第21話 神の信徒に勧誘された

 翌日、午前中は平和なもので、朝からサンワサに行き運搬を手伝いながら収納空間インベントリの訓練を行った。必要な重量にはそろそろ達したはず。

 行軍マーチはまだ1割にも届かないので次の転職はまだだけど、サンワサで手伝いをするのは十分だろう。結構な速度でキルゾーンの建設が進んでるし。


 早めのお昼をシスターの教会でいただき、お礼に魔力強化マナ・ブーストや弾丸系の魔術を適性のある子供に教えた。

 詠唱はシスターに伝えたから、一人覚えていれば使える者は増えていくだろう。

 そしたらシスターから聖闘衣セイクリッド・クロス聖闘拳セイクリッド・フィストという2種類の魔術を教えてくれた。


 聖闘衣セイクリッド・クロスは防御力重視の強化魔術。

 聖闘拳セイクリッド・フィストは攻撃力重視の強化魔術。


 背反するので同時には使えないが、どちらも身体能力向上の効果もある。


 ついでにシスターに解毒キュアポイズン治療キュア・シックなどの魔術と、実際の病気の治療の仕方についても教えてみた。

 この世界、魔術のおかげで医療技術は全くだからな。

 慢性疾患みたいな病気を治癒ヒールで治そうとしたり、アレルギー反応を治療キュア・シックで治そうとしたり、食中毒を解毒キュアポイズンで治そうとしたりする。


 イメージがわかなかったようなので、問診の仕方、各魔術を掛けた時の効果の出方などを簡単に紙にまとめて渡すことにした。カルテも書いたほうがいいかね?アドバイスだけはしておこう。


 色々と情報交換をしていたら、樵の棟梁が帰る前にお土産も持たせてくれた。

 昔使っていたらしい革の盾――ラウンドシールドと言うやつだ――と脛あて・肘あてのセット。鎧は売ってしまったらしいが、こっちは大した値段に成らなかったので取ってあったとか。少し直せば使えるな。

 合わせて持ってきてくれたグローブは、残念ながらサイズが合わなかった。


 そんなこんなでちょっと早め、昼過ぎ1時ごろにアインスに戻ってきたら、広場の列がさらに伸びていた。


 ………………


 …………


 ……


「はい、じゃあ次の方どうぞ~」


 いくら良い陽気だからと言って、体調の悪い人を外で待たせるわけにもいかない。

 登録してないので申し訳ないところではあるが、広場に面した冒険者ギルドの一室を借りて臨時の診療所を開く事にした。部屋を借りるのに1日100G、広場で案内人をお願いするのに10G、その他もろもろ30Gほどかかった。


 ……結構持って行かれた。

 ここ数日の稼ぎで所持金が300Gを超えていたのになぁ。


「次の方、急患です。乳児、嘔吐、ステータス的に麻痺も見られます」


「急患は神殿にって言ったのにもう!」


 運ばれてきた赤子にブーストした治療キュア・シック解毒キュア・ポイズンを掛ける。MPがいくらあっても足らんぞ。


「乳児じゃ生命力活性化バイタル・アクティベートは無理か。経過観察をお願いします。親は?」


「母親がパニック起こしていましたので」


「……後で問診します。すいません、手をかけて」


 無償で手伝ってくれているギルド職員さんにだいぶ迷惑かけちゃってるな。

 教会で治療ができるため利益が少なく、あまり競争相手が居ない回復屋。そこに素人に毛の生えたような知識を持ち込んだだけでこの騒ぎ。神殿に売り込みをかけたほうがよさそうだ。


 患者としてくるのはおおむね慢性疾患の人が多い。

 おそらくはアレルギー、飲酒による内臓疾患、喘息、リウマチなどの免疫疾患、寄生虫、たまに中毒などか。

 この世界の医療は患者の要望に合わせて治療するのが基本。患者はそんな裕福じゃないから、とりあえずの痛み止めに治癒ヒールという事も多い。

 慢性疾患の場合、俺のINTじゃ根治させるだけの力は無いから定期的に通ってもらう必要があるのだけど……ぶっちゃけ、ここで医者の真似事をし続けるわけにもいかんしどうした物か。


「MPがきついので急患以外は少し待ちです。問診しますから、通してください」


 名前を聞いて、症状を聞いて、番号を振ってカルテを作る。木版にIDと名前の書いた診察券を発行するのも、この世界では例が無いらしい。治療記録位ちゃんと取ればいいのに。


 急患で運ばれてきた中で一番マズそうだったのは多分さっきの赤子。

 症状が落ち着いたので母親に話を聞いたところ、多分ボツリヌス菌中毒。ちょっと古い漫画で読んだ記憶がある。

 もう一回治療キュア・シック治癒ヒールをかけて、乳幼児にハチミツの入った食品はダメだと教えておいた。出来れば広めてほしいな。


 そんなことをしていたら、教会からの来客が来た。


「司祭のルドルフです。こちらはうちの治療師の一人でアッテナと申します。以後お見知りおきを」


「ワタルです。すいません、片手間で。ルドルフさん、以前お会いしたことが有りますよね」


 バノッサさんの事を調べに、教会に行った時に対応してくれた司祭様だ。


「そうでしたか。失礼しました。本来であればこちらが覚えておかなければならない所を」


「いいえ。たくさんの人が訪れる教会ですから、俺みたいな流れ者まで覚えるのも大変でしょう。今日はどういったご用件で?」


「腕の良い術師が回復屋を始めたと聞きましたのでご挨拶にと。失礼ですが、ワタル様はまだお若い様子。どちらで魔術を学ばれたのですかな?」


「ああ、俺の師は一応、紅蓮のバノッサさんになりますね」


「おお、あの竜殺しの賢者様の。そうでございましたか」


 あの人のネームバリューは便利。有効活用させてもらおう。


「賢者様がこの街に来られて3年ほどでしたか。幾人か弟子を育てられていると伺っておりましたが……なるほど。……ワタル様はこの街で開業医をされるおつもりですか?」


「ああ、いえ。将来的には冒険者になるつもりです。回復屋はあくまで一時的な資金稼ぎですよ」


「そうでしたか……いやしかし数日で街のうわさになる程の腕前、ただの冒険者をされるには惜しいのでは?もしよろしければ、教会で働いてみる気はありませんか?」


 ……なる程。要件はなんだろうと思っていたが、勧誘だったか。


「ありがとうございます。治療師の方を連れてきたのは、私の治療の様子を見るためでしたか」


「端的に言ってしまえば。ただ、こちらから出てきた患者さんの反応を見るだけでも、素晴らしい技術をお持ちだという事は感じることができました」


「もったいないお言葉です。……ですが申し訳ありません。先ほど申しましたように、私は治療師になるつもりも、教会に務めるつもりもありません。やらねばならない事がありますので」


 むしろこんな所で足止めを食っている場合じゃないんだよな。

 病人がいて、頼られているから回復屋をやってはいるけど、とりあえず数日の路銀は確保できているのだから、さっさと行軍の定着ランニングに努めるべきなんだ。


「……そうですか。しかし何、結論を急ぐことではありますまい?教会にも何かお手伝いできることもあるやもしれません」


「いや、まぁ……」


 教会が声を上げて魔王討伐に乗り出してくれるならありがたいんだけど。

 実際のところ、教会の上層部は教皇も含めて現状維持派が主流だ。魔王の勢力を抑え込むために配下との戦いは推奨しているが、魔王そのものに挑むのは消極的。

 むしろ中央大陸に引きこもっている間はちょっかいを掛けないように誘導している。

 シスター・グースのように協力してくれる人は少数派だな。


 ……でもまぁ、教会に協力してもらうのもありだな。むしろやって貰いたい事は山とある。

 うまーく誘導させてもらいますかね。


「それじゃあ差し当たって、ここのお手伝いをお願いできますか?」


「……はい?」


「ワタルさん、患者さんがまたかなりお待ちですよ」


「頑張っていきましょう」


 さて、お仕事再開だ。

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