第7話襲来マキア王

貧民街に着いてから二週間が経過した。そして、今日はシオンと情報共有をするためにガイアは貧民街を出てシオンの自宅を訪ねていた。



「お邪魔します。お久しぶりです、シオンさん」



ガイアはシオンに軽く挨拶をして、早速情報共有を始めた。



「なるほど……貧民街に行った直後にそんなことが……。お疲れ様でした。ご無事で何よりです」




ジェイムズとの戦闘の話をシオンに伝えると

彼女はガイアに労いの言葉をかける。



「ありがとうシオンさん。それで、ここ二週間の帝国内の情報を教えてくれませんか?」



「はい、……と言ってもマキア王自身は特に何もしてきませんでした。強いて言えば一週間前まで私の家の周りを兵士が張り込んでいたくらいです。……あっ、もういないので安心してください!」



マキア王の動きは特になし。しかし、ガイアは強烈な胸騒ぎに襲われた。

おかしい。何かがおかしい。ジェイムズの死をマキア王が気づかないはずがないのだ。なぜ、二週間もの間なにもしてこないのか。



「ジェイムズが死んだことで警戒を強めている……のか?」



ポツリと独り言を溢したガイアにシオンが反応する。




「ガイアさん、どういうことですか?」




「いえ、考えすぎなのかも知れませんがジェイムズが死んだことでマキア王が警戒を強め、兵力を上げてアイシャに迫ろうとしているのではないかと。」




ガイアの心配性は冒険者の頃からの癖で、直そうとしても直らない。命のやり取りをしているのだから最悪の想定までして、対策を練るのが習慣づけられている。

しかし、今回のガイアの推測には根拠があった。

まず一つ目は、二週間の間マキア王の兵士が襲ってこなかったこと。

二つ目は、シオンの家の見張りが一週間前に撤収していること。

そして三つ目は、マキア王が絶対に諦めない強欲の王であること。

この三つの根拠に基づいての推測だった。



「……確かに、考えられないことではありませんね。どちらかと言うとマキア王がやり得る行動です。」



シオンも納得の表情をみせる。

ガイアは一度貧民街に戻ってアイシャと話し合うことにした。そうして、椅子から立ち上がろうと腰を上げると




────ドゴォォォォォォン




貧民街の方角から強烈な光と共に爆発音が響き渡る。



「アイシャ……!」



シオンとガイアは目を合わせると、すぐに家を飛び出した。




────────────


「ねえママ?パパはどこに行ったの?」



フードを目深まで被り人に顔を見せないように母親と手を繋いで歩くアリアは可愛らしい声で父親の居場所を聞く。



「シオンのお家に行ってお話してるんだよ。」



優しい口調でアリアに教えるアイシャ。

彼女もフードを目深まで被りその人目を引く美しい容姿を隠している。




「え~いいなぁ、アリアもシオンお姉ちゃんとお話ししたいのに~」



「アリアはシオンが大好きだね。」



「うん!だってシオンお姉ちゃん優しいもん。お菓子だっていっぱいくれるし、アリアのおはなし笑って聞いてくれるの!」



アリアはシオンのことを年の離れたお姉ちゃんだと思っている。シオンも妹のように可愛がっていて二人はとても仲が良い。よく一緒にお風呂に入ったりもしている。



「アリアの夕飯の食べる量が少ないと思っていたけど……シオンのせいだったのね。後で言わないとな」



と小声で呟く。

思わぬところで密告されてしまったシオン。しかも、愛しのアリアに裏切られて。本人に悪気がないので絶対にシオンは怒らないが。




「おい、そこのガキとフード被った奴、止まれ」



そう言ってアイシャとアリアに話しかけたのは、中肉中背の中年の男性だった。腰には剣が携わっており、どう考えても一般人ではない。

アイシャは人拐いを警戒してアリアを抱き抱えると急いで道を引き返した。



「おい!待て!……野郎共アイツらを捕まえろ!」



男がそう叫ぶと周りからぞろぞろと仲間が出てきてあっという間にアイシャたちを取り囲んだ。




「ママ……こわいよ」



「大丈夫だよ。ママが絶対にアリアを守るからね」



怯えた様子でアイシャの胸に顔を埋めるアリアに彼女は優しく安心させるようにアリアに声をかける。



「逃げ場はねえぞ。……おいてめえ、そのフードを取りやがれ。」




男がアイシャにフードを取るように言う。

アイシャは男の指示に聞く耳をもない。



「………」



「取らねえなら無理やりにでも取ってやる!いけ!野郎共!」



男の声を合図に一斉にアイシャとアリアに襲いかかる男たち。



「『スパーク』!」




雷属性の初級魔法『スパーク』を放つ。

アイシャは武器を扱えないが火、水、雷の適正があり魔法が扱える。

騒ぎを大きくしたくなかったアイシャは初級魔法で男たちの動きを止める。



「こいつ、魔法が使えるのか!!」




男は目を見開いた。貧民街で魔法を扱える者は珍しい。人拐いからしたら高値で売れる目玉商品なのだ。




「まあ、ただ使えるってだけみたいだな、

お前、戦闘馴れしてないだろ?」




「──ッ!」




アイシャは動揺した。あの一瞬で彼女の戦闘不馴れを見抜いたのだ。

確かにアイシャは戦いの「た」の字も知らない。喧嘩だってしたことがないのだ。

今はアリアを抱えている。戦闘不馴れにさらにハンデを背負っているのだ。



「おい!野郎共!相手は戦闘馴れしてねえ上にガキを抱えてる!そんな奴に負けんなよ!」



体の痺れが回復した男たちが立ち上がると

そのままアイシャに襲いかかる。

一人の男が後ろから彼女に体当たりをした。



「──ひゃっ!!」



アイシャは体勢を崩し咄嗟に抱いていたアリアを下敷きにしないように体を捻ってドサッと仰向けで倒れる。

その拍子にアイシャのフードが取れ、その美しい顔が露になる。



「ママ!だいじょうぶ!?」



アリアはアイシャを心配して声をあげる。

アイシャはアリアの頭をフードの上から撫でて心配要らないことを伝える。そしてアリアに怪我がないかを確認して胸を撫で下ろす。


「平気だよアリア、ビックリさせてごめんね」





「おいおい、こいつは上玉の上玉じゃねえか。貧民街でこんな美人そうそういねえぞ。儲けもんだな!」




男はアイシャの顔を品定めするように凝視して気分を高揚させていた。

アイシャは苦虫を噛み潰したような顔をして

男を見る。



「おい、てめえら!こいつは上玉だ!できるだけ顔に傷は付けんなよ!」



男はアイシャを確実に捕らえる方針を固めた。

アイシャは中級魔法を使うことを躊躇していられないと覚悟を決めてアリアを抱え直すと男を睨み付けた。



「ママが絶対にアリアを守るから」




「捕まえろ!野郎共!」



男の指示でアイシャに腕を伸ばして襲いかかる。

アイシャは火属性の中級魔法を唱える。



「『フレイムストーム』!!」



炎の竜巻が男たちに火傷を与えて蹴散らす。

アイシャは隙をみて走り出し敵の包囲を抜ける─────。




「ようやく見つけたぞ……アイシャ」



「え………う、うそ、でしょ。どうしてここに!?─────」



アイシャの名前を呼ぶ肥満体型の男は、馬に股がりニチャァと下卑た笑みを浮かべながらアリアを抱えるアイシャにねっとりとした視線を送る。

後ろには20名ほどの兵士が待機していて先ほどの人拐いを一掃している。




「─────マキア王!」



「アイシャよ、前に言ったであろう?名前で呼んでよいと。そんな他人行儀な呼び名はよさんか。私とアイシャの仲であろう?」



「そのことでしたら、遠慮しますと以前に申し上げたはずです。……それよりも、どうしてここに?」



「?……アイシャを探しに来たに決まっておるではないか。……愛の力はすごいな!お前のためならこんな豚小屋に足を踏み入れることなんて苦ではないぞ!あまり長居したいとは思わんがな」




そう言って豪快に笑うマキア王。

アイシャは困惑していた。絶対に来るはずがないと思っていたマキア王が貧民街に姿を現したのだ。

ただ、慌てふためくことがなかったのは腕のなかにアリアがいたからだ。

アリアにだけはカッコ悪い母の姿を見せたくなかった。その一心で強い姿勢を保った。



「さあ!アイシャよ。私と一緒に城へ戻ろうではないか。今日は私とお前の婚約を祝してパーティーを開こう!」



流石は強欲の王。全く相手のことを配慮しない自己中心的な考えでアイシャに迫る。



「申し訳ございません。何度も申しておりますが、私には愛する夫と子どもがおります。マキア王の申し出にはお応えすることはできません。」



「では、がいなくなれば私と結婚できるということか?」



「え?」



アイシャはマキア王が何を言っているのか理解できず、一瞬思考が停止した。



「む?聞こえなかったのか?もう一度言うぞ。お前の愛するが死ねば私と結婚できるのか?」




「……何をおっしゃっているのか理解できません。夫と娘が死ぬことなんて考えられませんので」




「そうか、なら私が殺そう。そうすればアイシャは私のものだ。そうだ、そうしよう。

……手始めにその娘を殺してやる。こちらに差し出せ。」




そう言って兵士を一人呼び、アイシャにアリアを差し出すよう促す。



「………」



「どうしたのだ?アイシャ。早くその娘をこちらに差し出せ。殺せないではないか」



「……私とガイアくんの、アリアを殺す?

そんなことさせるわけないでしょ!アリアは私が守る!!」



そう言ってマキア王を睨むと。アイシャはアリアを抱きしめ、右手を突き出し上級魔法を詠唱した。




「───『ライトニング』ッッ!!!」




辺り一帯を眩しい光と爆音が包み込んだ。



──────────────


「はぁ、はぁ……ガイアさん、私に合わせなくていいですから、先に行ってください。」



息を切らしながら走っているシオンに先に行くように告げられる。ガイアは心配そうにシオンを見つめる。



「私のことは気にしないでください、後で追い付きますから。それよりも早くアイシャたちのところに行ってあげてください」




「……ありがとうシオンさん。先に行く!」




そう言って足を速める。



「間に合ってくれよ。頼むから……」



ポツリと呟き、さらに加速する。




───────────



「あぶない、あぶない。よくやったサイノス。流石は帝国一の魔導師だ。お前がいなかったら死んでおったぞ。」



「お褒めに預かり光栄です。王を守ることは当然ですので」



無傷のマキア王がそこにいた。恐らく魔法が直撃する直前に魔法障壁を張って防いだのだろう。熟練度の低い上級魔法とはいえ、それを防ぐということはサイノスと呼ばれる長髪の男性は相当な魔導師だと考えられる。



「そんな、無傷だなんて……」



雷属性の上級魔法『ライトニング』を放ったアイシャは魔力枯渇を起こして肩で息をしていた。

それを見たサイノスは感心したように彼女に声をかける。




「それにしても、驚きました。一般市民の中に上級魔法を扱える者がいるとは。流石は王が認めた女性ですね。」




それに答えたのはアイシャ───ではなくマキア王だった。



「そうであろう?アイシャはその辺の雌とは訳が違うのだ。何せこの私が認めたのだからな!」



そう言って満面の笑みを浮かべるマキア王。

アイシャは睨み付けるのが精一杯だった。



「さあ、諦めてその娘を寄越せ」



後に控えていた兵士たちがアイシャを取り押さえてアリアを取り上げた。



「離して!アリアを返して!!」



必死に抵抗するが魔力枯渇で体に力が入らない。目の前でアリアが泣きながらアイシャに助けを求める。



「イヤ!!ママ!たすけて!」




そして、直剣をアリアめがけて振り下ろそうと一人の兵士が頭上に剣を上げた。



「やめて!お願い!アリアだけは殺さないで!」



アイシャの必死の願いも虚しく兵士はアリアに剣を振り下ろし─────






────直前で弾かれた。




「……俺の大事な嫁と娘になにしてんだよ」

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