第29話 訓練を続けてみた

「それで、ぶっ通しで3時間どつき合った感じ、こいつはどう思った?」


ギルド併設の売店で軽食を買った後、振り返りをしろと言うラルフさんの命で、男3人飯を食いながら顔を突き合わせることに成った。


「根性はありますがビビリですね。悪いこっちゃないですが、ステータスの割に動きが洗練されてないんで、経験が浅いのは見た通りでしょうね」


「的確な評価、ありがとうございます」


改めて言われるととてもむかつく。


「単純な力比べならワタルのほうが勝つだろうが、実際戦ってみて、どう感じた?」


「そのステータスの差で押し切ろうとしたけど手も足も出ませんでしたよ。1発当てる方法が思い浮かびませんでした」


スタミナの差でグローブさんの動きが鈍くなった後も、実際のところ行けそうだと感じられた瞬間は無かった。

のらりくらりとかわされ続けていたら、いくら続けても無駄だろう。


「筋は悪くねぇよ?一番の問題は、殴り掛かるのですら叫ばなきゃぁ出来ない所か」


「どういうことだ?」


「戦うのに慣れてねえんだろう。だから、わざと叫んで気力を奮い立たせてる。まぁ、前衛向きの性格じゃあないな」


「……………………」


言われて思い当たる節がいくつもあった。


「……誰かに殴り掛かるなんてそうあることじゃないでしょう?」


「どんな生き方してきたかは知らねえが、ずいぶんとお坊ちゃんな発言だな。俺たち冒険者は魔物を殺すし、場合によっちゃ人だって殺す。その度胸が無ぇなら、術士かせめて弓兵アーチャーになるべきだな」


「それで事足りるならそうしてますよ。……それに、初めからる気に満ちている奴なんて、ただの狂人でしょうよ」


そう言うとグローブさんとラルフさんは鳩が豆鉄砲くらったような顔になった。


「……ちげぇねえ」


「冒険者は魔物を倒してレベルを上げりゃあ良いと思ってた頃は懐かしいな」


長くやっているとしがらみも多そうだ。

そもそも、冒険者ギルドも魔王や上級の魔物に挑むことは消極的だからしかたないか。


「しかし、レベルからしたら魔物は倒せてるわけだ。普段のスタイルはどんな感じなんだ?」


「最初は詠唱魔術で先制から剣、最近はそのあとに身体強化と高火力の詠唱で押し切る感じにしてますね。格下相手でも変わりません。MPの消費が激しすぎて、継続戦闘には向いてないと思ってます」


「なる程。ステータスからしたら数十Gの魔物は剣だけで倒したいところだな」


「パーティ―組んで後衛に徹すりゃいい気もするが、それでいいならわざわざ特別講習なんざ受けないか」


「そうですね」


「なら、慣れるしかないな。幸いそいつは午後も暇だ。次は互いに得物を使った訓練にしよう」


「ちょ!武器持たれると流石にステータス差がつらいんですけど」


「それくらい覆せなくてはギルド所属の名が廃る。どうせパトロールと称してぶらついてるだけなんだ」


「……うへぇ」


……グローブさんは一体どういう経緯でギルド職員をしてるんだろう。


しばらく休憩を挟んだ後、訓練所に戻る。

今度は木刀と盾を使った模擬戦。俺の獲物は普段から使っているバスタードソード大の木刀、グローブさんはダガーより大振りなグラディウス大の木刀だ。


「俺は長い剣よりこっちのが慣れてるからな」


「リーチの差は大きいですよ」


「それは別の手段で補わせてもらうさ」


……隠し玉でも用意してるのか。

まあいいさ。どうせ胸を借りるだけだ。


「こいよ。リーチもステータスもそっちが上だろ?これでビビってたら話になんねぇぞ」


「それじゃあ、遠慮なく」


数メートルの距離を一気に詰めると同時に速度を乗せて横薙ぎの一撃を放つ。


ステータスの差は数点。遊撃士レンジャーの成長補正を考えると、おそらく1割から2割は差があるはず。

ステータスが絶対的に小さな一次職の間は、数点の差が劇的に作用する。

想像通りの差があれば受けるという選択肢は無い。剣でも盾でもそのまま押し切れるほど基本スペックに差があるのだ。


「悪かないね」


飛んだりしゃがんだりは命取り。予想通りバックステップで避ける……と同時に最小限の動きで突きを放ってきた。

その突きは盾で防げる。大丈夫、見えてる。

格闘戦の時は間合いが近すぎて何が起こっているか認識する前にやられていたけど、このリーチなら見てから反応できる。それだけのAGIは備わっている。


突きは盾でいなした。

そして踏み込んでからの斬撃。できるだけ自分の間合いを保つように。痛いのはもう懲りた。


「悪かあない。だが、それじゃ届かないぜ」


リーチぎりぎりの応酬じゃ実力者の裏をかくことは難しい。

とはいえこれ以上踏み込むと格闘戦の間合いに入る。そうなったらあっという間に膝をつくであろうことは想像に難くない。


さらに数度切り結ぶ。決定打が無い。武器や盾を狙った一撃もあっさりバレて流された。


「しゃあねぇ、こっちから行くぞ」


最小限の踏み込みで放たれた突きをギリギリの体勢でかわす。見えてる!

そしてこれはチャンスだ!今ならAGI差で先手を打てる!


「ほい!」


「ふぎゃ!?」


そう思った瞬間、眉間に何かが当たって思わずのけぞった。


「注意力が散漫。見え見えのフェイントに引っかかるなよ」


「げふっ!?」


横薙ぎの一撃を叩き込まれて地面を転がる。痛い!何が起きた!?

顔を上げると地面に盾が落ちているのが見えた。あれは……グローブさんが持っていた盾?


「……投石ですか?」


確かに顔面に何か当たった。ダメージになる程ではなかったが、俺のVITでも牽制には十分な威力があった。


「指弾だよ。ほれ」


左手がはじかれると、目の前の地面に一センチほどの鉄球が突き刺さった。


「普段はスリングショットで使うが、こういう使い方もできる。AGIで勝ってても俺が盾を捨てたのに気づかないのは見えてねぇ証拠だぜ」


「……ぐうの音も出ませんね」


木剣を杖代わりに立ち上がる。


「その割には不服そうだな」


「そう言う小細工をしてくるとは思ってませんでしたからね」


「それくらい小細工しないと覆せない差がステータスにはあるのさ。例えば1割差、素手なら練度で覆せるが、武器を持つと途端に厳しくなる。本気の一撃を九割の力で止められるわけだからな。お前のそのへっぽこな剣技だって、俺にとっちゃ毎回自分の渾身の一撃が飛んできてる様なもんだ」


「その割には余裕ですね」


「渾身の一撃しか飛んでこないからな。ステータスだけなら自分より高い魔物を相手にするんだ。ステータスが低いやつに裏をかかれているようじゃあ、その内酷い目に合うぜ。さぁ、どうする?」


「……力でねじ伏せます」


どうせ俺は小細工をする技術は無いし、そう言うのは魔術でやればいい。

痛いのも小難しいのもとりあえず無視だ。とりあえず一発ぶっ飛ばす。後はそのあと考えよう。


………………


…………


……


「ほう、それでグローブは2発もらったか」


それから約2時間、治癒ヒールをもらいながらぶっ通しで模擬戦を繰り返し、多少はましな結果を得ることができた。


「俺は何発もらったか覚えてませんけどね」


「こっちは2発でボロボロだよ。盾で受けたのにどんだけ跳ね飛ばすんだ」


「それくらい強力なの入れなきゃ、詠唱時間を稼げませんから」


武器を持って戦ってみて、素手の時よりましだという事が分かった。

特に最後の1回は、初級の詠唱時間を稼ぐ事ができた。そこから聖闘拳セイクリッド・フィストでステータス強化して、性能差で圧倒し一本。

ずるみたいなもんだけど、勝ち筋と限界が見えたので良しとしよう。やはり魔術を使わないと決め手に欠けるな。


「ふむ……動きはどうだった」


「最初よりゃかなり良くなってますよ。やっぱ慣れですねぇ」


確かに最後の方は、攻撃にしろ避けるにしろ紙一重を狙えるようになって来ていた。グローブさんの動きになれたのもあるのだろうけど、能力差をまともに活用できる程度にはなった感じだ。


「なら及第点と言うところか。……しかし、格下と殴り合っただけで1000Gコースと言うのも物足りなかろう?」


「物足りないかと聞かれると首をかしげますが」


「追加500Gで明日の実地訓練をサービスしよう。どうせそいつが暇だ」


「俺ぇ!?」


どうもグローブさんはだいぶ働かないようですね。


「そいつの本職は森林警備兵フォレスト・レンジャーだからな。普段は街の周りのパトロールと、ギルドの依頼への同行をしているんだが、周辺の魔物が壊滅したせいで仕事が無いのだ」


「……ああ、バノッサさんの荒稼ぎで」


なる程。特別講習を申し込んだときにやけに喜ばれたのは仕事が無かったからか。


「それならお願いします」


一人で経験値稼ぎをするよりずっと安全だ。

もう動物の骨を使ったアンデット討伐は出来ない――アンデット要素が顕現するほど高価な素材が手に入らない――のだ。しばらくは地道に経験値を稼ぐしかない。


「よし、良い返答だ。契約書は既に準備してあるから、帰りがけにサインだけしていくといい」


……なんとも準備の良い。


「それと、せっかくだからそうそう忘れられぬ恐怖を叩き込んでおいてやろう。盾を持て」


「……はい?」


グローブさんが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。あ、いやな予感しかしねぇ……。


「なんなら全力で防御していいぞ。術士なのだろう」


ラルフさんは俺の胴回りほどありそうなこん棒をブンブンと振り回している。

グローブさんはあきらめろと言いたそうな雰囲気だ。……やべぇ、これ逃げられない奴だ。


「……この行為に何の意味が?」


「言っただろう?恐怖を感じない奴は早死にすると。強者と戦うという事を早いうちから知っておいた方がいい。ほれ、早くせんとどつくぞ?」


……畜生、やっぱ蛮族じゃねぇか。


聖闘衣セイクリッド・クロス付与エンチャントシールド付与エンチャントシールドシールド軽量化ライトウェイト


防御力重視の強化魔術に、防御魔術である盾、それに鎧と盾にもそれぞれエンチャント、その上で衝撃を逃しやすくするために自身を軽量化ライトウェイト

おそらく今掛けられる最大防御。


「おお、なかなかに堅そうだな。これは少しだけ本気を出してもいいかもしれん」


「いや、結構です」


「ほれ、しっかり構えろよ。それじゃあ……行くぞ」


その瞬間、身の毛がよだつ。やばい!と言う感覚に、頭が研ぎ澄まされる。ここに居ちゃいけないと言う感情がすべてを支配する。

しかし結果は認識する前に訪れた。


重強打ヘヴィ・バッシュ


自分が10メートルほど転がって、自分が天を仰いでいるのに気が付いて初めて、恐ろしいまでの衝撃で跳ね飛ばされたという事を理解した。

遠くで声が聞こえる。


ああ……くそ……やっぱ脳筋じゃねぇか。

地球に帰ったら神様あてに慰謝料請求してやるからな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る