第18話 回復屋を開いてみた

 ギルドでドロップ品を売却し、少し遅い昼飯を食べた後、大通りのある芝生広場の空きスペースに腰を下ろした。


 ……シスター・グース、すいません。


 収納空間インベントリを得て不要になった貰い物の革袋を敷物代わりに、ギルドで買った看板に回復屋と書いて立てる。


「さて、これで良いのかな?」


 看板には出来る魔術と金額が書いてある。まぁ、識字率は高くないから意味があるのは金額くらいか。

 あとできるのはのんびり待つことくらい。


 大通りを行きかう人は多い。この街の人口は3000人くらいだったと記憶しているけど、実際には外部からきて宿に泊まっている人たちが居るからもっと多いだろう。

 城塞都市だからなぁ。

 街の機能がコンパクトに纏まっているので、余計に人が多く見える。


 広場はそう混んではいない。

 露店を広げる物売りや大道芸をするものもいるが人数は多くない。周囲の村から商人がやってくる市の時以外はのんびりした物らしい。


「……平和だねぇ」


 秋のはじめ、暑くも寒くもなく良い陽気。

 空は晴れて日差しは気持ちいいし、広場ではしゃぐ子供たちの声もこの陽気には気持ちがいい。ん~……ぼーっとしてると居眠りしそうだな。

 懐事情が寒いので、あんまり穏やかな感じではないのだけれど、まあこればかりは仕方ない。


 道行く人はこちらを気にかけてはいない。たまに目が合う人もいるが、足早に通り過ぎていくだけ。ん~……あんまり客になりそうな人は居ないなぁ。

 まあ、病人けが人がそうそうウロウロ歩いていたりもしないか。


「……さすがに教会の前でやるのは営業妨害もいい所だしなぁ」


 不定期にしか出ない回復屋より教会での治療を受けるだろうことは想像に難くない。まぁ、それをケチって軽い手当だけして放置の人を狙っているんだけど。


 しかし、これじゃ魔術の練習にもならんな。回数使わない事には魔術操作も伸びないし、詠唱無しで使えるようにもならない。ん~……どうした物かね?

 たまに膝だの腰だのが悪そうなおじいちゃん、おばあちゃんを見かけるが、特に気にした様子は無い。ふむ。もう諦めてるんかね。


「……治癒弾ヒール・バレット


 MPがもったいないので、こっちに来そうにない道行く人を勝手に治療しよう。

 本人に気づかれないように、背を向けている人に治癒弾ヒール・バレットを打ち込んでやる。


 ほとんどの人はほぼ効果が無い。怪我ではなく病気なのだろう。

 たまに顔を上げで不思議そうにする人がいる。うん、効果は出ているようだ。


 時間にすれば小一時間。打った回数は10回にも届かないだろう。

 ……あれ?モンスター相手にするよりは頻度良いな。

 でもなぁ。治癒弾ヒール・バレットばかり上手くなってもなぁ。街行く人に攻撃魔術を打つわけにも行かないしなぁ。


「……にいちゃん。面白れぇことしてんな」


「ん?」


 見上げると40代ぐらいのがたいの良いおっちゃんが立っていた。


「暇なんでね。訓練も兼ねてるんだ。客なら安くしとくよ」


「金取るんなら辻治癒ヒールなんぞしてんじゃねぇって気もするが……まあいいか。このところ、あちこち痛くてな。治癒ヒールをたのもうか」


「まいど。……と言いたいところだけどあちこち?」


「ああ、膝だの肘だの、足先とかもだな。たまに教会にもいくんだが、あんまり変わらねぇ」


 ……ん~……それ怪我じゃなくて病気の一種じゃないか?


「動かさなくても痛かったりしません?」


「ん、ああ……そうだが、なんか問題があるか?」


「……いや、怪我じゃなくて病気じゃないかと」


「病気?はは、おもしれえな。別に怠かったり、熱っぽかったりしないぜ」


「別に熱やだるさが出るとは限りませんよ。痛み耐性とか持ってません?」


 職業によっては毒や麻痺、単純な痛みにも耐性を持つ職業が存在する。パッシブスキルとして常時発動していると、体調不良にも鈍感になるらしい。


「おう。今は引退して大工だが、何年か前まで冒険者をしてたからな。痛覚耐性ってスキルを持ってるな」


 ……それであちこち痛いって大丈夫かな。


治癒ヒールと同じ価格で良いですから、治療キュア・シックにしときましょうか」


「ん、まあ、今はほとんど痛くないしな。いいぜ」


 一応、自分に魔力強化マナ・ブーストをかけてから治療キュア・シックを使う。


「……特に変わった感じはしねぇな?……痛みは引いた……っぽいな」


「何日か様子を見てください。……お酒飲みます?たぶん飲むなら少し控えたほうが良いですよ?」


「無茶言うんじゃねぇよ。1日の楽しみだぜ」


「なら、せめて泥酔して酔いつぶれないようにしてみてください」


「ん、まぁ、気には止めてやるよ。あんがとな」


 お代の2ゴールドを受け取って、初めてのお客さんを見送った。

 ……もしかして、潜在的な病気の人いたりするのかね。慢性疾患とか治療せずに放置している人、居そうだな。


 集合知の知識だと、治療キュア・シックは熱病とか疫病とかに使われる魔術らしい。さっきのおっちゃんが言っていた通り、この世界の“病気”のイメージはそっちらしいな。

 ただ、魔術を研究している人たちの記憶を見ると慢性的な痛みや疲れにも効果があるって報告をしてる。


 魔術の効果がもっと詳細に分かればな。地球の知識と結び付けたらお金にならないか。


「お兄さん、ちょっといいかしら?」


「はいはい、いらっしゃい」


 次に話しかけてきたのは20代後半くらいの女性。


「洗濯しても落ちなかった服の染み抜きって出来る?もしできるならお願いしたいんだけど」


「たぶんできると思いますよ」


 清潔クリーンをそうやって使っているって情報がある。人の身体を清める時みたいに全身にかけるんじゃなくて、汚れた部分にピンポイントでかけるのがコツのようだ。


「取りに戻らないといけないのだけど、しばらく居る?」


「ええ、日暮れまでは居ると思います。明日以降もいる予定ですから、その時でも大丈夫ですよ」


「あらそう?分かったわ」


 清潔クリーンは安くないのに、わざわざ服を綺麗にしようってのは結構裕福な方なのかな?それか思い出の品とか、そんな感じか。

 ……ちょっと練習しておこうかな。汚れなのか服の繊維や色なのかって、うまく見分けられるか不明だし。


 収納空間インベントリから布袋を取り出して清潔クリーンを掛けてみる。色落ちした感じはしないな。ただ、きれいになったかも微妙。

 えーっと……ああ、油分の分解、泥汚れなどの除去なのか。集合知の情報では、あまりひどい泥汚れは落とせないみたい。清潔クリーンを使って服の洗濯をする場合、一度ある程度きれいにしてからがいいみたいだな。


「ちょいと良いかな?さっき火傷をしてしまってね」


 それからもちらほらとお客さんが来て、なんとかその日の分の宿くらいは稼ぐことができた。

 食費も入れるとトントンだなぁ。

 1日中こっちの仕事をしても儲けが増えそうな感じでもないし、なかなか金を稼ぐのも難しいね。

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