第5話執事ジェイムズ・セバス

「いいか?夜だから視界が悪い。いつ誰が襲ってくるかわからない。警戒は絶対に怠らないように、な?」



貧民街に入る前にアイシャに確認をとる。

いくらガイアが元冒険者とはいえ、囲まれてしまったら多勢に無勢で呆気なく殺されてしまうだろう。そうならないために警戒を強めて戦闘をできるだけ避ける方法でいく。それはアイシャにも理解できることだった。アイシャはガイアのことを愛してるとはいえ、恋人補正の贔屓目に見ても世界一強いなど微塵も思っていなかった。そこまで目が腐るほど溺れてはいない。

だから、ガイアに戦闘なんてしてほしくないしさせたくない。

そして腕のなかで眠る愛娘のアリアのためにも血生臭いことはできるだけ避けたい。

アイシャは了解と頷いた。



貧民街に入り警戒を強めて目的地の小屋まで足を進める。

こんな真夜中に出歩いてる男を見ると恐らく人拐いであろう。



「夜遅くにご苦労なことだ」



ガイアは小さく溢した。



さらに奥まで進んで小屋まで半分を切った頃

それは起こった。



「ぅ~~~ッ!!」



アリアの寝言だった。まずい、とアイシャがアリアの口を押さえるも時既に遅し。

外を出歩いていた男性に見つかった。




「走るぞアイシャ!!」



アイシャからアリアを抱き上げ、急いで残り半分を切った道を突き進む。

前方に人影が現れた。ガイアはアリアをアイシャに預けて腰にかけてある直剣を抜く。

3対1。視界も悪い上に彼らのフィールドだ。どう考えても分が悪すぎる。しかし、



ガイアは脚に力を入れると───


「スキル『縮地』」


一瞬にして手前にいた男に接近。そのまま首をはねた。

ドチャっと鈍い音がして男が倒れる。

一瞬にして屍と化した仲間を前に呆気にとられた二人は致命的な隙を作った。その隙をガイアは見逃すはずもなく男の心臓を突き刺しそのままもう一人の男の首を蹴り飛ばした。首の骨が折れる嫌な音が夜の貧民街に木霊する。

ガイアの圧勝だった。



「アイシャ行くぞ!」



呆然とガイアの戦闘を見ていたアイシャに声をかけるガイア。アイシャはすぐに走り出してガイアに近づく。




「ガイアくんは、どれほど私を惚れさせれば気が済むの?」




「は?………俺のことしか考えられないくらい…かな?」



「………ばか」



深夜テンションで頭が二人とも沸騰しているので端からみればただのバカップルにしかみえない。こんな命のやり取りをしている時までイチャイチャできるメンタルは流石としか言いようがない。



「………おかしいな、奴らが追ってこないぞ。……諦めたのか?」



「それなら嬉しいけどね。……あれ?ガイアくん、後ろの方から何か聞こえない?」




ガイアはアイシャの言葉を聞いたあとすぐに耳を澄ました。



「確かに何か聞こえるな。……金属同士が打ち合う音か?あと、男の悲鳴と怒声。……どういうことだ?俺たち以外の奴と戦闘しているのか?」



どうやら先ほどの人拐いと戦闘を繰り広げている集団がいるようだ。それもこんな真夜中に。こちらとしては格段に逃げやすくなるのでありがたい限りだが。



ガイアとアイシャはお互い目を合わせて頷くと目的地の小屋に向かって足を進めた。



─────────────




「あ、戦闘が終わったみたい。」




少し歩いたところでアイシャが呟く。アイシャの言う通り戦闘音が止んでいる。どちらが勝ったにせよ消耗は激しいのは確実だ。追手の心配はないだろう。とは言っても……



「警戒は怠るなよ。何が起こるかわからないからな。」



冒険者をしていた頃の感覚を思い出し神経を研ぎ澄ましつつアイシャに忠告する。



「了解、警戒は怠らないようにするね」



さらに足を進めようと動き出したとき───



後ろから高速で近づいてくる気配に気がついたガイアは咄嗟にアイシャと人影の間に立ち直剣で人影の攻撃を受け止めた。



キイィンと金属同士のぶつかり合う音が辺りに響く。

すぐにガイアはその人影に蹴りを入れるが、するりとかわされ距離をとられた。

その人影がガイアに話しかけてきた。



「なかなかやるではありませんか。私の不意打ちを防ぐなんて。あなた結構な手練れですね?」




飄々とした様子でガイアの分析をする長身の男。年齢は30代後半くらいで黒髪をオールバックにし小さな丸メガネをかけ口髭が印象的だった。

それにガイアは挑発たっぷりの言葉を返した。




「バカ言え、俺は三年前に冒険者を引退してんだよ。そんな俺に不意打ちを防がれてるようならお前の修行不足を疑えよ」



しかし、そんな挑発の言葉にこの男は乗ってこなかった。逆に嬉々として話に食いついてきたのだ。



「ほほう、三年間ものブランクがありながら私の攻撃を防いだのですか?これはますます興味が湧きました。おっと名乗りが遅れましたね。私はジェイムズ・セバス。セバス一族の三男でマキア王に仕える執事でございます。」



着ていたローブを脱ぎ捨て

恭しく頭を下げたジェイムズと名乗る男。




「へぇ、マキア王の執事がなんでまたこんなところにいるんだ?これがばれたらお前さん打ち首だろ?」




マキア王は貧民街を極端に嫌う。それこそマキア王の執事がこの貧民街に足を踏み入れることは許されない行為なはずだ。それなのにこの男は堂々と地に足を着けて余裕たっぷりな表情で立っている。



「ふふっ、別に打ち首になんてなりませんよ?なぜなら私にここに行くように命じたのは他でもない王本人なのですから。」



「マキア王が命じただと?あの貧民街を忌み嫌うマキア王が?おい、寝言は寝てから言ってくれ。」



「寝言でもボケでもありませんよ。言葉の通りマキア王本人が私に命じたのです。そこにいるあなたのフィアンセを連れてくるようにと」



そう言ってアイシャに目を向けるジェイムズ

アイシャは体を強張らせてアリアを抱きしめる。



「まぁ私個人としては、あなたに興味があるのですがね?マキア王は、彼女が手に入るのなら男と子どもは殺して良いとおっしゃていましてね。……もちろん私も初めはあなたを殺すつもりでした。でも、私の攻撃を防いだことで少し興味が湧いてきたのであなたは生け捕りにして私が連れていきます。子どもはいらないので殺すか、ここに置いて行きましょう。」




一人でベラベラと喋り続けるジェイムズに段々と怒りを募らせていたガイアだったが、アリアを殺すと言われて堪忍袋の緒が切れてしまった。



「そうか、じゃあ……死ね!」



勢い良く飛び出してジェイムズに肉薄するガイア。そのまま直剣を彼の首めがけて振り抜く。

それをジェイムズは愛用の短剣で受け止める。キィィンと火花が飛び散る。



「怒りに任せての攻撃は感心しませんね。単調になっていてわかりやすい太刀筋ですよ。受け止めるのに全く苦労しませんでした。」



「お喋りな野郎だな!戦闘中に喋ってると舌噛んで死んじまう、ぜっ!」



喋りきる前にジェイムズの鳩尾を狙って蹴りを入れた。彼は後ろに飛び退きガイアの蹴りを回避する。




「お喋りができてしまうほど戦いに余裕があると言うことです。もっとも、あなたが怒りに任せた攻撃をしなかった場合はこんな余裕はありませんがね?」




「ガイアくん!落ち着いて!あの人の言う通り怒りに任せての攻撃はいけないよ。ほら!深呼吸して!」



アイシャの声で冷静を取り戻したガイア。深呼吸をしてジェイムズを睨み付ける。




「あぁ、その目ですよ。最高です。さぁ殺り合いましょう!」



───────────────



ガイアはジェイムズと切り合いながら彼の癖を見抜こうとしていた。しかし、この男には癖という癖が見つからないのだ。

ただの執事とは思えないほど精練された短剣さばきにガイアが押され始めてきた。

ガイアは状況の悪さに内心舌打ちをした。





「……焦りが見えますよ?もしかして、私の癖や隙が見つけられなくて焦っているのですか?」




ジェイムズの核心を突いた言葉にガイアは一瞬動揺してしまい隙を与えてしまった。

そして、その隙はガイアに大きな致命傷をもたらした。




「ぐっ!!」



「ガイアくん!!」




ジェイムズの短剣がガイアの横腹に突き刺さったのだ。

じわじわとガイアの服を鮮血が赤く染めていく。

アイシャはアリアを抱きしめながらガイアに近づこうと動き出す。




「く、来るな!アイシャ、俺は大丈夫だ。かすり傷だから。」



アイシャが嘘だとわからないはずがないのにガイアはやせ我慢をする。

アイシャはすぐにガイアの言葉の裏を理解する。自分が彼のところに行っても邪魔になるだけだと。

アイシャは自分の無力さに歯噛みした。戦闘面では一切役に立たない自分に腹が立った。




「アイシャ……そんなこと気にしないでいい。アイシャにはアイシャのできることを。俺には俺のできることをすれば良いんだから。今は俺が仕事をする番だ。だから、任せて待ってて欲しい。」



ガイアは、アイシャの思いを汲んで優しく言葉をかける。『二人で支え合おう』結婚する前にプロポーズでガイアがアイシャに言った言葉だ。

その言葉をアイシャは思い出しガイアを見つめる。ガイアも伝わったと思いアイシャを見つめて笑顔をつくると、すぐにジェイムズに目を向け視線を鋭くする。




「素晴らしい夫婦愛ですね。見ているこちらが熱くなってしまいます。」



「そりゃどーも。そのまま俺たちの愛で焼け死んでもらえると助かる。」



ガイアは軽口を叩くが余裕は差程残っていない。

ただ、勝算がないわけではない。しかし、それをやるにはリスクが高く、チャンスは一度きりで失敗はできない。失敗したら確実にガイアは死ぬ。



「このまま戦ってもじり貧だな」



苦笑いを浮かべてジェイムズに目を向ける。

ジェイムズも無傷というわけではない。所々切り傷があり血が滲んでいる。

ガイアは、脇腹の止血を終えると覚悟を決めて立ち上がり直剣を構えた。




「第2ラウンドと行こうぜ……!!」



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