第16話 道標を示してみた

「……その名前、どうやって知った?」


 バノッサさんの目がギラリと光る。

 おお、こわいこわい。……いや、マジで怖いから詰め寄らないで。おれパンピーデスヨ?


「神のお告げ、ですかね」


「天啓ってやつか? 確か教会のやつらが受ける加護にそんなのがあったな」


「まあ、そうです」


 実際には集合知(300年版)の先取りみたいなところがある。

 毎回、調べ物の度に教会で神様召喚するのは面倒だし、あっちもそんなに暇じゃないっぽい。


「便利なもんだな。それがどうしたっていうんだ?」


「……バーナード・ウィルスは生きているのでしょう?」


「そんなことも分かんのかよ」


「調べました。基本的には死んだことに成ってますけど、実際は氷竜の巣で氷漬けになってまだ生きていると」


「ああ……そうさ。あいつはまだ生きている!氷漬けで、身動き一つ取れず、死んでるみたいだが……生きてんだよ。魔力を見りゃわかる。ステータスだって凍結じゃなくて封印だ!あんな状態でも生きてんだよ!」


 吐き出すような叫び。……うぁ、こっち注目浴びてる気がする。

 トレーナーさんが口を挟むか迷ってる風な感じ。来なくていい、来なくていいから。


「だけど……俺じゃあダメなんだよ。ダメだったんだよ!……届かなかったんだよ」


 バノッサさんは人目を気にする様子が無い。

 あー……こりゃ完全に語りモードに入ったな。別にそういうのは要らない。めんどくせぇなぁ。


「対氷の防御は完璧だった。フロストドラゴンのブレスを、俺の炎の守りは防ぎきっていた、なのに!あれは最後の最後で!……あいつは、俺の前に立って“永久の氷獄”を受けて!……解呪だって何度も試した。馬鹿な手段だが、炎の術で氷を解かせないかも試したさ。でも、ダメだった。何をやっても俺の力じゃ届かなかったんだよ」


 うわぁー、やばいね。めっちゃみられてる。場所をここにすべきじゃなかった。

 せめて人のいない丘の上とか崖の上とかにすべきだった。さすがに酒場じゃアレかと思って、街中でスペースのあるところを選んだけど、ここも全然人いるし。


「あ……盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっとテンション落として。ドウドウ」


「……いっぺん焼き殺したろうか?」


 なまってる。変な方言出てる!


「……それで素質ある人間を探して、大賢者まで育成して解呪させよう。ってことですよね」


「……ああ、その通りだよ。相性の良い炎の術でもダメ。解呪が得意な神聖魔術系統の術師でもだめ。ニンサルの大賢者を訪ねたが……たかだか一冒険者の救助には動けないとさ。だが、魔術師ギルトに本籍を移すことを条件に復唱法を教えてもらった。……自分で育てろとさ」


「なるほど。それで冒険者ギルド所属じゃなかったんですね」


「そうさ。その後は才幹の水晶で適性がある人間を育てるを繰り返した。大賢者になるには最低でも6属性のうち4つの適性が必要。そんな奴そうそういねぇ。適性値ぎりぎりの能力は診断にばらつきが出るから、2属性、3属性のやつらは育てた。独り立ちした後は、4属性のやつを見つけてくれって頼んで、水晶球も譲った。だがさっぱりだ。それでもう8年か」


 そこに全適性持ちの俺が現れたと。まあ、飛びつくのも無理はないね。


「もう一度言う。いや、頼む。大賢者に成れ。なってくれ。あいつを助けてくれ」


その問いかけに俺はゆっくり首を振った。

そもそも、


「俺は賢者にはなりませんよ。いや、将来取ることもあるかもしれませんが、今目指すつもりはないです。……それに大賢者じゃ、バーナードさんは助けられません」


「……どういうことだ?」


「言葉通りの意味ですよ。永久の氷獄はの封印じゃない。あれはの封印です。6属性の終着点である大賢者じゃ解呪できない」


 見た目氷っぽいので氷属性と勘違いされたっぽいけど、過去の研究資料にはちゃんと時魔術の一つとして記録が残っている。王立図書館とか時魔術師の塔とかの禁書区画にある資料だから、ほぼ知られていないけど。

 ……この本を読んだの誰なんだろうな。


「……ばかな……それじゃあ」


「ええ、バノッサさんの努力はちょっと方向違いですね」


 こればかりは仕方ない。情報は使ってこそ価値があるが、使う能力がある者のところに届かなければ効果を生まない。

 集合知が無ければ、俺だって気づくことは無かっただろう。


「だけど、運は悪くない。俺に力を貸すなら、道くらいは示してあげましょう」


「……お前……何者だ?リターナーなんて名字聞いたことが無い。それにしちゃ、知識も、ステータスも異常だ?悪魔か、魔族か……それとも凄腕のペテン師か?」


「またずいぶんな。……言ったでしょ。魔王を倒すと。……本気ですよ」


 この世界で魔王を倒そうと思っているものは、実は圧倒的に少ない。

 金の魔王が掛けた呪いは確かに強力で世界を蝕んではいるけれど、中央大陸の奥地に引きこもっている魔王をわざわざ倒しに行こうと思うものはそうそういない。


 そのうえ、この世界の経済にはすでに魔物とそのドロップが組み込まれてしまっている。

 事故で散逸した貨幣や美術品。自然に発生する珍しい植物や、地下に眠る貴重な鉱石。そう言ったものをから生まれる魔物を倒し、採取することで経済が回っている。


 その屋台骨となっているのが金の魔王だ。世界経済を破壊してまでそれを討とうと思ってるやつがいたら、それこそ魔王だろう。……勇者として送り込まれた俺が言う事じゃないな。


「そうだ。なんなら教会で神に問いかけてみればいい。加護が無くても、答えがある程度予想が付いてる内容なら答えてくれますよ?」


飛行フライ!」


「はやっ!?」


 バビュン!っと効果音振られそうな速度で飛び立っていった。……いいなぁ、あれ。

 MPの消費が高さ過ぎて俺じゃ使いこなせないけど、ああいうのでお手軽に移動できるようになりたい。


「……しかしこれ……待ってなきゃだめよねぇ」


 幸いにして、10分ほどで戻ってきた。


「事実だった。騙されてないかと対魔魔術もかけたし、司祭に解呪も片っ端から頼んでみて、ついでに代わりに問いかけてもらったが、結果は変わらなかった」


「……それだけやってこの短時間に戻ってこれたことに驚きます」


 頼んだんじゃなくて脅迫したんじゃねぇか?


「そこまで言うってことは、解呪の仕方も知ってるのか?教えろ!……いや、教えてください」


「別に構いませんけど……でもタダでというわけには」


「何が望みだ?できる事なら何でもするぞ」


「ん?今何でもするって……いや、ネタを挟んでも分からないのはわかりましたから睨むのやめて」


 めっちゃ目立ってるしね!


「まあ、交換条件は後程。永久の氷獄を解呪するなら、時の賢者に頼むのが良いです」


「時の賢者?……名前から言って、時魔術系統の賢者だな?聞いたことは無いが」


「俺も現存するかは知りません」


「……適性も聞いたことが無いぞ。俺も持っていない。居るか分からない奴を探せというのか?」


「いや、居ないんじゃないですかね?」


 昨日、天啓の最後に聞いてみたんだが、素質の適性ってのは神の加護だ。

 地球生まれの俺にこっちの世界の適性があるのはおかしいと思ってたんだけど、これは後天性で神様に認められた人がもらえるわけ。


 生まれた時にだいたい1つ2つはランダムでもらえるけど、あとは成長環境によって付け足される。

 農家の子は農夫ファーマー、漁師の子は漁民フィッシャーマンが付きやすいのはこのため。まじめに生きてると、大体は自分が積み重ねてきた仕事の系統で最低限の素質貰える。


「どうしろっていうんだ」


「素質……適性は後天性です。条件をそろえて時の神にお願いすれば手に入りますよ。なんならこれも天啓で……」


「フラ!」


「後にしなさい!」


 飛び立とうとするバノッサの目の前に剣を突き立てるとさすがに驚いたのかうなづく。

 ……くそ。当てるつもりだったのに簡単によけられた。


「適性を得るには、ニンサルの時の塔に安置されている時のクリスタルに祈りを捧げればいい。そこで適性を得た後、この国、クロノスにある時間迷宮の中間地点にある像の前で祈りを捧げれば、時の賢者に成れます」


 もともと賢者系の条件を満たしておく必要はあるけれど、転職条件はそうきつくない。

 中間地点までは踏破済みで、時魔術師の最終試験的な位置づけだから、毎年いくつかのパーティーかは到達している。

 火属性でも属性賢者であるバノッサさんならまあ、何とかなるだろう。


「時の賢者になった後は、いくつかレベルを上げれば永久の氷獄と同じ魔術を覚えます。そしたら解呪もできるでしょう」


「……お前ならニンサルに行かなくても時の賢者になれるんじゃないか?」


「気づきました?いやですよ?転職条件、賢者系とそんな変わらないんだから。俺のステータスからまじめに目指したら2~3年コースじゃないですか」


 プレイ時間が長すぎる。

 ゲームってそんなクリアまで何時間もかけるようなもんじゃないよね? ゲームみたいな世界なんだから、サクッと3か月くらいで何とかしたい。


「問題は適性をもらうところですね。ぶっちゃけ、バノッサさんが他人にお願いするのはやめたほうがいいでしょう。どっちも適性を永遠に失いますよ」


 必要なのは神様に気に入られること。


「……祈るだけじゃダメなのか?」


 時の神はすべてに平等。

 このクロノス王国がその名を掲げて、すべての種族に平等を謳っているように。分け隔てなく……加護を与えない。

 だから、その寵愛を受けるには対価と覚悟が必要だ。


「……10年」


「10年?10年祈れと?」


「いえ、10年時間を差し出してください」


 一言でいえば寿命10年。時の神の寵愛を受ける対価。


「わかった。それくらい問題ない」


「今から一気40半ばまで老け込みますけど?」


「……問題ない」


 あ、ちょっと迷った。まあ、そう言うなら構わないか。

 この話には実は裏がある。誰の知識か知らんけど、かつて同じ方法で時の賢者になったものがいたらしい。

 そして……この裏話を知っていると、多分適性をもらえないから話せない。


 まあ、大した事には成らないだろう。


「俺に教えられるのはこれ位です。後はバノッサさんの頑張り次第、ですかね」


「……わかった。まだ不安もあるが……あとは自分で何とかしてみるさ」


「ああ、時の適性については出来る限り調べないほうがいいですよ。マジで。そんな情報落ちてないですけど、禁書区画に侵入して漁ったりすると目にするかもしれません」


「いや、そんな非常識なことしないだろ」


 しないかー。


「それより良かったのか?こんな全部話しちまって」


「ええ。まぁ、頼みたいのも大した内容じゃありませんよ。魔王と戦うとき、力を貸してください。無理でもまあ、邪魔しなければオーケーです」


「……それを大した内容じゃないというかね?……まあいいさ。必ず力に成ろう」


「……ありがとうございます。……ああ、それともう一つ」


 どっちかって言うと、こっちのほうが切実なお願い。


「なんだ?」


「お金になる魔術を教えてください」


 そろそろ路銀が尽きそうだった。

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