第36話 小さきモノの力を借りた

「……ひぃ……ふぅ……さすがに……きつい……」


村を出てから30分後。

戦闘を全回避し、延々山道を全力で走り続けて3時間の道のりを走破していた。人一人担いでだよ。どんな苦行だ。


「……ふぅ。言うほどでもないだろ。索敵もしながらだから9割くらいの速度だぜ」


「いや、やっぱ一人背負うときついです。精神的に」


確かに速度はもうちょっと出せる。伊達にSTRやAGIが100を超えてない。常人の10倍だ。

だけどねぇ……男に抱き着かれても何も嬉しくないし、やっぱり走りづらいは走りづらいのだ。


「……気持ち悪い」


背負われていた方は方で酔ったらしい。さすがに戻しちゃいないがだいぶきつそうだ。


「それで、ここがアリの巣の跡地でしたっけ?」


木々が鬱蒼と茂る山間のくぼ地。

かつて軍隊蟻アーミーアントと呼ばれる蟻の魔物が巣を作っていた場所だ。


「ああ、目印も聞いた通り。そこのくぼ地が巣の入り口だった。魔術で崩落させたからもう入り口は無いけどな」


軍隊蟻アーミーアントは体高1メートルを切るぐらいの蟻の魔物だ。数百から数千で群れをつくる群棲と言う特性を持つ。この特性は核となる女王蟻が“価値あるモノ”をコアに発生し、その分身である兵隊蟻をコア無しで無限に発生させると言うもので、非常に危険な特性である。


兵隊蟻の一匹一匹は数Gから数十Gの能力しか持たないが、とにかく女王を倒すまで無限に湧き出てくるのだ。そして兵隊蟻を野放しにすると周囲の自然物から“価値あるモノ”を収集しさらに力を増す。


そして非常に危険だがあまりうまみは無い。

兵隊蟻はコアが無いため、経験値になるがドロップは無い。女王蟻は基本サウザント級の魔物であるが、巣穴にこもって出てこないため、倒す労力に報酬が見合わないのだ。

まあ、そんな嫌がられるタイプの魔物だったから、ギルドが主導で駆逐した記録がしっかり残ってたのだけれど。


「それでどうします?」


「どうもこうも、軽く調べて問題がなきゃ戻るさ」


「ずいぶん行き当たりばったりですね」


「もともとそう問題は無いと踏んで、安全のための確認だからな。奪われた薪は量はそれなりだが、生み出される魔物は弱い部類だしな」


奪われた燃料となる薪。需要はあるし保存も効くから2か月分だと全体では相当な価値になるが、魔物にするとなると話が違ってくる。

普通、2か月分もの大量の薪は重さ的にも体積的にも運ぶことは出来ない。だから2か月分を1匹の魔物にしようとしても、大半は“価値の無い物”になってしまって大した魔物は生まれない。

コアとなるのは精々2~3束。数は多いが、生まれたばかりなら十数Gクラスの魔物が良い所だろう。


「それより、今回の件を計画した奴がいるなら、そっちの方が厄介だな。凪の平原の新人襲撃と、各村の襲撃を同時にしたとなると、それなりに頭が切れる。……まあ切れると言っても、あちらさんの戦果考えると“無いよりまし”レベルだろうけどな」


「油断してると痛い目見ますよ」


「ちげえねぇ。……さて、エト、落ち着いたか?」


「……まだグルグルしてますけど多少は」


さっきよりはだいぶマシなよう。


「俺の索敵は平面だ。地下の穴の中にいる魔物までは見つけられない。今のところ索敵にそれらしいのは居ないから、あとはそっちで調べてみてくれ」


魔力探信マナ・サーチですね。やってみます」


魔力探信マナ・サーチは遮蔽物に影響を受けないし、範囲はINT×1メートルくらいある。地上からなら気づかれてもすぐに襲われることは無いし、地中のを探るにはうってつけだ。


魔力探信マナ・サーチなら俺も使えますよ」


「お前のが遠く深くまで探れるなら考えなくもないけどな。餅は餅屋に任せておけ」


……一般的な魔術師のINTなら俺のほうが範囲が広い気がするけど、まあいいか。


「……20メートル以上地下に反応がありますね。2つ、大して強くありません。地中にこもるタイプでしょうか」


「ワームかモグラの可能性もあるな」


「どちらにせよ、魔力探信マナ・サーチだと地形の把握ができないからアリの巣が活きているか分かりませんね」


1次職のスキルで遮蔽物を無視した3次元マップみたいなのを作れるスキルは無いから、こればかりはどうしようもないな。


「魔物が居ないなら、手を増やしましょう」


森の中じゃ鷹の目ホークアイも意味がない。だけど、こういう時に使える魔術を覚えさせられている。


「万物に宿る命の欠片よ。契約に基づいて、仮初の体に宿りて我が手足となれ。小精霊召喚サモン・リトル


詠唱にこたえて、小さな精霊が目の前に現れる。

豆電球ぐらいの、太陽の下で見たら気づくのも難しい小さな光体。それにひし形に近く葉っぱのように葉脈のある透明な羽の生えもの。

いたる所に存在する小さな命の欠片、小精霊リトル・スピリッツだ。


「……ワタルさん、召喚魔術も使えたんですね」


「バノッサさんにあらかた教えられた。初級ばかりで大したことは出来ないけど、ジャンルだけなら使えないのは死霊と東方系くらいだよ」


小精霊は簡単な命令をこなし、俺の目や耳の代わりをしてくれる。小さな子供位の知能もある。

戦闘能力は無いものの、こういう場合には助けになる存在だ。


「魔力が届く範囲で、地面に俺たちが通れるくらいの洞窟が無いか探しておくれ。あとは魔力の流れがおかしい所もあったらお願い」


精霊は円を描いて飛ぶと、森の奥へと飛んで行った。


「後3体出します。そしたら俺たちもこの周辺を探しましょう」


小精霊リトル・スピリッツは特定の個体が居るわけじゃなく、世界に遍在する精霊にかりそめの体を与えて力を貸してもらう魔術だ。他の多くの召喚術と違って、一度に何体も使役することができる。

……ただ、俺は多重詠唱マルチキャストが使えないから、呼び出すのにいちいち詠唱をしなきゃいけないのが極めてめんどくさいしかっこ悪い。


「……ワタルさん、どれだけ魔力があるんですか?」


「トップシークレットだよ」


小精霊召喚は1体当たりのMPが10。召喚してる間、2分でMPが1減少する。4体呼び出すと40消費して30秒ごとにMP1減少。当然自然回復は無し。

まあ、1次職にはきつい消費だな。


MP消費低減と500に届きつつある総MPのおかげで大した問題にはならない。

……そもそも、こんなにMPが伸びても使う当てがないんだよな。初級魔術の範疇だと、1回の魔術行使でそんな大量にMPを消費しない。


4体の精霊を放出し終えて、あとは辺りを探索しながら応答を待つばかりだ。


「地下の方、動きはありました?」


「移動しては居ますが、ゆっくりですね。地中の魔物の可能性が高いです」


「なら、少し動くか。地上で索敵に引っかかってる魔物は居ないが、注意しろよ」


「了解」


遊撃手レンジャーの索敵スキルは確か受動型パッシブで、平面だけだが代わりに範囲が広い。グローブさんのステータスを考えると、半径300メートルくらいの範囲には魔物が居ないことに成る。


……あれ?……少ない?


まだ残っている下草やつたを切り裂いて道を整備しながら辺りを探索する。

魔物が寄って来る気配はない。精霊たちも遭遇していない。


「少ないの、気になりません?」


「なるな。俺の索敵範囲だと数Gまでの魔物は常に引っかかるのが普通だ」


こりゃ予想外に何かあるかも……。

そう思ったとき、小さな精霊の声が届いた。


「……見つけちゃいました」


くぼ地から少し離れた草むらの中。

そこでは人一人がすっぽり収まるような洞窟が口を開けていた。

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