第23話 初めての市を散策してみた

 翌日は広場に市が立つ日であり、この日は回復屋もお休みだ。

 早めの時間に訓練場で身体を動かし、ランニングで行軍マーチの距離を稼いだ後、教会へ。

 治療師への本格的な指導は明日からだけれど、何人かの新米に魔力強化マナ・ブーストを教えるのと、着手金を受け取るので顔を出す必要があった。


 今日は街の外から来る人も増えるため、通常の診療は受け付けていない。急患が出る可能性もあるから、広場に出ている治療師さんもいる。

 市が立つ日は広場の場所も有料だ。

 門の通行料や普段露店への徴収をしていない街としては、安定した税収を得る一つの手段でもある。


 市に合わせて周辺の村から販売や買い物に訪れる人も多い。

 扱われているものは生鮮食品や皿などの日用工芸品、古着に布、中には家具や家畜と言った大物まで様々だ。


「つっても、知識通り冒険者の役に立つ装備やマジックアイテム、みたいなものはほぼないかな」


 冒険者ギルドが出している露店が特売品の中古装備を販売してはいるけれど……1000Gを超えたばかりの俺の所持金だと大したものは買えない。

 アインスの教会の紋章がでかでか入ったタバードをもらった――むしろその場で着せられた――から、マントの下に来ていたローブは古着として売り出してもいいかもしれないな。

 ああ、冬に向けてもう少し防寒着をそろえるのもありか。その前に南の方に移住するのも手だけど……悩ましいな。


 物珍しさもあって、露店を回るのはなかなか楽しい。

 集合知のおかげで目利きはそれなりにできる。背取りをしようとは思わないけど、安く売ってる名品とか見つけたら買ってみようかね。


「薬草……は要らんなぁ。MP回復薬も俺の稼ぎじゃ価格と効果が釣り合わないな。アクセサリ……いや、特に何か付与されてるわけじゃないしなぁ」


 今使えるお金でこれと言ってほしいものがあんまり思い浮かばないんだよなぁ。

 強力な武器とか防具とかは買えない。狩人ハンターになるなら弓とか矢とか買うんだけど。


 ……安いクロスボウでも買ってみる?価格とメンテナンス性に問題があって効率悪そうだけど、装填した状態で収納空間インベントリに突っ込んでおけば使い道はあるかな?


 後は先を見据えて、付与魔術師になった場合に必要な素材とか?先に剣士を経由した方がいい気がするけど……いやでも付与魔術でも稼げるか?

 冒険者相手にそういう商売をするのもありだな。この所持金なら基本セット一式くらいは揃えられるはず。


 そんなことを思っていると、大量の本が積まれた露店を見つけた。書店とは珍しい。

 ……まあ、大したものは無いだろうけど覗いていくか。


「珍しいですね。見せてもらっても?」


「ん?ああ、客かい。読めるなら好きに見てくといいさ。全部写本だけど、小説、絵本、学術書、それなりにそろってるよ」


 並べられているのは、ほとんどが紙の束を紐でまいただけの簡素な書物だ。

 洋書よりは時代劇に出てくる和書を思い浮かべてもらえばいい。ちょっといいものは、木の板の入った表紙が付けられている。


「……結構種類がありますね」


 おっちゃんが言ってた通り、小説や絵本のほかに、古いけれど魔術書や技術書なども交じっている。


「貸本屋がぼろくなったからって入れ替えられたのを修復したりもしてる。まぁ、抜けが無いとは言い切れないけどな」


 なる程。この世界じゃ本はそれなりに高級品だ。庶民が手を出せないほどじゃあないけど、個人で持つのはそう多くない。

 それでも需要はあるらしく、こうして街の市を巡りながら売り歩いているらしい。


「ちょっと古いですね。まあ、駆け出しなら使えないこともないですけど……さすがに要らないなぁ」


 いろんな魔術の詠唱を記載した教本とか、職業ごとにスキルを覚えるレベルとその効果とかを記述した技能書とか。

 集合知が無ければ必要なんだろうけど……そもそもギルドでも教えてくれるしな。


「……こっちは?」


 床に頬りだされた木箱には、巻かれた紙の束が詰め込まれている。


「そいつは古地図だ。平たく言うと宝の地図だな。以前の街で集めてた好事家が亡くなって処分するってんで、二束三文で買い取ったもんだ。まぁどこが描かれているか分かるようなものは無いし、便所紙くらいにしかならないゴミみたいなものさ」


「まー、長年放置された宝とか、魔物になってそうですものね」


「ちげぇねぇ」


 いくつか開いてみるが、集合知でもどこの地図だか分からない。年代も見た感じマチマチで、紙質も使っている筆記具もバラバラ。子供の落書きみたいなものまである。

 ん~……面白そうだけど……安いので一つ20G?宝くじよりひどいな。


「興味があるんかい?」


「まー、一応地図っていうなら、どこで書かれたかくらいは気になりますね」


 この世界、人類が把握しているエリアに関しては参照できるから、それと照らし合わせれば場所くらいはわかるものがあるかもしれないしね。


「おすすめはしねえよ?対して重さも無いから持ち歩いてるだけでリサイクルしても良いもんだ。たまにお前さんみたいに、興味を持った奴が買っていくがな。まぁ富くじみたいなもんさ。夢だよ夢」


「そうでしょうけど……そういや、収納空間インベントリが使えるんですか?」


 商人マーチャント収納空間インベントリを覚えるのはかなり高レベルになってからだ。

 一般職はレベルが上げづらいし、ほとんどの鑑定を覚えた後だから、そんな高いレベルなら古本屋なんて儲からなそうな商売をしなくてもいいと思うけどな。


「ああ、まぁ、運搬者キャリア―だからな」


「おっと、同業者でしたか」


 なる程、運搬者キャリア―なら重い本を街から街へ運ぶのも苦にならない。

 本なんて書かれている内容と読む人によって価値が変わるから、商人マーチャントの鑑定も意味は無いし、ある意味向いた商材だな。


「なんだ、教会の紋章さげてるから非番の兵士か教会付きの冒険者かと思ってたぜ」


「まーだ登録してないですけどね。そのうちギルドには厄介になりますよ。もう少しでスキルが……」


 ……ふむ。


「スキルがどうしたって?」


「いえ、そうだ。もし気が向いたらこの束、譲ってもらえませんかね?もちろん無理にとは言いませんが」


「あん?別に金を出すなら構わねえけど」


「いえ、金を掛けた博打を討つのはアホらしいんでひとつ。出し入れMP10万点分。移動は500キロです」


 金を掛けずに博打を討つ。


「は?お前何言って……いや待て」


「もし気が向いたら、教会のルドルフさんと言う司祭の方にでも届けてください。まあ、これも博打みたいなもんですかね。それでは私はこれで」


「あっ、おい兄ちゃん!」


 これで運が良ければ面白いものが手に入るかもしれない。

 まー、元手のかかっていないギャンブルみたいなもんだし、何もなくてもどうってことは無い。


 さて、それじゃあ『初めての付与魔術セット』でも探しますか。

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