第4話 魔術というものを覚えてみた

 シスター・グースの暮らす集落までは歩いて2時間、距離にして10キロほどだった。

 ただ、舗装されていない山道を速足ペースでひたすらに歩き続けるのは辛い。結構な年齢に見えるけど、かなりの健脚だ。

 まあ、ステータスの差もあるのだろう。老化によるステータスダウンは当然起こるが、元が高ければ初心者ノービスの俺よりずっと身体能力は高いはずだ。


「グースさんはずっと修道士シスターをされているんですか?」


「私も昔は神聖術士をしておりましたよ。けれどこの年齢ですからねぇ。今は村で細々と教鞭を振るっております」


 ええっと……神聖術士は主神・光のアトランテの加護を受ける魔術師。不死者に特に効果を発揮する攻撃魔術と、ステータス強化の補助魔術、治癒や解毒などの回復魔術を満遍なく使いこなす職業。

 修道士シスターはステータス強化の補助魔術、治癒や解毒などの回復魔術の性能が低いものの、何かを教えるときの習得速度補正や、話した相手の悪意をやわらげ取り除くスキルを有する職業。


 なるほど。前線で戦わないなら修道士の恩恵も大きいな。

 この手の職業はレベルが上がりにくい問題があるっぽいけど、解決策もいくつかあるし、退職時期になったらこういった裏方の職業に就く人も多いようだ。


「どうぞこちらへ。あばら家ですが、雨風くらいは防げますよ」


 木造のシスターの家はお世辞にも立派とは言えなかったが、二間に加えて聖堂や客間もあり、このぐらいの村の水準からすれば上の方に位置する作りだった。

 何せ村の人口が200人を切るぐらいしかいない。

 数年前に開拓された村で、拠点としてはようやくと言ったところらしい。


「……穏やかな村ですね」


 外では子供たちが声をあげて走り回っている。


「最近、ようやく落ち着きました。この村にはアンカー村の生き残りも多く住んでおります。皆、再起を図ろうと頑張っているのですよ」


 アンカー村の荒廃は建設計画が悪く、他の集落より少し奥に建て過ぎたことが原因だったようだ。

 ここと同じく5年ほどかけて開拓をしていたが、魔物狩りの目が届かないエリアが多く、度重なる襲撃で商人の足も遠のき、大規模襲撃で廃村になったらしい。結構な人数の死人・行方不明者も出ている。


「粗茶ですが、どうぞ」


「ありがとうございます。……いい香りですね」


 ミントかハッカか、味にインパクトは無いが鼻からすっと抜ける良い香りのするお茶だ。


「ミスト茶と呼んでいるブレンド茶ですよ。最近作られるようになった、この村の特産なのです」


 なるほど。俺の知識にはない物だ。

 まあ、あったとしても知識と経験がむすびつくかは怪しいところかな。


「すでに午後もよい時間になっていますから、今日はここに泊まると良いでしょう。私が使える魔術もいくつかお教えしましょう」


「ええ、そうさせていただきます」


 ちょっと歩いただけなのにもう足が痛い。靴がちゃんと合っていないというのもあるんだけどさ。この世界の子供と変わらない程度の能力しかないのだ。無理をしたくてもついていかない。


 お茶を飲みながら少し休憩をした後、シスター・グースに魔術の手ほどきを受ける。


「……治癒ヒール


 シスターの回復魔術を受けると、体の中に温かい何かが流れ込んでくるとともに、足の痛みが引いていく。

 ……不思議な感覚だ。


「回復魔術はこのように魔力を流し込み、その人の体の持つ治癒力を高めて傷を癒します。慣れれば『力ある言葉』だけでも発動は可能になりますが、まずは詠唱魔術を覚えるのがよいでしょう」


 そう言って渡されたのは魔術の教本。

 うん、その本の中身なら知ってる。むしろもっと効率のいい扱い方や修練方法もある。ただ、最初の1回は教わることが重要でなんだ。


「復唱するので、一緒に詠唱してもらっていいですか?その方が早く覚えられるはずです」


「貴方がそういうなら構いませんが。……では。大いなる光の神の聖名において、汝の傷を癒さん。ヒール」


「大いなる光の神の聖名において、汝の傷を癒さん。治癒ヒール


 詠唱を口にすると、体の中で魔力が動くのが感じられる。こんな感じなのか。知識があっても、経験が無いから感覚が分からなかった。


「何回か試します」


 同じように復唱させてもらいながら、ヒールの練習をする。5回目ほどで魔力が大きく減る感じがして、治癒ヒールが発動した。


「……いま、発動しましたね」


「そのようですね」


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MP:1

スキル:魔力操作Lv1

魔術:神聖魔術Lv1

-------------------------------------------


 ステータスを確認すると、MPが減っており代わりにスキルと魔術が増えていた。よし、覚えてる。


「さすが勇者様です。普通であればひと月はかかる所をたった数回で覚えるとは」


「いえ……これは教え方のおかげですよ」


 魔術とは、神の力を借りて奇跡を発動させるものである。

 こちらの呼びかけに神様が答えてくれるよう、神に『この人がお願いしたら魔術を発動させてください』と教えるのがファーストステップだ。

 だから使える人が教える必要があり、その最も効率のいい方法が今のような一対一での復唱訓練だった。

 適性がある人なら、今のように数回で覚えることができる。


 ……最も、この世界の魔術師ギルドはその情報を秘匿しているみたいだけど。


「勇者としてこの世界に降臨したときに得た知識です。一部の人はすでに知っておりますから、ほかの人に教えるのに使っても問題は無いでしょう。ただ、理論を広めるよりは、方法を教えてください」


 慣れれば神様に力を貸してもらわなくても魔術を行使できるようになるし、その方が効率が良い。神様に頼っているという知識はあまり必要ない。

 職業ごとにレベルで覚える魔術も、神様の力を借りずに発動できるようなれば、職業にかかわらない術として使えるようになる。結構合理的だな。


「もうMPが無いので、しばらく外で剣を振ってきます」


 魔力が無けりゃいくら練習しても効果が無い。

 MP以上の消費魔力の魔術は覚えられないから、あとは地道なトレーニングしかないんだよな。


「それでは、聖堂横の広場をお使いくだされ」


 シスター・グースに頭を下げて表に出る。

 村の人に挨拶したり――シスターの古い友人の息子ということにしておいた――子供たちに集られたりしながら、しばらくは体を鍛える。


 そういえば借りた本が読みかけで、借りた相手があいつだったと思い出して少し鬱になった。

 その気持ちを晴らすように、ひたすらに走り剣を振る。

 そんなことを日が暮れるまで続けていた。

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