第32話 本格的にエンチャントを使ってみた
その日の午後と翌日は買い物に費やした。
予算は教会への治療法の伝授とギルドへの封魔弾の卸値、それにちまちまと魔物を倒して稼いだ3万8千G。
1G100円位と見積もっても380万円。
しかし冒険者の装備はどれも値が張るから、これだけあっても一流品を揃えるには届かない。そもそもこの街じゃ手に入らない物も多い。
「とりあえず、消耗品は一通りかな」
HPやMPを回復するポーション類。毒の種類に応じた毒消し。回復魔術はあるけれど、今のラインナップじゃ対処できない事態もあるから、備えておくに越したことはない。
それから野営に使う寝袋。
一応傘も買っておくか。
「装備の整備をして……」
古びた剣と盾、それから着ていた服などをすべて調整・修理に出す。魔術が絡まない物なら、スキル持ちの鍛冶屋や裁縫師があっという間に直してくれるから早い。まあ、それだけで5000Gほど飛んで行ったけど。
「それから
その素材が高価で、かつ
同じく素材を消費して
対して
例えば、今の俺が使用者のMPを消費して切ると
発動に必要なMPは誰が使っても変わらないものの、例えば俺が30レベル、40レベルになった時の
上級魔術師職がエンチャント装備を量産してくれればまた違うのだが、自分で使うには使い勝手が悪く、他人に使ってもらうには素材の価格もあって難易度が高い。
その上エンチャントできるのが術師が使える魔術だけとなれば、不人気になるのもうなづける。
「まあ、それはそれとして試してみるんだけどさ」
実践は大事。
ギルドの売店、街の鍛冶屋などを回って購入したのは金属製のプレート加工が施されたガントレットとグリーブ。それからチェインレギンス。フルフェイスマスクは視界が限定されて怖いので、鉢金付きのバンダナ。
それから予備として中級品の長剣と金属加工された盾。
剣は現在使っているものと同じく、バスタードソードと呼ばれる片手でも両手でも扱える幅広の剣。修理を終えてきた“古びた剣”がATK25に対して、新しい剣はATK32なので多少性能は上。ただ、魔術加工をしていないのであまり意味はない。
盾はヒーターシールドと呼ばれる逆三角形型の盾。革のベルトで腕に固定するタイプのものだ。現在使っているラウンドシールドは手に持つバックラータイプなので、ちょっとスタイルが違う。防御力が良かったのもあるけど、何よりカッコイイのが良い。
この買い物で2万5千ほど消費。残りのお金でエンチャントの素材を買って、ギルドに顔を出す。
「ワタルさん、また封魔弾、それから矢の方もオーダーが来ていますよ」
「……合わせて卸しますよ」
人使いが荒いな。
おためしで作ったエンチャント矢の方も出ていくようになったか。こりゃ真剣にどうにかしないと、そのうち缶詰にされそうだ。
□ギルドの作業室□
「さて、それじゃあ始めますか」
封魔弾の作成のためギルドから割り当てられた作業スペースにエンチャント用の道具を広げる。
まずはエンチャントシートと呼ばれる魔方陣の書かれた革のクロス。テーブルかけみたいなものだな。
これは前に市が立った時に買っておいた。あまり需要が無いおかげで、古道具屋で二束三文で売られていたりする。
それから裁縫道具に筆、鉢、油、魔術用の顔料、特殊な糸等。エンチャントする素材によって、使う素材が違ったりする。
「まずは……まあ、盾からかな」
材料を買えるだけ買って残り2000Gぐらいだから、途中で足りなくなって本命にエンチャント出来ないとか嫌だし。
「えっと、顔料を油で溶く。油の量を間違えると失敗するから気を付けないと」
使うのは
錬金術にも使われる素材で、それなりに流通しているのだが結構高い。剣、盾、ガントレットとグローブ用に買ったこの素材だけで3000Gくらい持って行かれている。
解いた顔料を使って、盾に塗装をするわけだが、前面塗るだけの素材は無い。適当な紋章でも書いておけばいいのだが、カッコ悪いのは嫌だしシンプルに教会のタバードに描かれている十字架でも書いておこう。
紋章を紙にメモしてハサミで切ってマスキング紙を作成し、盾の上で位置を調整して固定する。濃度と面積を考えれば大丈夫なはず。後は材料がもったいないのでできるだけはみ出さないように塗装をする。
乾くまでの間に古びた剣、ガントレット、グリーブ、鉢金にも紋様を描く。こちらは制約があるから、縁取り線を引くとか単純なことしかできない。
……まあ、絵心無いし。
チェインメイルとレギンスはパーツが多すぎて塗料が用意できないから今回はパス。これにエンチャントするんだと、塗料の中にどばっとつける形じゃないと無理だろう。
代わりに教会でもらったレザーアーマーと、サンワサでもらった肘あて、膝あて、それに鉢金に針を入れる。金属、革などの動物素材、木や綿などの植物素材でそれぞれエンチャントに必要な素材が違うのも面倒なんだよねぇ。
革には
「よし、これで全部かな」
糸系も2000G以上かかっていて、もう追加で買うだけの手持ちの金がない。失敗しないようにしないと。
一通り準備ができたら、エンチャントする対象をシートの中心、魔方陣の上に置く。
準備が終わったら杖で魔方陣に触れて、スキル
「設定は……接触時発動、最少発動条件は5ジュール。魔力は1。継続は……60秒でいいか?ストックは1時間分で、自然蓄積は有りで速度は……」
細かく発動条件を設定していく。
作ろうとしているのは、一定より大きな衝撃が加わった瞬間に
継続時間は一度発動したらどれだけの間継続するか。一瞬にしてしまうとつばぜり合いとかで負けるので少し余裕を持たせる。
ストックは連続で使用できる時間数。今回はおよそ60回分だな。
自然回復はそのストックの回復速度。使用者が魔力を注がなくても、周囲から少しずつ魔力を集めて回復するようにできる。この速度を早くし過ぎるとリソースを食い過ぎて2つ目のエンチャントが載らなくなる。今回は1回分を24分に指定。
リソースの残りを見つつ、2つ目の魔術向けの設定もする。こっちは常時発動と維持。細かいこと考えなくていい分楽だな。
条件を決めたら、あとは塗布した顔料に杖を当てて、付与したい魔術を使えばいい。
「
魔術を発動させると、塗布した塗料が輝いてそれが全体に広がる。よし、次は2つ目。
「
同じように発動させると、エフェクトが発生して魔術が刻まれ、少しの間の後に光が消えた。完成だ。
塗料完全に定着して溶け込み、特殊な解呪をしない限りもうはがれることはない。革や綿に編み込んだ糸も同じように合成され、その際に穴もふさがるはず。
「さて、あとは繰り返し」
そのまま次のアイテムへのエンチャントを進める。
全部で作ったのは……
・古びた魔法剣:
・風のヒーターシールド:
・風のガントレット:
・風のグリーブ:
・盾の革鎧:
・盾の脛あて:
・盾の膝あて:
・防水マント:
・清浄なる盾のバンダナ:
・清浄なるインナーシャツ×2:
・清浄なるパンツ×2:
・清浄なる靴下×2:
とこんな感じになった。
掛けた魔術によって、それぞれ集合知で見える名前が変わっている。
新しい剣と古い盾の方は
布製品は予想通りのリソース不足で一種類しかエンチャントできなかったが、仕方ない。
日頃の生活の不快感をなくすために、シャツとパンツと靴下には除湿を付けた。上級魔法に除湿、耐熱、防寒を一気にやってくれる快適、と言う魔術があって、そっちで作るともっと良いのだが、まずは我慢。
「これで全部?あとは……ちょっと塗料が残ってるな」
糸は残しておけば使えるけど、塗料は濃度の問題で使いまわしがしづらい。とはいえ手持ちでもうエンチャントするようなものは……。
「……そうだ、使えるか試してみるか」
まだエンチャントされていない手持ちの鉄球を赤く染めて、
掛けたのは色に因んで
魔物との接触で発動、1回切り、自然回復無し、充填可という設定。塗料が少なかったが、
術者がかけなくても使用者のMPで魔術を装填できるリユース封魔弾。再発見を容易にするのに
「こいつはグローブさんに渡して使い勝手を聞いてみよう」
使えそうだったら、ギルドに卸してもいいかもしれないし。……また仕事が増えるか。
「ワタルさん~?封魔弾の作成ですが、どうでしょうか?いましがた売り場の物が品切れになりましたが……」
ドアを叩く音とともに、購買担当から声がかかる。
……やっぱ、ギルドに卸すのは無しかなぁ。
広げていた自分の装備を
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