第24話 仕事と貯蓄は順調だった

 それからさらに1週間は、行軍マーチの定着と教会治療師への指導に費やされた。


 行軍マーチの定着は順調だ。

 グースさんに教えてもらった聖闘拳セイクリッド・フィストで身体能力を強化した状態で行軍マーチによるランニングを行うと、短い時間でかなりの距離を稼げる。


 ギルドでの信頼が無いから輸送の依頼を受けることは出来ないが、歩いて1日かかる街まで数時間で往復できるのだ。かなり効率がいい。

 誤って転ぶと酷いことに成るという問題はあるが、それも慣れれば何とかなるものだ。


 ……この世界に来て初めてHPが減ったよ。


 治療師への指導と、教本の作成も比較的順調。

 商売の場所を教会に移したのでほぼほぼ教会の職員みたいになっているけど。

 司祭様が高い授業料を払ってくれているだけあって、聞く人たちも真剣だ。


 治療費はお値段据え置きでやっている。

 ただ、教会が単に値下げしたと思われるのは困るらしいので、ちょっと手を打った。教会の前には『アース式医療術・治験中』と言う看板がデカデカ掲げられている。

 治療方針は問診をもとにこちらで選ぶこと、指定された期間開けた後に再来院することを条件に回復屋の値段で診療することを明記したのだ。未成年無料も変わらず。


 すでに数十人が再来院しており、症状の変化について情報が集まりつつある。

 そういう意味で、一番効果を上げているのはカルテの作成だな。治療来歴と症状の変化を比べると、かけた魔術の効果が出ているかが一目でわかる。

 一部の治療師は比較もしてみたいと言い出したけど……まあ、人体実験に手を染めるなら俺が居なくなってからにしてくれな。


 アインスで症例の無い病気に関しては説明が難しい。この世界独自の病気や感染症も、魔術で力押しと言うところがある。

 一応思いつくところは教本に記載しておくけれど、あとはみんなの頑張り次第かな。


 あと気になるのは急患か。


「頭痛、吐き気を訴えて来院していましたが、数分前に倒れて意識不明になりました。ステータス瀕死です!」


「頭部に治癒ヒール治療キュア・シックの順で3セット!」


 と言う風に、特に認識に乖離があったのは脳卒中系の症状が出た場合の対処法だった。

 血管の修復は治癒ヒール、細胞を圧迫している血液の除去は治療キュア・シックで行わなければならないのだけれど、これまでは片方だけの施術が多かったらしい。

 治癒ヒールだけだと後遺症が残る可能性が高く、治療キュア・シックだけだと出血が止まらず命に係わる。


 後はその後遺症の治療も。

 手足が麻痺してるからと言って、手足に治療をしても仕方ない。

 神経系の後遺症なら脊椎とかに、脳から来るものなら頭に再生治癒リジェネレーションだ。1回では効果が見えにくいこの辺の治療は、知識が無いと延々と無駄な施術をすることに成る。


 まぁ、急患で運ばれてくるのは大体脳か心臓のどっちかだ。

 分からなきゃ治癒ヒール治療キュア・シックを延々交互にかけろと言ってある。


 一応、脈の取り方は教えたけど……心臓マッサージもうまく教えられれば良かったんだけどなぁ。残念ながら知識が無い。

 雷撃弾サンダー・バレットで蘇生とかできるかな?

 ……死にかけの人間で遊ぶ気にはならんなぁ。


 そんな感じでひたすらトレーニングと治療の日々を過ごしていたが、ステータスは変な感じに成長していた。


 -------------------------------------------

 名前:ワタル・リターナー

 状態:健康(18)

 職業:運搬者キャリア―

 レベル:6(ボーナス:15)

 HP:12 → 20

 MP:105 → 185

 STR:14 → 32

 VIT:14 → 31

 INT:63 → 96

 DEX:11 → 18

 AGI:13 → 35


 ATK:29+20

 DEF:3


 スキル:魔力操作Lv2,魔力感知Lv1,初心者ノービススキルLv10,収納空間インベントリ行軍マーチ

 魔術:神聖,火,風,水,土,暗黒,無,雷,重,空間,時,対,召喚,付与(各Lv1)

 -------------------------------------------


 うん。よく伸びてる。意味が分からん。


 STR、VIT、AGIは成長補正があるけど、レベルは1しか上がってないから伸びたのはほぼトレーニングのおかげだ。

 1日3回、腕立て、腹筋、スクワットを30回づつ。そっから少し素振りして、ランニングでこの成長。

 あの異能ってやつはだいぶチートらしい。


 ……ぶっちゃけ、急成長しすぎて最近力加減が怪しいんだよね。どっかの改造人間みたいにドアノブねじ切ったりしそう。

 AGIが3倍近くになってて、身体の動きに意識がついていかないことが有る。強化魔術で身体能力を向上させると、だいぶ大雑把な動きしかできないのも大問題だ。


 魔術は使いすぎで魔力操作がLv2に上がり、魔力感知Lv1まで覚えている。操作と感知があるとスキルとして覚えた魔術の定着難易度が下がるっぽいからうれしいけど、集合知でも理解できない状況で腑に落ちない。


 そろそろ転職するつもりだけど、まじめに戦闘系の職種でレベル上げ始めたらどうなるんだろうなぁ。


 っとまあ、この一週間であったのはそれくらい。あとは大量の宝の地図もどきをもらったか。

 俺が居ないときにルドルフさんに預けられていた。


 置いて行ったのは件の古書屋。名前はグラムと名乗っていたとか。

『俺はまた会えることに賭ける、と伝えてくれ』とか言い残して行ったらしい。そんなとこかっこつけなくてもいいと思うのだがねぇ。


 まぁ、俺は賭けに勝ったので特にいう事は無い。


「1日1000Gとは言えませんが、もうこのままここで働いてもいいのでは?」


「その気が無いから、俺が出てっても大丈夫なように全部教え込んでるんでしょう?」


「すべて覚えられるとはとても思えないんですよ」


 今日で3日目になるやり取りをルドルフさんとしながら診療室を片付けていると、来客を告げられた。

 俺に来客、なんていうと相手は限られる。最近知り合った患者の誰か、と言う時間じゃないから、当然来たのは……。


「よう!俺の誘いを断って教会を仕事にするとはふてぇ野郎だな」


「また遠征帰りですか、バノッサさん」


 この人くらいしかいない。



 □酒場:月夜の宴亭□



「くぁ~~~!やっぱ冷えたエールはうまいな!」


「……俺には分からない感覚ですけどね」


「なんだ、下戸か?」


「さあ?とりあえず酒の話は良いんですよ」


 バノッサさんに誘われて、近くの酒場で夕飯にありつく。

 最近は稼ぎがまともなおかげで食生活が大分豊かになった。


「わざわざ教会に顔を出すなんて何かあったんですか?」


「ん?ああ、そろそろアインスを発とうかと思ってな」


「……へぇ。早いですね。借金はもう?」


 素質を判別する水晶球の借金がギルドにあったはずだが。


「お前さんにゃ悪いが、ここいら一帯の1000Gサウザントクラスの魔物はほぼ狩った。その手前から100Gクラスも多分ほとんど残してないはずだ」


「……アインスから冒険者が居なくなりますよ?」


 バノッサさんが言った1000Gサウザントクラスってのは、価値一万G未満の魔物の総称だ。ただし、実際にそう呼ばれるのは大体が5000G越えの上級モンスター。

 知能が高く、戦闘力に優れたボスモンスター。群れの指揮官タイプも多い。


 1次職の冒険者が一人で相手にできるのは100G前後。中級パーティーであれば数百Gから1000G位。

 そこから上級職に行くには1000Gサウザント級討伐はほぼ避けては通れない道で、ある意味中堅パーティーの目標ともいえる相手だ。


 しかしアインス周辺だと1000G超える相手はなかなかお目にかからないのに、1000Gサウザント級や100G級が根こそぎ狩られたとなると、経験値も稼ぎも小さなモンスターしか残っていないことに成る。

 そりゃ安全なのに越したことはないけど、初心者を抜けた冒険者パーティーにはうまみが無い土地になったって事だ。


 超上級の冒険者が一帯の魔物を駆逐するのはあまり推奨されていなかったと思うが……まあ、止められるいわれも無いだろうし、仕方ない話か。平和になるのは良いことだ。


「どうせ100Gクラスはすぐに湧いてくるさ。それに、ここは凪の平原の開拓作業真っ最中だからな。仕事はいくらでも増える」


「それもそうですね」


 周囲のモンスターに気を使う必要がなくなれば、街はギルド経由で農地拡張の手伝いを依頼として出すだろう。

 土建のお仕事はそう実入りの良いものではないが、ある程度レベルのある冒険者にとっては安全で手堅い仕事でもある。

 休養がてらそちらで働くものも出るだろう。


「まあ、そんなわけでな。せっかくだから餞別を渡しに来たわけだ。ちょいと考えたんだが、収納空間インベントリ持ちの付与魔術師エンチャンター、面白そうじゃねえか」


「ああ、やっぱりそう思います?」


「そっから魔剣士だろ?見たことないスタイルだが、試してみる価値はあるんだろうな。ただ、今の魔術のレパートリーじゃ、足りないだろ?……教えてやるよ。今なら初級魔術は覚えられるだろ」


 ……なる程。餞別ってのはそれの事か。


「ありがとうございます。助かります」


「いいさ。大した手間でもないしな」


 明日の午前中、基本的な初級魔術を教わる約束をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る