第13話 バノッサの過去

 その日の夕暮れ。

 『10レベル到達記念に打ち上げでもするか?』と誘ってきたバノッサさんを疲れたと断って、冒険者ギルドに顔を出す。


「すいません。以前魔術教室の紹介をしていただいたのですが、その時に紹介状を書いてくださったリリーナさんという方いらっしゃいませんか?」


 総合案内でそう訊ねると、しばらく待たされた後、一昨日対応してくれた栗毛の受付嬢がやってきた。


「ああ、先日の。ようこそ、冒険者ギルドへ。いかがいたしましたか?」


「先日は魔術教室のご紹介ありがとうございました。……それで伺いたい事がありまして」


「何でしょう?」


「……バノッサさんって、どういう方なのですか?」


 その問いかけに彼女は首をかしげると、しばらくして思い当たる節があったのかぽんと手を打って、


「受付を封鎖しているのはまずいのでこちらへどうぞ」


 ギルドの奥、応接スペースへと通してくれた。


「おかけください。バノッサさんについてでしたね」


 パーティションで区切られた4人掛けの席に腰を下ろす。静かな空間だな。何か魔術的なが施工がされているのだろうか。


「なにか問題がありましたか?」


「いえ、問題は……まあ、あるっちゃあるのですが、ずいぶんと丁寧に教えてくれてはいます。ちょっとおせっかい過ぎますが」


「……なるほど。ワタル様はバノッサさんの事、聞いたころとはありませんでしたか?」


「……?いいえ?」


「紅蓮のバノッサ。または竜討伐者ドラゴンスレイヤーのバノッサ。という名前もご存じない?」


「残念ながら」


 またすごい二つ名が出てきたな。


「そうですか。……面倒見が良くて困るという事であってますか?」


「そうです。教室に行ったら、授業料は要らないと言って、かなりの数の魔法を強制的にさせてきました」


「……まったくあの人は。借金を返す気はあるのか。まあ良いです。ワタル様は適性豊富でいらっしゃったのですね」


 ……?どういう事だろう。

 今の流れで適性の話が出てくるってことは……あの人、初犯じゃない?


「ええ、そのようですが……以前にも?」


「察しが良くて助かります。バノッサさんのところは1か月教室ワンマンス・スクールという二つ名がつくほどの教室で、ひと月通えばどんな素人でも魔術を覚えることができる。そう言われています」


「へぇ……それはすごいですね」


 復唱法を知っているなら、適性がある者には10分で、無くても数日で発動までは教えられるはずだ。

 一か月というのは、きっと復唱法に気づかせないためだろう。週2とか言ってたしな。


「個別はやはりお値段がかさむのと、普段あまり親身になって教えている風ではないので評判が今一なのです生徒さんは多くありませんが……優秀な方であるのは間違いありません」


「親身になってない?」


「1時間の授業時間のほとんどは煙草をふかしているバノッサさんの前で暗唱するだけ、だそうです」


 ……教える気ねぇな。

 復唱法を使うと早く覚えすぎるからその対策か。


「まじめに教えてくれればもっと早く覚えられるんじゃないかと」


「手を抜いているとみられているわけですね」


「ええ。結局覚えられるならいいんじゃないかとお思うんですけどね。まぁ、早く覚えられるなら授業料を下げてほしいという人もいるみたいです」


 ……なんつーか、あっちでも聞いたような話だな。


「それはさておき。ですが、バノッサさんが教えたがる生徒もいます」


「……素質がある者ですか?」


「はい。バノッサさんがこの街に来たのは3年ほど前ですが、貴方の前に教室に通った生徒で一人、孤児院の子供で二人、それに駆け出し冒険者に一人、労力を惜しまず魔術を教えておりました」


「へぇ……ただの気まぐれじゃないんですね」


「夕方から夜にかけて、街中で素質判別の水晶占い屋をしていたり、水晶片手に勝手に夜の酒場で酔いつぶれた他人の素質を覗いて回ったりしています」


「ヤバい人ですね」


「ヤバい人です」


 フード付きローブで顔を隠し、水晶片手に酔いつぶれた人の周りを転々としていくバノッサの姿が頭をよぎった。

 不審者もいいとこだし、勝手に他人の素質を盗み見るとかなかなか高レベルのプライバシー侵害だ。


「その奇行と、最初に聞いたバノッサさんの二つ名に関係があるのですか?」


「ワタル様も容赦のないお人ですね。紅蓮のバノッサ。10年ほど前に中央大陸で活躍していた冒険者の一人です」


 金の魔王が住む中央大陸。

 市民の間では魔王直轄地のようなイメージがあるが、実際には広大な土地で人が住まう都市国家がいくつも点在している。

 バノッサさんはそんな中央大陸で魔物と戦い、力と名声を手に入れたらしい。

そしてその集大成が。


「氷竜・フロストドラゴン・フェンリルの討伐です」


 フロストドラゴン・フェンリル。

 俺の知識ではまだ健在。金の魔王が作った魔物ではない……純然たる魔物。1000年前より生きているとされ、中央大陸南部の永久凍土・フラウ連山に居を構えた氷の化身。

 何十年かに一度の頻度で山を下りてきては、あたりの生物を食い散らかす脅威。


 ……いやまぁ、生物としては普通だし?体長を考えると圧倒的に食う量少ないっぽいんで、人のうわさよりは平和的な生き物だと思うのだけど。

 魔物も家畜も人も問答無用で襲うからなぁ。襲われるものはたまったものではなかっただろう。


「バノッサさん達は氷竜を打倒しました。……ただ、その戦いで仲間の一人を失ったと聞いています」


「仲間を」


「それが切っ掛けで氷竜の討伐で名声を得た彼らはパーティーを解散し、今は散り散り。ほかのメンバーは他国のギルドの要職や軍に勤めていると聞いておりますが……それからです。バノッサさんは私財を投げ打って何かを探し始めたと」


 何かを……か。

 こういう場合、死者を生き返らす秘宝とか、過去を変える秘術とか、そういうものが定番だけど。

 ……魔術が存在する世界ではあるけど、そこまで便利なものは存在しない。それは賢者であるバノッサさんが一番わかっていそうだけど。


「……バノッサさんが探しているものと、彼の奇行に関係はあるのでしょうか?」


「それは私にもわからないです。私も少しお世話になったことが有るくらいですから。……でも、ギルドの皆は『バノッサさんが後人の育成に力を入れる事で、仲間を守れなかった自分と同じことが起きないよう願っている』そう話しています」


「……バノッサさん、冒険者ギルドの所属じゃないんですよね?」


「はい。冒険者を辞めた後、ずっと魔術師ギルドに席を置いていることに成っています。あちらはこっち以上に疎遠のようですが……」


「そうですか」


「ちなみにこの話、『氷竜の討伐』という絵物語に書かれていますよ。結構有名な英雄譚です」


「……そうですか」


 本格的に知識の補充をした方がいいな。

 集合知は便利な能力だけど10年以上前の知識だけだとこういった部分が弱すぎる。


「ありがとうございました。話が聞けて良かったです」


「いえ。……もしよろしければ、バノッサさんに付き合ってあげてください。悪い人ではないのですから」


「はい。こちらとしてもありがたい話ですし……そうそう、もうすぐ転職できそうなので、そうしたらまたお世話になりに来ますね」


「お待ちしております」


 軽く頭を下げてから、リリーナさんに見送られてギルドの建物を出る。


 ……見た目不良のあのおっさんにそんな過去があったとはね。

 しかし……素質ある人間を好んで教え込んでるっぽいのが気になるな。


 自分の無念を後人の育成で晴らそうっていうなら、むしろ素質のない人間のほうがよっぽど危険なのだからそっちに力を入れる方が腑に落ちる。

 ……こう、なんでも裏を読もうとして素直に受け止められないのはダメだな。

 集合知で色々と知っているせいで、どうしてもひねくれた考えになる。


 ……次、行ってみるか。

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