第26話 付与魔術師に転職した

バノッサさんがアインスを発ったのはそれから二日後の事だった。

見送りには数人が集まっていて、受付嬢のリリーナさん――実はバノッサさんの教え子の一人らしい――の姿もある。


「まさかこんな晴れ晴れとした顔の貴方を見送ることに成るとは思いませんでした」


「……ずいぶんな言われようだなぁ、おい」


日頃の行いも、目つきもよろしくないので仕方ないだろうね。


「まあ、紅蓮のバノッサが刻む新たな伝説を見てろよ」


「新たな借金を刻まないように、ちゃんと働いてくださいね」


……ずいぶんと手厳しいなぁ。この師弟の間には何があったんだか。


「ワタル、次は中央大陸でか?」


「その前にクロノス内でばったり会いそうですけどね。どうせニンサルからとんぼ返りでしょう」


「まぁ。だけどここに戻ってくるとしても当分先だぜ」


「なおの事ですよ」


スタートの準備は整いつつある。俺もそろそろ次のステップに進む時期だ。


「そいじゃ、またな。飛行フライ!」


風切り音を響かせながらバノッサさんは飛び去って行った。

……いいなぁ。あれ、風の上級呪文だよな。自分しか運べないのが欠点だけど、行軍マーチとは比較にならないくらい早い。賢者はああいうところはずるいよな。


「……ワタルさん。……バノッサさんに何があったか、ご存知ですよね?」


「……ん~……まあ、俺が話す事でもないですし、また新たな伝説が謳われるのを待てばいいんじゃないですかね?」


「……そうですね。まあ、私が気にすることではありませんでした」


「どうせすぐ朗報が聞けますよ」


あの人はもう1秒たりとも待つつもりは無いだろうからな。


バノッサさんを見送った後は、その足手近くの山林へと向かう。

付与魔術師エンチャンターへの転職と冒険者ギルドへの登録は昨日のうちに済ませてある。

これからは本格的にモンスターを倒してレベルとお金を稼ぐフェーズだ。


魔力探信マナ・サーチ


バノッサさんに教えてもらった索敵魔術を行使する。

魔力探信マナ・サーチはソナーのように自らが魔力を発して周囲を索敵するタイプの魔術。

魔力による探索のため遮蔽物に影響を受けず、実体の無い魔物まで見つけられるのがメリット、こちらから魔力を発するため相手からも丸見えになるのがデメリットの魔術である。


「最も、こんなところに魔力感知を持った強力な魔物なんてそう居ないけどねぇ」


人類とは違う系統ではあるものの魔術を行使してくる魔物は居る。

最もポピュラーなのはゴブリン・マジシャンかゴブリン・ウィザードと呼ばれる魔物だろう。前者は幻術系、後者は攻撃系の魔術を使ってきて、どちらも魔力感知を持っていることが多い。


ただ、魔物の力はため込んでいる価値に比例している。

同じ100Gの魔物であれば魔力感知みたいなスキルを持っている個体は、持っていない個体に比べてそのほかの能力に著しい差が出る。

価値の低い魔物がスキルを持ったところで有効活用などできない。宝野持ち腐れだ。


「……左前方80メートル先に敵影……3か。反応の大きさ的に数十ゴールド前後のゴブリンクラスかな?」


大きすぎず小さすぎず戦いやすい相手。

これまで戦ってきた魔物と比べると価値が10倍以上だが、まあ問題ないだろう。

魔物の強さ自体は価値に比例するとは言え、その上昇比率は緩やかだからな。


おそらく人への影響度で言えば無価値から1ゴールド未満の魔物が一番大きい。

無価値なものは魔物にならない。そして魔物になれば人の命を奪う術を持つ。そこには絶対的な差が存在する。


幸いにしてほかに敵影は無い。

戦いの基本は奇襲だ。忍び足スニークを発動させて慎重に近づく。


魔力探信マナ・サーチの消費MPは発動に13。発動中は1分間に2点づつMPが減り、自然回復が無くなる。忍び足スニークは発動に8で時間消費は2分で1点。こっちも自然回復が無くなる。


あまり長く使っているとMPが無くなるな。


秋に突入しつつある森は下草が減り始め、何とか見通しを確保できるようになっていた。

20メートル手前くらいまで来たところで視界に魔物の姿をとらえる。予想通りゴブリン。ゴブリン・ファイターと呼ばれる徒手空拳で戦うタイプの魔物だ。


ちょっと動きは素早いが武器持ちより危険が少ない。ラッキーだな。


しかしここからは正攻法。油断していると足元をすくわれるから気を付けないとな。

更に周囲に敵がいないことを確認して索敵と隠遁を解除し、同時に攻撃魔術の詠唱を始める。


「偉大なる炎の神の力もて、紅蓮の閃光にて敵を射る!炎矢ファイア・アロー!」


口に出せばいいだけで叫ぶ必要はない。

放たれた炎の矢は相手が気づく前にゴブリンの頭に直撃して爆ぜた。


「「ギギッ!ギャギャ!」」


当然ながら気づかれる。炎矢ファイア・アローを当てた奴も倒し切れていない。……しまった!魔力強化マナ・ブーストもかけておくんだった。


いまさら後悔しても仕方は無い。おそらくだけど、ステータスだけならこちらが上。防具も教会にもらった鎖鎧ホーバークと革鎧を着こんである。戦えない相手じゃないはずだ。


「大いなる光の神の聖名において、我に聖拳の加護を与えよ!聖闘拳セイクリッド・フィスト!」


詠唱を一息に、強化魔術でSTRとAGIをブート。


「くらえっ!」


飛び込んでくる最初の一匹に合わせて剣を振り下ろすと、ゴブリンは叫ぶ間もなく両断されてドロップ品へと姿を変えた。

すげぇ……数値的には行けると思ってたけどここまでとは。


「ゲギャ!?」


目の前で仲間が一刀両断されたのを見て、後続のゴブリンが足を止めた。


「天に轟く雷神の力を借りて、今!雷槍にて敵を穿つ!雷槍サンダー・ランス


間合いを詰めながらの詠唱。射程2メートルの近距離高火力魔術がゴブリンの体を貫くと、こちらも一撃で相手をドロップ品へと変えた。


「ゲギャギギャ!!」


一番遠くにいたのは、最初に炎矢ファイア・アローを当てて倒れた個体である。

仲間2匹が一瞬でたたき伏せられたのを見て逃げに入っている。……しかし、遅い。


「すべての根源たる大いなる魔素マナの、その力の一かけ持ちて、大地に縛る鎖となれ!束縛糸バインド


逃げようとするゴブリンの足に光の帯が絡みついて動きを止める。


「ギャ……」


横凪に振った剣は頭をとらえ、そのまま頭部を切断して振り抜けた。

ゴブリンの体が消失してアイテムが落ちる。

……ふぅ。なんとか。


小結界キャンプ


気を抜く前に小結界キャンプを発動させて魔物から身を隠す。察知できる範囲に魔物は居なかったけれど、今の戦闘音で気づかれないとも限らないしな。


付与魔術師エンチャンターレベル2に上がりました。一時付与インスタントを覚えました。DEXが1上昇しました』


おっと、天啓からのアナウンスが来た。転職してもクレームはちゃんと反映されているらしい。

そして一時付与インスタントを使えるようになった。これでさらに戦い方の幅が広がる。


一時付与インスタントは使える魔術を一定時間の間だけ物体に付与するスキルだ。某国民的RPG5作目に登場する『まほうけん』に近い。

スキル指定後に魔術を発動させれば効果が載る。詠唱魔術でも構わないが、詠唱はきちんとする必要がある。

継続時間はINTに依存し、INT1につき1秒ほど。今の俺なら実践で使うのも問題ない。後は慣れだな。


「さて……ドロップはゴールドかな?」


倒したゴブリンのドロップ品を集める。全部で80Gほどと、それに木の実やキノコなどの自然物が少々。ぼちぼちだな。

今ので消費したMPは全体の半分ほど。もう少し効率のいい戦い方をした方がいいだろう。


……魔物の前に立つのはやっぱり怖いなぁ。

大丈夫そうだと当りを付けていても、どうしても過剰にMPを使ってしまう。

……とにかく慣れだ。ちゃっちゃとレベルを稼いで、魔王討伐への足掛かりを模索しないとな。


MP回復を兼ねて少しの休憩を挟んだのち、狩りを再開した。

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