第33話 救助依頼は唐突に

ホールの扉をくぐると、すでにいくつかのパーティーは集まっているようだった。

ここはギルド管理する建物の中でも最も堅牢で大きなものの一つ。数十人が集まれる部屋がいくつもあり、有事の時には避難所や籠城用の拠点となる館だ。

今回はその館の一部屋が集合場所として指定されており、外周遠征調査を受けた冒険者たちがすでに集まり始めていた。


部屋には木製の長椅子が並べられていて机は無い。

正面端には演台が在り、その背後の大きな黒板――チョークを使うとは限らないが――にはアインス周辺とみられる地図が書かれている。


「おう、ずいぶんと装備が変わったじゃねぇか」


「グローブさん、お疲れ様です」


予定の時間より早いがすでに集まっていたらしい。

話を聞くとギルド側の職員は俺たちより一足早く集合だったそうだ。


「こっちが今回一緒に行動するエト。術師だ」


「始めまして、レベル19の付与魔術師エンチャンター、ワタルです」


「レベル25の魔術師ウィザード、エトです。付与魔術師エンチャンターですか?」


エトと名乗ったのは俺より一つか2つ下に見える茶髪で線の細い青年だった。見た目的にはまだ少年の域を出ていない雰囲気だが、1年か2年で25レベルまで上がっている事を思うと優秀な部類に入る。


「なにか?」


「グローブさんが遊撃手レンジャー、私が魔術師ウィザードです。そこに付与魔術師エンチャンターを入れて3人は、失礼ですがバランスが悪くないですか?」


「言わんとすることはわかるが、そいつはイレギュラーだぞ。ステータス的には前衛戦士職に近い……と言うか、多分上回ってる、よな?」


「無用なトラブルを避けるために非開示です」


すでにステータスすべてさらけ出したら王国の研究機関が動くレベルだ。

ギルド登録の時などにステータス開示をしてるし、転職の記録が残ってるからな。成長曲線が頭おかしいことが一発でバレる。


「竜殺しの英雄、紅蓮のバノッサの直弟子で、今流行りのアース式治療術、それからアース式封魔弾の開祖だって言えばわかるだろ」


そんなに名前売れてたっけ?


「アース式……確かに、封魔弾はエンチャント技術が使われているそうですが、それなら尚の事、術師なのでは?」


「俺の魔術、ほとんど詠唱魔術だから。あとでリンゴでも切ってみせるよ」


ここで押し問答していても仕方ない。

すぐに残りの冒険者たちも集まって、今回の調査に関する説明が始まった。


事前に話に聞いていた通り、アインスを中心にした半径20キロほどの範囲を手分けして探索することになる。ルートは普段は人が使わない山道や獣道。面積が広いから、参加するパーティも結構な数だ。


「それから、各パーティには帰還の宝珠1つと、それにリンクしたドッグタグを配布する。帰還の宝珠は破壊されたときにその周囲にいる【リンクしたドッグタグ】を特定の場所に転送するアイテムだ。このアイテムで帰還するには、直接肌に触れる状態でドッグタグを持っている必要がある。ペンダントにする、小手や靴に仕込むなどが多いが、使い方はそれぞれのスタイルに任せている。服の上からでは効果が無いから気を付けるように」


帰還の宝珠は錬金術で作られる空間魔術を応用したアイテムだな。見た目は直径10センチほどのガラス玉だ。

使い捨てでそれなりに製作費はかかるが、すごく貴重と言うわけでもない。ただ重要度は高いので、ギルドや国は安定した生活を担保に作れる錬金術師を囲って量産させている。

ギルド――今回の場合、本当の依頼人はアインス領主だろうけど――が調査依頼をする際には提供するのが恒例となっているようだ。


これの有無で危機的状況での生還率がえらく違うから、まあ妥当な判断なのだろう。

……付与魔術師エンチャンターも同じようなの作れないかな?空間魔術でのワープは術者のINTとMPに影響を受けるから、戻る先への距離をほぼ気にしなくていい帰還の宝珠ほど都合のいいものは難しいか。


「宝珠は同行するギルド職員に渡してある。使用の判断はPT内で誰が使うかを決めるといい。使おうが使わなかろうが、報酬に影響はない。ただ、金がかかるので使わないでくれるほうがありがたい。……が、重要な情報が入手できたなら、危険な状況でなくても使って構わない。1時間、30分が状況を分ける場合もある」


それなりの頻度で近隣の村が滅びているだけあって、ギルドの危機管理もざるではないな。

現在は比較的平和な初心者向けエリアになったとはいえ、以前は強力な魔物の支配地だっただけの事はある。


「それからルートの振り分けだが、今回はこちらで決めさせてもらっている。これから配布する帰還用のドッグタグにルート番号が印字してあるので、それで確認してくれ。ルート一覧にはどのルートに何人が回っているか、日ごとの予定野営地点が書かれている。ルートの案内は職員が行えるが、必ず自分たちで確認をしておくように」


予想していたよりもかなり手が込んでるな。

集合知の情報でも、クロノス王国内でここまでしっかり危機管理をしているところは珍しい。俺の知らない10数年の間に何かあったんだろうか。


「さて、それでは次に……」


差し棒を持った職員が、アインス周辺エリアの解説と注意点の話に入ろうとした時、扉が激しくノックされた。

それと合わせてギルドの職員らしき女性が飛び込んでくる。


「緊急か!?」


「凪の平原、8-2区画に魔物の集団が出現。100Gクラスの人型でおそらくゴブリン。初心者ノービスからの救援要請が出ています!」


室内がざわつく。

凪の平原はいまは高くて十数G程度の魔物しか出ないエリアだ。100Gクラスのゴブリンはここにいるパーティーなら危険無く戦えるだろうけれど、初心者ノービスでは命がけで引き分けすら厳しい相手。

しかも人型となると危険度はかなり高いと言っていい。


「グローブさん、救援、出ますか?」


「……そうだな。金にはならんかもしれんが、行ってもらえるか?」


「稼ぎは倒して回収しますよ」


すでに一部の冒険者は動き始めている。


「あ、私も行きます!」


「先行できる順でいい!ワタル、先に行ってくれ。俺はエトと後から追いかける」


「了解」


その場で行軍マーチを発動させると、動きの速かった斥候職たちに続いて集会場を飛び出した。


□凪の平原□


街から出るとすでに十数人の冒険者が動き出していた。

連絡を受けた8-2区画――北を0時として8時の方向の第2エリアの意――に向かうもの、その周辺に向かうものが多い。


本格的な斥候職は動きが早いな。1次職なら俺のほうがステータス高いはずなのに距離が縮まらない。

グローブさんも本気で動けばあれくらいの速度は出せるのだろうか。


8-2区画に入ると、人が集まっているのが見えた。小結界キャンプを貼っているらしい。


「被害状況を教えてください」


「けが人が二人で、敵は一旦は引いている」


近くにいた青年が教えてくれた。この人も装備から言って遊撃手レンジャー盗賊シーフだな。


「回復魔術が使えます」


「そりゃ助かる」


応急処置だけ受けて休んでいた初心者ノービスの少年二人に治癒ヒールを掛けてやると、すぐに落ち着いてくれた。


「すいません……使っていたダガーと木製クラブ、それに所持金120Gほどを持って行かれました」


「そっちの槍兵ランサー小結界キャンプを貼ってくれたおかげて本人たちは捕まらずに済んだ。魔物の方は、いったん引いたらしい。多分他の初心者ノービスを狙っているんだろう」


「数は?」


「俺が確認したのは3匹です。武器持ちだったので、追いかけるのは無理だと判断しました」


助けに入った槍兵ランサーの少年も、装備からしておそらく転職したてだろう。追いかけなくて正解だな。

しかし逃げた魔物を放置しておくと酷いことに成る。


強奪された木製クラブは多分数十Gだろうけど、ダガーはそれだけで数百Gの魔物に変わる。

所持金の方もすでに10G~50Gくらいの魔物に変わっている事だろう。

初心者ノービスの持っている装備や所持金でも、魔物に変われば厄介な相手が生まれるのだ。誰かが負けると一気に状況が悪くなる。これがこの世界の魔物の一番厄介なところと言っていい。


「……面倒だな。誘引しますか?」


価値の高いアイテムをこの辺にバラまけば、それにひかれて逃げたモンスターも集まってくるはずだ。


「……俺がこの場の指揮を取んのか?えっと、そっちの槍兵ランサーはレベル2、俺は盗賊シーフの35、そっちは……弓兵アーチャーの18?」


「俺は付与魔術師エンチャンターの19です。アース式封魔弾、結構ありますよ」


「近接が無理だろ。アース式封魔弾って、ギルドが売り出してるやつだっけか?優れモノって聞いてるが、4人でそれはちょっとリスクが高いから無理だな」


流石に俺が近接やりますとは言えんか。

初心者ノービス二人を槍兵ランサー弓兵アーチャーの二人が街まで送って、回復が使える俺と盗賊シーフの兄さんはそれぞれ周囲の探索につくことにした。


この周囲で救援要請ヘルプは出ていないけど、出ていないだけかもしれない。


「……鷹の目ホークアイ


探索系、空高くから周囲を見渡すことができる魔術を発動すると、辺りで動く魔物たちの様子が見える。

まだ草が茂っていて物陰も多いけど……これは藁人形だな。こっちは冒険者。こっちの二人組は……片方初心者ノービス、片方は術者かな?


鷹の目ホークアイ魔力探信マナ・サーチより広い範囲が見られるけど、注視しないと判別できないのがつらい。


しかし見える範囲にぱっと見倒れている人は居ないな。

救援を求めるまでもなく気絶していたら連れ去られている可能性があるのが問題なんだけど……100G級の魔物でも、人を担いだらそんなに早くは移動できない。


「……居た」


500メートルほど先に人型の魔物。鎧で身を固め、槍を持っている姿から安い魔物じゃなさそうだ。


「……囁きウィスパー。グローブさん、聞こえますか?」


『……おう、ワタルか。今どこだ?』


「最初に救援要請をしてきた初心者ノービスを救助して、街の西側に移動してます。槍持ちのゴブリンらしい影を見つけました。一匹です」


『流石に早いな。こっちはまだ街を出た所だ。ちらほらと目撃情報、討伐情報が入ってるが、トータルだと10匹以上がバラバラに散ったらしい。その一匹だろう。ソロか?』


「ええ、他の冒険者もいましたが数分前に分かれた所です。っと動き出したか。……逃げられる前にこっちから仕掛けます」


『武器持ちは危険だろ』


「魔術で遠距離から不意打ちを掛けた後、照明弾フレアを上げます。8-2を西に行ったエリアなんで、この時間でもわかると思います」


『了解。無理はすんなよ』


さて、ちゃっちゃっと片付けて経験値になってもらいますかね。

話している間にも、敵との距離は100メートルほどまで近づいてきている。鷹の目ホークアイで観察しているから、相手はまだこちらに気が付いていないはずだ。


「……魔力強化マナ・ブースト聖闘拳セイクリッド・フィスト


用心のために強化魔術を発動。過去の経験から、2~300Gクラスなら十分倒せる。ステータスだけなら500Gクラスだって相手をできるはずだけど、スキルが無いから試したくはないな。


「偉大なる炎の神の力もて、紅蓮の閃光にて敵を射る!火矢ファイア・アロー!」


50メートルまで近づいたところで鷹の目を解除し、遮蔽物から飛び出すと同時に火矢ファイア・アローを放つ。これで倒れてくれりゃ儲けもの!


赤く燃ゆる矢はゴブリンに向かって真っすぐ進んでいくが、当たると思ったその瞬間、盾に阻まれて爆ぜた。くそ、着弾前に気づかれた!


照明弾フレア!」


空に向かって照明弾を上げると、まるで花火のように尾を引いて昇っていき爆ぜる。空には赤い星が輝いた。


「これでよし。さて、合流前に倒せると手加減しなくていいんだけどなって!?」


とっさに盾を構えると、ゴブリンが投擲した槍がはじかれて消える。あぶねぇ!120センチくらいの身長で40メートル以上投げてきやがった。

間合いを詰めないとこりゃ不利か。


この世界において、多くの魔物の装備は魔物の一部である。

身体から離れた装備は魔物の意思で本体の手元に戻るし、いくら撃とうが壊れようが影響がない。武器持ちがやばいと言われるゆえんだ。


「向うも無駄撃ちを続けるつもりはないか」


盾で弾かれたのを見てこちらの防御を抜けないと踏んだのだろう。向かって走ってくる。好都合!


「天に轟く雷神の力を借りて、今!雷槍にて敵を穿つ!……雷槍サンダー・ランス!」


相手の間合いに入る直前で雷槍サンダー・ランスを発動。ゴブリンの体を盾ごと貫いて動きが止まる。


「ほい、お疲れ様でって!?」


ガギンッ!

回り込みながら切り付けた剣の切っ先は、相手の槍で受け止められた。マジかよ。


「げぎゃ!ぎぎゃっ!」


思った以上に強い!

突き出される槍を体をそらしてかわす。このっ!ガギンッ!今度は盾で!うおっと!?

横凪の一撃を盾で受ける。今の俺にとってはそれほどでもないが、こりゃ厄介だ。詠唱している余裕がない。


「げっぎゃぎゃ!」


連続で突き出される槍を身をひるがえして避けていると、ゴブリンが叫んだ。

その瞬間、槍の矛先が2つに増える。


「なんと!?」


ギリギリのところで盾でガードするが……危なかった。槍兵ランサーも使うスキル、二重突きか。2回突くんじゃなく、二か所同時に突く攻撃スキル。こいつ300Gじゃ利かないな。

だけど盾の防御を貫けるほどではない!


「このっ!」


そのまま押し込んで盾を叩きつけると、相手は簡単に吹き飛んだ。やっぱりステータスはこっちのほうが上だ。

収納空間インベントリに古びた魔法剣を放り込んで、代わりに封魔弾を取り出す。


「……封印解除レリーズ!こいつでどうだ!」


封魔弾に込められた魔術を開放し、指弾を放つ。それは狙い通りとはいかなかったが、ゴブリンの右肩をとらえた。そして当たればいい。


凍槍フリーズ・ランス

触れた瞬間魔術が発動して、相手の半身を氷漬けにした。これでもう身動きは取れない。そして動かない的ならステータスが優位な俺が負けるいわれも無い。


「それじゃあなっ!」


収納空間インベントリから取り出した剣を両手で振り下ろすと、ゴブリンは構えた盾ごと叩きつぶされてその身をドロップ品へと変えたのだった。

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