還する」


「……了解です」


こういう探索はグローブさんが得意分野だけど、万が一の時には帰還アイテムを使わなきゃならないか。


聖闘衣セイクリッド・クロス


防御魔術を発動させてから、穴の中へと進む。

入り口は人一人通るのがやっとと言うところだが、中に入ると予想通りそれなりの広さがあった。

魔物は居ないし、罠が発動する気配もない。


「……とりあえず大丈夫そうですよ」


「わかった。すぐ行く」


グローブさん、エトさんの順番で降りてくる。エトさんのサーチでは、まだ近くに魔物は居ないらしい。


「入り口は後から掘ったんだろうけど、中はやっぱりアリの巣だな。壁に特徴がある。つぶし切れてなかったか」


蟻は掘った穴を体液で固めるんだっけ。

確かに、単に土を掘り返したとは思えない質感だな。


「よし、行こう」


松明トーチを短剣に灯したグローブさんを先頭に、穴を奥へと進む。ところどころ広くなっているのは、巣の名残だろうか。


「……ここの壁は後から穴をあけてんな」


「わかるんですか?」


「触ればな。エト、敵の様子は?」


「1体はさっきと変わらず。もう一体は……ちょっと遠ざかる方に動いてますね。動きは鈍いです。モグラですかね?」


「モグラがアリの巣を見つけて利用してるって可能性もあるにゃあるが、今の状況じゃ分からん。魔力は大丈夫か?」


「少し減ってきました。日中楽させてもらっていたんで、まだ持ちま……敵です。増えました」


どうやらサーチに魔物が引っかかったらしい。


「おっと、当りか。数は?」


「3……いえ5です。深い階層ですが、こっちに向かってきている気がします。動きの速さから、モグラじゃないですね。反応は100G以下くらいです」


「こっちには気づいてないな?」


「おそらくは」


「ならこのまま進もう。エトはサーチを継続。魔物は俺とワタルで捌く。いいか?」


「わかりました」


「俺は大丈夫ですよ」


洞窟の中は螺旋状になっており、時々広くなった部屋を挟みながら地下深くへと潜っていく。ところどころ、壁にスキルで作られた明かりが設置されているところを見ると、使われているのだろうな。

元のアリの巣を再利用した通路も伸びていて、分岐や横穴も存在するが使われている気配がない。蟻の食料庫か育児部屋であったであろう小部屋が全く使われていないのは気になるな。どういう事だろう。


「高さはほぼそろいます。後200メートルもないです」


「この部屋で待ち伏せるぞ」


通路の通り道となっている広間。もともとは一つの部屋だったのだろう。直径20メートルほどの空間には支柱が立っている。戦うには十分な広さだ。

奥には元々あったであろうアリの巣の通路も見える。そっちは崩れて埋もれているらしい。この部屋がつぶれなかったのは、魔術でふたをした際の手抜きが原因だな。


「部屋の中央まで引き付けてから一気に仕留める」


グローブさんの声にうなづいて、柱の陰に身を隠す。


「……魔術師の目ウィザード・アイ


掛けた物体を起点として視界を確保する魔術を柱に発動させる。

監視カメラみたいなもので、これで背を向けていても出てくる魔物が目でとらえられる。


「……ゲ……ギィギャ。ジャ……ビャウ」


それからほどなく、こちらに気づいていないらしき魔物の一団が洞窟の奥から顔を出した。

ゴブリンだ。革の腰巻を身に着け、手には短剣。松明を持っているのは1匹だけ。……ウォーリアでもソルジャーでもないな。武器持ちだが単なるゴブリンか。


『やるぞ』


グローブさんからの囁きウィスパーにうなづく。


『3、2、1、GO!』


合図とともに飛び出すと雷槍サンダー・ランスを仕込んだ封魔弾を放つ。距離は10メートル弱。指弾で飛ばすには遠い距離だが、STR100を超えた俺ならば余裕で届く。


「ギャ!?」「グェ!!」


グローブさんが放ったスリングと合わせて、一瞬で2体のゴブリンがドロップへと変わる。


「ギャヴギャヴ!」


次を放つ前にゴブリンたちが散開して向かってくる。こちらには2体。

多少頭があるようだが、問題ない。距離を詰めてくれる方がありがたい。

「ゲギャ!」


ゴブリンが剣の間合いに入るまでにおよそ2秒。その間にグローブさんに向かった一匹がドロップに変わった。

そして先頭のゴブリンが間合いに入った瞬間、片手で横凪に剣を振りぬく。


「ゲ?」


頭部を輪切りにされて、一瞬の間をおいてゴブリンが消えた。残り1。


収納空間インベントリ


振り切った剣を即座に収納。

腕をたたみ、足を踏み込むと同時に再度取り出して突きを放つ。


『ゲギャ!?』


一瞬ブレた切っ先は、しかしゴブリンの胸を貫いてその身を銅貨へと変えさせた。

……ふぅ。終わったか?


辺りを見回すが、目に入るのは煌めく硬貨やドロップ品だけで、モンスターの気配はしない。


「恐ろしく速いですね。……お疲れ様です。向かってきていたのは居なくなりました」


「ああ、お疲れさま。余裕でしたね」


「見るに30Gくらいだからなぁ。それにしても……ワタル、お前キモイな」


「ひどくないすか!?」


何を突然言い出すんだこの人は。


「いや、一瞬過ぎて何がどうなったか分からなかったが、明らかに一次職の動きじゃなかったぞ。薙ぎから突きの動きが見えなかった」


「僕も見てましたけど、何が起こったのかわかりませんでしたよ」


「……ああ、なるほど」


収納空間インベントリを使った剣技が変な動きに見えたのか。

剣を振り、ヒットすると同時に収納空間インベントリに収納するとフリーハンドで態勢を整えられる。STRが上がっても腕力で慣性をねじ伏せるよりずっと楽で速い。

収納空間インベントリの習得方法が知られていないので実践するものは少ないが、これを使った剣技は誰でも一度は思いつく物だろう。


しかし、どうも収納空間インベントリは収納したときの運動エネルギーを保持する性質があるらしい。

向きは変えられるのだけれど、どうしても多少動きがブレる。

剣技の達人クラスになると、それだけでかわされそうなんだよな。魔王がそのタイプじゃないことを祈るぜ。


「とりあえず俺については後で。ほかに敵は?」


「変わっていません。1匹が下の方に居て、もう一匹がちょうど境界を出たり入ったり……くっ!?」


話していたエトが、突然頭を押さえてふらつく。


「どうした!?」


「……妨害ジャミングです。サーチを潰されました」


どうやら敵が侵入に気づいたらしい。今のゴブリンの撃破が引き金か、それとも魔力探信マナ・サーチが原因か?

どっちにしろ、こりゃ数百Gクラスの魔物が居るようだ。


「どうします?」


「……進めるだけ進もう。無理なら帰還の宝珠を使う。こいつらの頭からすると罠は無いだろうから、こっからは駆け足だ」


「了解」


「わかりました」


松明片手に奥へと走り出したグローブさんに続いて、俺は通路へと身を躍らせた。

この世界に来て2か月弱。いよいよボス戦か?楽に経験値がたくさんもらえるタイプだと良いけどな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る