第35話 外周遠征調査!二日目

野営の時間も含めて、調査の進捗は至って順調だった。

魔物の数が例年より少な目ではあるものの異常と言うほどではなく、共食いが発生しているわけでもない。

散発的に遭遇する魔物は自然物から発生した低レベルばかりで、二日目の昼を迎えるころにはその日の三分の二以上の工程を進んでいた。


「45……46……47……」


小さく開けた森の中とはいえ、長めの休憩が取れるのはありがたい。エンチャントアイテムの作成はもとより、日課のトレーニングを行う時間が取れる。

謎の異能のおかげでさぼっても衰えることは無いだろうけど、こういうのはやっておくに越したことはない。


「……それ、意味あるんですか?」


切り株に腰を下ろして本を読んでいたエトさんが、眉間にしわを寄せて聞いてきた。


「ワタルさんのSTRなら、もっとアクロバティックな感じのトレーニングが必要じゃないかと思いますけど」


「ああ、なるほど」


今俺がやっているのはごく普通の腕立て伏せ。

もちろん、片手両足上げた状態での曲芸みたいなのも可能ではあるが、今一やった感が無いのでトレーニングは普通の物を行っている。と、言うのも……。


「STRを使わないでやる筋トレはそれなりに意味がありそうだからね」


魔力感知がスキルとして獲得されてから気づいたことなのだけれど、この世界ではSTR分の力を発揮する際に暗に魔力が利用されている。

まあ、当たり前と言えば当たり前の話。STRが上がったからと言って単純に筋力が増えているわけではない。筋力じゃ普通の人の10倍の力は出せないし、そもそもムキムキマッチョになっちゃいない。


STRとかステータスに反映されている値は、どうやら無意識下で魔力を操作して発揮できる力って事らしい。

そうなってくると、アクロバティックなトレーニングをしたところで、それは筋力トレーニングじゃなく魔力のトレーニングになる。魔力のトレーニングなら、魔術を使ったほうがマシだ。


「ステータスを使わない……考えたこともありませんでした」


「魔術師なら魔力操作と魔力感知が使えるでしょう。その気があるなら試してみるといいですよ」


まだ腹筋とスクワットをやらなきゃいけないから。のんびり話しているつもりはない。

しばらく思案していたエトさんは、切り株に手を掛けると腕立て伏せを始めた。術師のSTRじゃ20に届いていないだろうけど、それでもレベルから言って13~14くらいはあるだろうから、普通の腕立て伏せなら余裕だろう。

はじめは魔力の操作がうまく行かなかったようだが、しばらく繰り返すと魔力が動く感じをつかんだのだろう、途端につらそうな表情になる。言われてすぐできるのはセンスがあるなぁ。


「……お前ら休憩の意味知ってるか?」


わざわざ毛皮のシートを出して地面に寝ころんでいたグローブさんはあきれ顔だ。


「実際、大して疲れちゃいませんよ。索敵は任せきりですし、気楽なもんです」


遊撃手レンジャーの索敵があれば、木々が生い茂った森の中でさえ不意打ちを受ける可能性はほぼ無いと言える。

そして出てくる魔物が低級となればピクニックみたいなものだ。最初のころは蠅と戦うのも緊張したが、今じゃ小さな虫の方と大して変わらない。慣れすぎるのはいけないんだけれどね。


「……これ……めちゃくちゃきついですね」


「だろうねぇ」


魔術士の例にもれず、エトさんも基本的に線が細い。

STRやVITが伸びる職業ほど普段の動きで素の筋肉も鍛えられるが、術師にはそう言うのが無いからな。

活かせるだけステータスが伸びないから鍛えず、鍛えないから筋力は落ちたままになる。

……もしこの世界から魔力が無くなったら、魔術士の中には歩けない奴が出たりしてな。


30分ほどで一通りのトレーニングを終える。

エトさんは腕立ては早々に投げ出して、魔力操作で体内の魔力をこねくり回している。人の体内の魔力流動なんて普通は感じ取れるレベルの動きじゃないのだろうが、これだけゴチャゴチャ動かされると流石に分かるな。

……いや、コレは動いている魔力を感じてるんじゃなくて、動かしている魔力を観測しているのか。そう考えるとなかなか奥が深い。


「終わったのか?まだ時間はあるがほんとに少し休むか?」


「いえ、俺は平気ですけど……休むなら素振りをしないと」


「それは休むって言わねえよ」


「……ぼ……私も大丈夫ですよ」


「んじゃ行くか」


荷物をまとめて収納空間インベントリに放り込んで再出発。

今日は村に泊まれるから野営の心配も必要ない。索敵に引っかかった魔物を倒しながらガンガン進む。


戦闘は主に俺とエトさんの役目だ。単独なら近づいて切ればいい。複数体が群れている場合は、エトさんが石弾ストーン・バレット多重詠唱マルチキャストで増やして一気に面制圧を行う。

……多重詠唱マルチキャストいいなぁ。俺が同じことしようとすると、エンチャントした鉄弾を両手でばらまくことに成る。そしてそれじゃ射程が足らん。


それから2時間ほどで予定の村までたどり着いた。だいぶ早い。


今日止まるのは山間で林業と山菜や薬草などの採取で生計を立てているファローと言う小さな村。

規模はサンワサとほとんど変わらないが、キルゾーンが無い分守りが手薄に見える。……まあ、あんなの作る余裕がどこの村にもあるわけではない。


「ようこそファロー村へ」


当然外周遠征調査の連絡は来ていたようで、村長さんが出迎えてくれた。

村長宅に通されそうになるが、グローブさんが待ったをかけた。さすがにまだ村について『お疲れさま』と言う時間じゃない。


「グローブだ。この隊……と言っても3人しかいないが、まとめている。魔物の襲撃は?」


「ご連絡の通り、数日前に。幸い人的な被害は出ておりませんが、卸す用の薪と農具などを略奪されまして……」


「被害はどのくらいですか?」


「薪が二月分、農具は……そう新しいものでもないので、数百Gと言ったところでしょうか」


結構多いな。薪はそれだけあれば数十Gクラスの魔物が100匹単位で沸く。


「襲撃はゴブリンですか?」


「ええ、それと鼠や犬と言った低級の魔物です。村に居た冒険者と村人で半数ほどは倒しましたが、その間に荒らされました。収支はマイナス、外壁や住居にもそれなりの被害が出ております」


……流出量が多いな。


「それにしては周りの魔物が増えている感じがしないな。この村にいる冒険者は?」


「もともと3名。それに話を聞いて昨日から2名が滞在中です。村の住人は狩人や槍兵の経験者もおります」


戦力的には結構いるな。

いくら狩場が近いとはいえ、人の少ない寒村じゃ儲けも多くない。常駐している冒険者が居るのは……ああ、山越えの魔物を狙ってか。


ここは俺が降臨させられたアンカー村と同じように、クロノス王国のはずれに位置する村だ。

山を越えると隣国だが、バノッサさんが乱獲したとはいえ国境は超えていないらしい。山を越えて魔物がこっちに流れてくると予想しての事だろう。


「ふむ……なら、再度の襲撃を気にするより調査を進めたほうが良いか。村長、この辺で魔物の拠点になりそうな洞窟や廃村などはあるか?」


「……以前、大蟻の魔物が巣を作ったことが有ります。駆逐された際、巣も魔法で埋められましたが、もしかするとつぶし切れていない穴があるやもしれません。ですがここから山間を3時間ほど歩くことに成りますよ」


遠いな。行軍マーチで進めるかも不明だし、行って帰ったら日が落ちそうだ。


「どうします?」


「ん~……全力で移動すれば、日が落ちる前に十分帰ってこれるな。サボってもいいんだが、村の周囲は滞在している冒険者の取り分もあるから、ちょいと足を延ばすのはアリだろ」


「本気ですか?」


そう言われたエトさんは困惑気味だ。


「えらく勤勉ですね」


「サボるのはサボって問題が起きないって分かってる時だけにしねぇと首が飛ぶ。エトはワタルが背負って走れ。それくらい余裕で行けるだろ」


「……本気ですか」


「ステータス的には余裕だろ。たぶん。見てねぇから何とも言えないけどな」


適当だなぁ。まあ、多分余裕なんだけどね。

それじゃもう一仕事と行きますか。

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