第30話 インフレの兆しが見えてきた

わずかな松明の明かりが洞内を照らす地の底に、ソレらは集っていた。

大小さまざまな体躯、一様に黒いローブとフードで姿を隠したソレは、けれど決して人たり得ない存在感を放っていた。


「……竜殺しが去ったというのは本当らしい」


かすれて消えそうなしゃがれ声で、何者かが口を開いた。


「ならば好機と取るべきかな。それとも変わる何かが居ると思うべきかな?」


気に障る甲高い声が響く。


「どちらにせよ、表の使徒は壊滅状態よ。100Gクラスも倒されてて、このままじゃ自然発生の動物くらいしかいなくなっちゃうわ」


艶やかな女の声は、聴くものの不安をあおる。


「……ならば我が出よう」


重く潰れた声が答えた。


「力で叩きつぶす。それが分かりやすかろう?」


「キミがいいならそれで良いけど、大丈夫かな?部下はだいぶやられちゃったよね?」


「少し御膳立てが必要だろう。それくらいは整えよう」


「別段攻め落とす必要もないんだし、適当に暴れて適当に引き上げればそれで充分でしょ」


「やるからには全力を尽くす」


「街が無くなるのは困るかな?価値を生み出す人たちが居なくなっちゃうよ~」


「破壊は本懐ではないじゃろう?陽動はこちらで行おう。王都と主要都市で騒ぎを起こす」


「それじゃ、あたしのところはちょこっと援助と回収って事で」


「あ、ずるい!じゃあ、オイラも周りにちょっかい掛けとくよ。あんまり余裕ないけどね~」


「総じてプラスになればよいさ。構わないな?」


「ああ、好きにするがいい。こちらはすべて兵に充てる。皮算用をする気は無い」


最も大きな影の言葉に、残りの者はうなづくと闇へと溶けていった。

そして最後の影も消えた時、辺りを照らしていた松明の炎も掻き消えて、そこには何も残らなかった。


□秋魔の森□


アインスの街から凪の平原と反対側に歩いて2時間ほど。

街道を逸れて小高い山へと足を向けると、天然樹の生い茂った丘陵地帯にたどり着く。


穏やかな気候と豊富な湧き水によって育まれた森は、秋になると多種多様大量の実りをもたらす。天然の果実や木の実、山菜やキノコ、そしてそれを求めて集まる野生動物たち。

それらは人にとって“価値のあるモノ”であり、ゆえに魔物が生まれやすい場所でもある。


秋口に大量の魔物を発生させるその森は、いつからか秋魔の森と呼ばれるようになっていた。


ブンッ!っとゴムがはじける音がして、放たれた鉄球が振り向いたばかりの大猪の眉間をとらえる。

その瞬間、鉄球に込められた魔術が発動して、悲鳴を上げさせる間もなくイノシシをドロップ品へと変えた。


「お見事。クリティカルですね」


「……いや、すげぇはこれ」


スリングショットで弾丸を放ったのはグローブさん。それを起点に発動した魔術は俺がエンチャントした物だ。

グローブと最初にあった日からすでに1週間以上。今回で4度目となる遠征の真っ最中だ。


「一昨日より明らかに威力が上がってるよな」


「ええ、魔力強化マナ・ブースト込みで付与しましたからね」


ラルフさんに吹き飛ばされた翌日の遠征で、グローブさんは結構優秀な遊撃手レンジャーだと判明した。索敵と撹乱を的確にこなし、近接戦闘も遠距離攻撃もできる。

レベルは38、ステータスはINTを除いてすべて30台半ば。順当に経験を積めば上級職につけるであろう能力。

アインス周辺の環境に詳しく、森林警備兵としてギルドが雇用していたのもうなづける。


そんなグローブさんがなんでギルド勤めをしていたかと言えば、やる気がない……ではなく、遊撃手レンジャーの特性とアインス周辺の環境によるところが大きかった。


遊撃手レンジャーは索敵と一撃離脱ヒット&アウェイ、それにトラップの扱いを得意とする職業であるが、欠点として火力が無いことがあげられる。戦闘を専門とする戦士系や魔術師系の職業に比べて、一撃で高威力を発揮するスキルが少ないのだ。


この世界でもほかのファンタジー小説やゲームと同様、1次職になってスキルを覚えれば、その後はパーティーで活動するのがメインになる。索敵や罠のスキルは、その中で当然重宝されるものではあるが、それだけだと経験値が稼げない。

レベルを上げるためには明示されていない経験値を稼ぐ必要があり、パーティーで活動している場合にも、その経験値は倒した魔物に与えたダメージ量に応じて分配される。


遊撃手レンジャーの攻撃スキルは、例えば“気づいていない魔物に対して背後から攻撃を当てた時に威力が増加する背面打ちバックスタブ”や、“相手のHPを徐々に削る毒を付与する魔毒攻撃ポイズン・アタック”と言ったものがメイン。

これらのスキルはパーティーで瞬発火力を出すことに向く能力ではなく、与ダメの割合ではどうしても戦闘職に溝を開けられる。


以前はパーティーで活動していたグローブさんは他のメンバーとのレベル差が開き、パーティーがアインスを離れる際にソロになったらしい。知識が物を言う職業でもある。低レベルの遊撃手レンジャーがほかの土地で一からやって行くのは難しい。


そしてアインス周辺は比較的初心者向けのエリアとなっており、パーティーを組んだ冒険者にとって危険は少ない。

サウザント級のモンスターに遭遇することはまずなく、出現する魔物も動物系やゴブリンのような人モドキと言うシンプルな構成。エリアを間違えなければスキル無しの索敵技術でも十分にやっていける。


その環境が相まってなかなか活躍の場所に恵まれず、そんなことをしていたらギルドにスカウトされらしい。


「雷属性ならスタンも入るから仕留められなかった時にも都合がいい。画期的だな」


そんなグローブさんに渡したのが、封印付与シール雷槍サンダー・ランス付与エンチャントした鉄球。グローブさんが模擬戦の時に指弾として飛ばしていたものと同じもの。

翌日の実地訓練で、索敵や戦闘がとても楽だったので封印付与シールを覚えた時に試してもらったら思いのほか嵌った。それからは彼のパトロールに合わせて二人で狩りをしているのだ。


「ドロップは……結構希少な薬草や木の実がありますね。200Gクラスですかね」


「ああ、そうだろうな。このクラスを一撃は相当だぜ。スリングで打とうが手で放ろうが関係ないとなりゃ、レベル1の初心者ノービスでも狩れる」


「まあ、コンセプトはそれですからね。使い勝手はどうです?今回は魔物に当った時だけ発動って条件にしてありますけど」


「前よりいいな。どこそこ構わず発動すると火が尽きそうだし。魔力に反応も悪かないが、外した弾を人が踏んだら死ぬ」


「普通の野生動物や人間には効果ないですけど大丈夫ですかね?」


「動物はともかく、人には使えねえよ。1次職くらいならどこに当っても死ぬぞ。人に向けるならもう少し穏便な威力にしとけ」


それもそうか。


「そろそろ売り出してもいいかもしませんね」


このところMPが回復するたびに延々と付与エンチャントをしてきたのだ。

初期に作った――最新のものに比べれば――低威力な物もあわせると、ストックしてある弾は200を超える。

MP消費低減も覚えたので、生産効率はさらに向上していた。


「荒稼ぎができそうだな」


「そうも言えませんよ」


付与エンチャントの主な使い道は、一時付与インスタントによる強化と、条件に応じて発動するマジックアイテムを作る永続付与オーラの2種類。封印付与シールはあまり一般的ではない。


その理由は使い捨てで1つの物に1種類しか掛けられないという制約。このため応用が利かず、ある程度のバリエーションをそろえようと思えば大量の荷物発生する、と言うのが一つ。

そして、封印付与シールを付与されているツールの見分けがつかない、と言うのが一つ。


「魔力感知のスキル保持者なら魔術がかかってることはわかりますけど、どんな魔術がかかってるかまでは不明です。道具を使う戦士系の職業ならなおさらでしょう」


例えば露店で火槍ファイア・ランスの付与された矢を買って射ってみたら、中身は松明トーチだった、などとなれば目も当てられない。売るとしたら相当な信用が必要な必要なアイテムなのだ。


「まあ、だからギルドに卸そうと思っているんですけどね」


ギルド直営の販売店で売ってもらえれば、信用としては申し分ない。


「なる程。職員の俺が言うのもなんだが、ギルドだとぼられるぜ?」


「まあ、金稼ぎが目的じゃないですから」


これで付与魔術師エンチャンターに興味を持つ人が増えて、引退した魔術師なんかが付与魔術師エンチャンターとしてアイテムを作ってくれれば、冒険者の質は高まる。

それもまた、魔王討伐のための一手だ。


「ちなみに、買うとしたらどれくらいの値を付けます?」


「……500……800……いや、切り良く1000Gって所だな」


「1発でですか?高すぎません?」


「常用するようなもんじゃないが、1次職ならどの職業にとっても切り札の一つになる。意図しない強敵、相性の悪い魔物と戦う場合は特にだ。保険に持っておく、と言う形で十分だろう。それに、頼りすぎるとこれが通用しない相手と戦うようなレベルになった時に困る」


「なるほど。……ギルドに委託するにしても、ちょっと考えますか」


高価でここ一番の切り札となるランス系に対して、凍結弾フリーズ・バレット雷撃弾サンダー・バレットを籠めて普段使いできるバレット系と、ランクを分けて売り出せばグローブさんの懸念も心配しなくてよくなる。

それに、アンデットに効果のある聖衝弾ホーリー・バレットとか結構売れそうだ。


「さて、皮算用はともかく……左正面、数は3、高さ位置からして猿か大トカゲってところだな」


「了解です。今度は俺がやります」


「援護は居るか?」


「……とりあえず一人で」


この1週間ちょっとの訓練で、戦闘にはかなりなれた。レベルも上がった。そしてそれ以上にステータスが馬鹿上がりしている。


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名前:ワタル・リターナー

状態:健康(18)

職業:付与魔術師エンチャンター

レベル:19(ボーナス:28)

HP:156

MP:385/388(402)

STR:81

VIT:102

INT:183

DEX:79

AGI:98


ATK:86+22

DEF:9+15


スキル:~略~,封印付与シール永続付与オーラ,MP消費低減Lv1

魔術:神聖,火,風,水,土,暗黒,無,雷,重,空間,時,対,召喚,付与,錬金(各Lv1)

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低かったHPとVITはラルフさんにぶっ飛ばされた翌日に馬鹿みたいに上がってた。DEXはグローブさんにランス系の鉄球を渡した代わりに指弾を教えてもらっていたら上がった。

STRやAGIも模擬戦の翌日で大きく上がったし、それ以降もレベルアップと訓練で充当に延びた。

もう足を付けないで腕立てができるし、尻を浮かせて腹筋ができるし、つま先立ちの片足で10キロ以上ある装備を持ったままスクワットができる。垂直飛びで3メートルくらい飛べるんだ。

INTも毎日の封印付与シールでのアイテム作成で順調に成長中。このステータスはちょっと見せられない。


ステータスは2次職に十分突入している。ぶっちゃけ全力で動くと100G超えた程度の魔物なんかステータス差で圧倒できてしまう。


……力加減になれなくて、2回ほど宿の扉を壊した。使ってる剣にはレベルアップで覚えた付与魔術の耐久力強化ドゥラヴィリティ・アップを掛けているけど、そろそろぶっ壊しそうで怖い。


それはさておき。

夏に隆盛を極めたと思われるつる植物を切り払って奥に進むと、しばらくして大きな鳴き声が聞こえてきた。猿だ。


ステータスの向上によって鋭くなった感覚が告げる。まっすぐこちらに向かってきている。


比較的開けた場所で剣を二回し。それだけで低木や草が打ち払われ、半径2メートルほどの空間が開ける。今の俺なら十分な範囲。


「来たぜ」


グローブさんの合図と同時、ほぼ直上から落下しながら向かって来る3つの影。

銀毛猿シルバー・デビルと呼ばれる100Gクラスのモンスター。

1週間前の俺ならあっという間に取り押さえられて、やられていただろう状況。だけど、もう何の問題もない。


「……はっ!」


……100近いAGIなら初心者が1回剣を振る間に3回斬れる。

間合いに入った瞬間気合一閃、3つの影は6つに分かれて、アイテムへと姿を変えた。


「……なんか無茶苦茶強くなってねぇ?」


「日ごろの訓練のたまものですよ」


いや、それでもおかしいだろ?とぼやくグローブさんをスルーしてドロップの確認をすると、やはりレアな薬草や木の実、高所にある果実など天然の作物がたくさんだった。


「さあ、サクサク行きましょう。調査も兼ねてるんでしょう?油を売ってちゃもったいない」


「……まあ、そうだな」


ドロップを収納空間インベントリに突っ込んで、さらに奥を目指すのだった。

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