第15話 訓練がてら切り出してみた

「いよう。またけったいな面して飯を食ってるなぁ、ワタル」


「……まさか3日目で宿まで押しかけてくるとは思ってませんでしたよ。バノッサさん」


 ストーカーにしても展開が早い。


「そう言えば今日の予定を聞いていなかったのを。思い出してな」


「そりゃまあ、言ってないですからね」


 どうせ付きまとわれるなら、せめて可愛い女の子が良かった。

 何が悲しくて30過ぎたおっさんにストーキングされなきゃならんのだ。


「まあ、初心者ノービスLv10になったんだから転職だろ?弟子の晴れ姿も見たいしな」


「いや、弟子になった覚えはないです」


「ははは、何をいまさら。照れなくてもいいんだぞ。師匠と呼んでくれ」


「呼びません」


 一度この人の頭の中がどうなってるのか見てみたいね。


「……注文」


「日替わり朝定食1つ。よろしくお嬢さん」


 一向に席につかないバノッサさんに痺れを切らしたのか、目つきの悪いウェイトレスのお姉さんが催促に来た。全く動じる気配は無い。


「それで、何の職業に転職するんだ?性格からいって神聖術師ってガラじゃないだろ?素直に魔術師か……それとも魔導士系か?」


「何で術者限定なんですかね。違いますよ」


 転職はいくらでもできるから時間さえかければ複数の職を極められるが、やみくもにやっても効率が悪い。

 いくつか必須と思われるスキルや魔術があるので、まずはそれを覚えられる職業からだ。


「とりあえずは運搬者キャリアーからですかね」


 STR、VIT、AGIに成長補正のある一般職。名前の通り荷物運びをする人だな。

 長期移動をする商人や冒険者グループに付き添ったり、都市で荷物運びや積み荷の上げ下げなんかをしてる。たまに単独で都市間の輸送を請け負う者もいる。


「……正気か?」


「もちろん」


運搬者キャリアーなんて小間使いが良い所じゃねぇか」


「職業差別はいけませんよ」


「……魔術師に成れ」


 ……まあ、そう言うと思ったよ。


「なぜですか?」


「その才能を一番行かせるのは魔術師だ。……いや、賢者だというべきだな」


「……できる事が多いのは知ってますよ」


 賢者系は魔術師系統のバランス型だ。レベルで複数の属性の魔術を一度に覚えるし、STRとVIT以外には成長補正が付く。

 攻撃も、補助も、回復もこなし、冒険者としての戦闘面ではどんな局面でも対応できるし、生産系のスキルも使えるようになる。

 ソロでもパーティーでも活躍できるチート職の一種だな。


 その分、適性が珍しく、しかも転職に適性が左右されるから数が少ない職種でもあるが。

 剣士ソードマンになるのに剣士ソードマンや剣術の適性は要らないんだ。でも、賢者はそれが必要。それだけでハードルの高さがうかがい知れる。


「率直に言うぞ。お前のその才能、俺が伸ばしてやる。その素質があって、俺が10年……いや、すべての力を注いで5年で大賢者までたどり着くことができるだろう」


「……ずいぶんと高く評価されましたね」


 実際のところ、バノッサさんのパワーレベリングと俺の集合知を使えばもっと早く大賢者に成れる可能性はあった。

 そうなれば生活は安泰だ。どっかの国にでも勤めて、老後まで左うちわで生活できるだろう。


……だけど、それじゃあダメなんだ。


「……俺は地球に帰りたいんですよ」


「ちきゅ……?なんだって?」


 大賢者では金の魔王に届かない。それはもう判明済みだ。

 この世界の誰かが成れるルートをなぞって魔王が倒せるくらいなら、アレはとっくに滅ぼされているだろう。


 集合知は様々な情報を与えてくれるが、俺にとっては最終的には“ダメな情報”の集まりでしかない。

 そこにある情報だけでは届かなかったから、魔王はいまだに健在で、世界は滅びへと進んでいる。

 俺がやらなきゃいけないのは、集合知で得られるすべての情報をまとめて、人が気づいていない隙間を縫って、そこに記載されていない、さらに先へ進むことなんだ。


「ギルドの訓練所で体を動かしてます。食事が終わったら来てください」


 自分の皿が空に成ったので席を立つ。


「あ、おい!」


 振り返るつもりはない。やらなきゃいけないことはいくらでもあるんだから。



□冒険者ギルド訓練広場□


 ギルドの訓練広場は、広く一般に公開されている。

 冒険者というと荒くれ者で訓練などしないイメージだったのだが、この世界ではそうでもないらしい。


 レベルと職業によって魔術やスキルを習得する環境では、始めて覚えたものを安全な場所で試してみるのは必須だし、ステータス以外にも数値化されていないスタミナ強化は重要だ。

 筋力トレーニングも、剣術や槍術の型の訓練も価値がある。むしろスキルで覚えた系統の技術は、反復訓練して体にしみこませてこそだし、それは実践では効率が悪い。


 そんなわけで訓練所にはそれなりの人がいて、思い思い自分で身体を動かすもの、ギルド所属のトレーナーから指導を受けるものと様々。

 そんな人たちに交じって、俺は剣を振るっていた。


「……きっつ」


 準備運動の後、走り込みから筋トレ。そして素振り。

 ぶっちゃけ30分でへとへとだ。体力が無い。スタミナに成長ボーナスを振りたいぜ。


「ずいぶんと地味な努力をするんだな」


「……体力作りは基本でしょう?」


 素振りをしながら視線を声の方に動かすと、バノッサさんが肩をすくめたポーズで立っていた。


「賢者なら自前の魔力で身体能力強化もできるぜ」


「魅力的な案だけど、魔術で能力を上げでも感覚が付いてこないだろう?」


 魔術師系の基本的な役割はやはり砲台だ。

 周りからの支援を受けて、強力な一撃で敵を屠る。確かに、ある意味一つの究極系ともいえる。


運搬者キャリアーになんかなってどうすんだよ? あんな危険なレベル上げ実行する奴が、まさか街中で一般職として暮らします、なんて言わないよな?」


「……魔王を倒す」


「……は?」


 俺の言った言葉の意味が理解できなかったのだろう。しばらく考えたのち、半笑い、半真顔といった、どう返したものかわからないという表情になった。


「ずいぶん大きな冗談だな。……ははは……本気で言ってるのか?」


「本気ですよ」


 俺の持ってる素質を知っているバノッサさんには、単なる冗談とは受け取れなかったのだろう。


「……その素質で倒せると思っているなら、無謀としか言えねぇな」


「素質だけなら無謀でしょうね。だから、現実的に倒す方法を模索するんでしょう?」


「その一手が運搬者キャリアーだってか?」


「試行錯誤のひとつですけどね。まぁ、無駄にはならないので。……俺より、バノッサさんこそ、なんで俺を魔術師にしたいんです?」


「なんでって……そりゃ、こんな世界だ。素質ある若者を育てるのは当然だろう」


「へぇ……」


「何だよその眼。文句があるってか?」


「……フロストドラゴンの討伐」


 さすがに腕が上がらなくなってきたので、剣を地面に突き立てた。……また筋肉痛だな。


「…………なんだ、知ってたのかよ」


「ギルドで聞きましたよ。それまでは全く」


「ギルドなら、うわさも聞いたか?」


「一応は」


「別に隠すこっちゃねぇ。噂通りだよ。俺は仲間を守れなかった。だからせめて、俺より下のやつらに同じ思いをさせないよう……」


「嘘ですね」


「あん!?」


 どうやら癪に障ったらしい。

 まあ、あって三日の俺にそんなこと指摘される覚えは無いといったことだろう。こっちもストーキングされるいわれは無いんだけど。


「俺は絵物語を読んでいないので、どういう美談になっているのか、あまり知らないんですけどね」


「……どう言うこった?」


「言葉通りの意味ですけど」


 ……まあ、なんだかんだたくさん魔術は教わったし、優秀な賢者であるなら、今後力を借りる事もあるだろう。


「魔王を倒すと言ったでしょう?……どのくらい本気か、その一端を少しだけ見せましょう」


「……?どういう意味だ?」


 力を貸すのもやぶさかではない。


「……永久の氷獄」


 バノッサさんが息をのむ音がはっきりと聞こえた。

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