第2話 降臨したら全裸だった
気づけば世界は変わっていた。
ここは教会だろうか。ボロボロにひび割れた床や壁。朽ちて倒れた長椅子は、わずかに原型を残すばかり。かつてステンドグラスが並べられていただろう天窓は板材に代わり、そこら中に蜘蛛の巣が張っていた。
「おぉ……おお……」
隙間風吹き込む廃屋寸前の教会には、シスターと思しき老婆が一人。
こちらを崇めるように手を合わせながら、こちらを見ている。
「……さむっ!」
気づけば全裸だった。
あるのは体毛だけだろうか。もうすぐ役目を終えるはずだった制服はおろか、シャツもパンツも、靴下さえも原型すら残ってはいない。かつて暖かな衣に包まれていた四肢を覆うものはなくなり、聖母像の前で何一つ隠すものなく仁王立ちをしていた。
「……ふざけんなくそがぁーーーーー!」
ゼンラ?ナンデ全裸?!
馬鹿なの死ぬの殺したいのもうすでに死んだの!?
状況は即座に理解できた。あの自称世界と言っていた神様が、人の頭にこの世界の知識をしこたま流し込んでいったからだ。
そしてその結果、廃村となった村の教会に全裸で降臨させられたことを理解した。
馬鹿なの?何なの?全裸降臨とか、世界を救う前につかまるから!
やめておばあちゃん!こっち見ないで!さっきから股間の一物辺りに視線が集中しているように感じるから!そういうの趣味じゃないから!
思わず両手でまたと胸を隠す。……ヴィーナスの誕生。
「いや、遊んでる場合じゃない。すいませんシスター、服を、とりあえずは迷える子羊に服をいただけませんか?」
「お、おお、申し訳ありません勇者様。今日、この時をどれだけ。すぐにお持ちいたします」
慌てて飛び出していくシスターを見送った。
……勇者ねぇ。
頭に詰め込まれた情報を回想する。どうやらそういうことらしい。
現在この世界は、1000年前に生まれた金の魔王と呼ばれる存在によって、滅亡へと向かっている。この世界の神は滅亡を防ぐために様々な手段を用いたが、どれもうまく行っていない状況。そこで神は勇者の誕生を告げ、選ばれた俺が降臨した。
降臨の場所は先ほどの老婆しか知らず、教会関係者は勇者が降臨すること、したことしか伝わっていない。大体そんな感じ。
「ん~……情報の引き出しがうまく行かんな。もう少し親切な説明にしやがれよ」
頭の中がぐるぐる回ってて、意識しないと認識できない。言語化されず、思い出せない知識は役に立たんぞ。
そう思ったら『必要な時に思い浮かぶ』という知識を認識した。なるほど。
「こちらをどうぞ。天啓の後すぐに用意したものとなりますので多少古い物には成りますが、まだ誰も袖を通しておりません」
「ありがとう」
この世界ではまだまだ古着が一般的で、新品の服は珍しいらしい。下着や靴下から革のマントまで、一通り着こむととりあえずの寒さは落ち着いた。うん、着心地も悪くない。
「勇者様はどこまでご存じで?」
「俺がここに送り込まれた理由、目的、それにこの世界のルールとか国の関係、魔術なんかの知識もある。ただ、ここがどこかとか、貴方が誰かとかはさっぱり」
あの神様はこの世界の知識をくれたけど、そこに個人情報とかは含まれていない。一部の部族に伝わる秘術だとか、王家に伝わる隠し宝物庫の場所だとかそう言うのは分かるのだけれど、例えばこの老シスターの先日の晩飯だとか、貴族の誰と誰が不倫しているとか、そういう知識はない。
……知識として価値がないからか、情報としてうつろうものだからかは不明だ。
「そうでございましたか。では、まずはご挨拶を。私はシスター・グース。ここはクロノス王国の外れ、すでに滅びたアンカー村になります」
名前を聞いて頭の中に地図が浮かび上がる。
魔王のいる中央大陸を中心にすると、東の大陸の山間ってところから。北に海、東に山岳、西と南は境界線があいまいな別の国だな。
魔王の居城から遠く、様々な種族が力を合わせて生きている国で、治安も魔物的にもこの世界で安全な方の国だ。それでも都市から離れた村はしょっちゅう滅ぶようだけど。
「今ので大体わかった。さて……どうするのがよいか」
いきなり廃村に放り出されてもなぁ。
神の目的は分かっている。いきなり異界の勇者として祭り上げられて、実質飼い殺しにされるのを防ぐためにわざわざこんな廃村に飛ばしたんだ。
「……落ち着いておられますね」
「ん……まあそうですね。意外ですか?」
「はい。この世界に来たばかりの勇者は力も弱く、困惑しているだろうと。それを導くのも私の役目とありましたので。そしてその勇気を持って立ち上がり、困難を砕き、世界を救う。だからこそ貴方は勇者なのだと」
「なるほど。……まあ、そうですね。困ってはいますが……やらなきゃいけないことがあるので」
ここに降り立つ直前、神が残した言葉。地球に戻る方法。
魔王を倒せば地球に帰れる。俺が死んだことになっている世界ではあるけど、帰ればあいつにまた会うこともできる。……あの神が言っていた言葉を確かめることも。
俺にとってはそれだけでも、さっさと魔王をぶちのめす理由になる。
「そうでございますか。……では、私にできることは何なりと。ただ、その前にお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうでしたね」
名前、名前かぁ。あっちの名前……本名かわからんしなぁ。
そもそもこの世界、漢字のような表意文字文化が無い。……名前はそのまま、苗字は……適当につけるか。
「……ワタル。苗字は……そうだ。ワタル・
『ワタル・リターナーをシステムに登録しました』
名前を口にすると、システムメッセージが流れる。
おっと、始まったか。
「ワタル様でございますね。どうかこの世界を、よろしくお願いいたします」
「まあ、死なない程度に頑張りますよ」
さて、それじゃあまずは、システムの確認から始めようかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます