第9話 下準備を始めてみた

 初心者ノービスがレベル3で覚えるスキルは小発火マッチ、レベル4で覚えるスキルは松明トーチ

 小発火マッチは小さな火を起こすスキルで、松明トーチは熱を持たない明かりを一定時間灯すスキルだ。

 どっちも魔術の範疇なんだけど、初心者ノービスのスキルとして使うとMPを消費しないのでスキルってことに成っている。


 便利なのだが、残念ながら戦力にはならない。そしてそろそろ伸び悩んでくるレベル。


「……やはりチートが必要だよな」


 この世界の人は生まれてから15年かけて初心者ノービスを卒業する。

 現在の凪の平原で魔物と戦っているのは、後1とか2でレベル10に到達する、そういう人ばかりだ。しかも一般職になるつもりの人が多い。

 冒険者になるつもりで体を鍛えているなら、あそこの魔物は経験値が少なくて効率が悪いからな。


 俺はと言えば、はじめっから魔物とやりあうつもりの方々の真似をするわけにはいかない。なんかステータスは伸びてるけど、中身はてんで普通の文明人だ。


「とりあえず街に戻って……清算して、買い物と……魔術教室かな」


 時計があれば12時を指しているだろう頃合にはアインスの街に帰り着いた。

 門番の兄さんに簡単な挨拶をして、再入場用の木型を返却する。通行税が無いのはありがたいな。あったらあっという間に干上がっていまう。


 まずは冒険者ギルドの買い取りカウンターでドロップ品を清算

 昨日の分と合わせてガラス片や食料品を売り払う。占めて7ゴールド。飯代くらいにしかならない。


 飯はチャチャっと食える屋台の串焼きと饅頭で済ませ、ついでに肉屋で乾燥させた鶏ガラを買う。煮て出汁を取り、その後は砕いて畑の肥やしにする為の物を譲ってもらった。

 そして昼飯と鶏ガラでさっきの7ゴールドは消えた。世知辛いぜ。


「ええっと、バノッサさんだっけ?……名前入れて看板だしておいてくれりゃ良いんだけど……」


 多くの手荷物が鶏ガラに変わったところで、魔法教室を探す。順番間違えたかなぁ。でも、夕方になると肉屋閉まるしなぁ。


 ん~……ここか?

 石造り2日建てのアパートの一室。階段のところに看板が出ている。登ってみると一番奥の部屋にも同じ看板が掛けてあった。間違いないようだ。


「すいません~。いらっしゃいますか?」


 ノックをしても返答はない。留守かな?営業時間が書いてないのは不便だな。つーかネットが使いたい。


「……うるせぇ!入ってきな!」


 ドアにしばらく8ビートを刻んでいると、中から怒鳴り声が。おっと、いたのか。


「……お邪魔します」


 中に入ると、8畳ほどの部屋の奥、ぼろいベッドの上で赤毛無精ひげの優男がこちらを睨んでいた。高くみて年齢は30代前半って言ったところ。切れ長の三白眼には生気が無い。


「うちはいつでも開店休業だ」


「それ、使い方間違ってますからね?」


 店開けてんなら働けよ。

 おっさん――さすがに青年という歳には見えない――は枕元に置いてあった灰皿からよれよれのタバコを取り出して火をともす。部屋の中の妙な臭いはそれか。


「魔術教室をやっていると聞いてきたんですけど」


「……俺んとこに来るとは誰の紹介だ?マリーか、デイジーか……ベルベットか?」


「ギルドで聞いたんですよ」


 紹介状を渡すと、乱暴に開いた挙句渋い顔をする。……この人のどこが“ちょっとぐーたら”でどこが“面倒見のいいひと”なんだろうな。


「……どんな魔術が知りたいか知らんが、教えられるかは分からんぞ。後、1日1時間50G。月額なら週2で200Gだ」


「5分でいいから10Gに負けてくれ」


「……あほか」


 心底あきれたような顔をする。


「覚えたいのも、初級の魔力強化マナ・ブーストですよ。使えるでしょう?」


 魔力強化マナ・ブーストは術者のINTに補正を加える初歩の魔術だ。魔術師系の職業なら皆低レベルで覚える。


「そんなん、ギルドの講習受ければいいだろ」


「まじめに受けてたらひと月かかるでしょう。ちゃっちゃと覚えたいんだ」


「……どっちにしろ5分で覚えられるようなもんじゃねぇ」


「復唱法を使うから問題ない」


 そういうとおっさんの細い目が更に細くなる。


「……どこで知った?」


「ちょっとした伝手で、ですよ」


 ……知ってる人だったか。こりゃ、知識を教えて割り引いてもらうのは無理かな。


「……魔力強化マナ・ブーストを覚えたいって事は、魔術の使える戦士系か?」


「残念ながらまだ初心者ノービス。神聖術士あがりの修道士シスターに同じ方法で聖衝弾ホーリー・バレットを教えて貰ってるから、それを強化したいんだ」


「……ステータスを見せな。秘匿無しでだ。知ってるか分からんが、真贋を使えるから、隠してたらわかるぜ」


 うわ、そう来たか。秘匿無しだと鑑定済みの素質とかもろバレなんだよな。さすがに全職・全技・全魔術適正とか頭おかしいんだけど、それより異能と集合知がやばい。

 ……いや、行ける。集合知の情報だと、真贋は使用者が『隠しているんじゃないか?』と思うことすら出来ない情報については見分けられない。また、加護は内容に問わずスキルや魔術の対象にならない。


「必要ですか?」


「どうせ適性が無けりゃ復唱法でも5分じゃ覚えられねぇよ。うちはそういうのも兼ねてる」


「いや、適性があるのはわかってるんだ」


「なおさらだな。ニンサルの連中や魔術師ギルドが秘匿している方法を知っていて、わざわざこんな場末の教室に来るような奴だ。簡単には信用できないな」


「……わかったよ。ステータスオープン」


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名前:ワタル・リターナー

状態:健康(18)

職業:初心者ノービス

レベル:4(ボーナス:3)

HP:10

MP:14

STR:12

VIT:12

INT:12

DEX:10

AGI:11


ATK:11+20

DEF:1

素質:全職種適性,全技術適性、全魔術適性

スキル:魔力操作Lv1,投石,小発火マッチ松明トーチ

魔術:神聖魔術Lv1

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 意図的に加護と異能を隠匿してステータスを表示する。この十数年で俺の知らない看破術が生まれていたらまずいけど、どうだ?


「リターナー?……聞いたことのない名だな。18?いや、どう見ても……レベルも低いし…………」


 その視線が素質の部分で止まる。


「……バノッサさん?」


 食い入るように画面を見つめるその眼は微動だにしない。

 ……瞳だけじゃない。まるで時間が止まってしまったかのように、呼吸すら忘れているように感じられた。


「……冗談きついぜ」


 どのくらい時間がたっただろう。かすれ切った声でそうつぶやくと、すでにほぼ灰だけとなった煙草を灰皿に押し付けてこちらを見据えた。


「……紹介状はリリーナからだったな。ステータスを見せたか?」


「まさか。見せたとしても隠しますよ」


「……そうか。まぁ、異常だって認識はあるか。……それがマジか、試して見たくはあるな。よし、魔術は教えてやる」


「ありがとうございます」


「ただし、俺に付き合え」


「俺はノンケです」


「ちげぇ!!俺『に』だ!シームレスにその解答ってどいう言うことだよ!?」


 ……何がいけなかったんだろうか?


「てめぇのその全適性が事実か見極める。金は要らねぇ。ついて来な」

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