第4話 アイシャとガイア

「単刀直入にお聞きます。アリアちゃんの両親について説明していただけますか?」



先に口を開いたのはミリアだった。先ほどのシオンの行動を見ただけで大体のことは予想できるのだが確証を得るためにこうしてシオンとの対話を申し出たのだ。



「ええ、それは説明いたします。ですが、先にあなたたちがアリアちゃんと知り合ったきっかけとアイシャ──ではなくあの銀髪のについてお聞きしてもよろしいですか?」



確かにアリアのシオンに対する信頼度を見ればミリアたちがアリアと知り合う前からの付き合いだとわかる。先にこちらがアリアと知り合ったきっかけを説明するのが筋だろう。



「わかりました。では、私たちがアリアちゃんと知り合った経緯をお話します─────。」






一通りアリアと知り合ったきっかけを説明して納得してもらったところでシオンが勘違いしている大きな点を訂正しなければならない。



「それで、シオンさん。一つ訂正しなければならないことがあります。」



「?……なんでしょうか?」



シオンは上品に首を傾げる。



「はい、サリアのことで……アリアちゃんにママと言われて否定しなかった私たちが悪いのでアリアちゃん本人には言っていませんが、実は────」





「え!?お、男の子なんですか!!?」



予想通りの反応でミリアは内心苦笑した。

世の中の男性がサリアを女性と勘違いするのは仕方がないと言えなくもないが、サリアのすごいところは女性から見ても女性に見間違えてしまうことだ。



「アイシャにそっくりの男性なんて……はっきり言って罪ですね。なにせアイシャは、容姿も性格も良くてそのうえ家事全般が得意な世の中の男性の理想を詰め込んだような女性でしたのですごくモテたんですよ。」




アイシャ……アリアの母親であろう人を自慢気に語るシオン。それはどこか懐かしむようなそんな表情を浮かべていた。



「あっ!ごめんなさい。まだ、アリアちゃんの両親について話していませんでしたね。

では、アリアちゃんの両親、アイシャとガイアさんについてお話します。」



アイシャとガイアは元は貧民街の出身ではない。一般国民で表通りに家も建てて生活していたという。三年前にアイシャとガイアの間に子どもが生まれた。アリアと名づけられ大切に育てられた。ガイアは仕事から帰ってくるとアリアをものすごく可愛がって、休日は絶対にアリアとアイシャと過ごすようにしていた。ご近所からは仲良し家族として有名で、ご近所全員に愛されていた。しかし、その幸せはアリアの三回目の誕生日を迎える前に崩壊した。


マキア王がたまたまお忍びで街に訪れ、買い物をしていたアイシャを見かけて自分の妻になれと彼女に迫ったのだ。

もちろん彼女は、丁重にお断りした。

しかし、マキア王は諦めずしつこくアイシャに迫りとうとう家まで特定したのだ。そこで、マキア王のストーカー行為を心配したガイアはアイシャの幼馴染みのシオンに相談してアイシャとアリアを匿ってもらうことにした。


シオンの家に1ヶ月ほど匿ってもらっていたが、アリアが外に出たいとわがままを言ってしまい。自分のせいでアリアに我慢をさせたくないと、アイシャが一時間だけ外にアリアを連れていくことにした。1ヶ月もストーカー行為がなかったことで諦めたのだと多少の油断が全員にあった。


そこを突かれたのだ。公園で遊んで仲良く手を繋いで帰宅している彼女たちをマキア王直属の兵士が尾行し、シオンの家まで特定したのだ。


すぐにマキア王のストーカー行為は再開されシオンにこれ以上迷惑をかけられないとアイシャとガイアは貧民街に逃げることを決めた。



─────────────



「マキア王……強欲の王と言われるだけはありますね。欲しいものは何をしてでも手に入れる。恐ろしい王です。」


アイシャとガイアの壮絶な過去の一部を聞いてミリアはそんな言葉を溢す。



「ええ、あの王は自分のことしか考えていません。言葉を選ばずに言えば、クズです。今すぐにでも死んで欲しいくらいです。」



おとなしそうな顔をして、とんでもないことを言うシオン。ミリアは驚いて目を見開いた。



「あ、ごめんなさい。言葉遣いが悪かったですね」



「……いいえ、少し驚きましたが、それほどまでにシオンさんにとって憎い相手なのでしょう?なら、そのような言葉遣いになってしまっても仕方ありませんよ。」



「ありがとうございます……ミリアさん」



「いいえ、私もシオンさんと同じ立場だったら、そのような言葉遣いになるとおもいますから。……続きをお願いできますか?」



シオンはコクリと頷き再び語り始めた。



──────────


「ガイアくん……これからどうするの?」



不安を噛み殺しながらアイシャは、ガイアに今後の方針について問う。ガイアは顎に手をあて少し思案した後に口を開いた。



「貧民街に逃げよう。そこまではマキア王も追ってはこれないはずだから。」



マキア王の性格的に貧民街には絶対にやってこない。それは、彼が貧民街は貴族が歩くところではないと考えているからだ。

以前、貧民街出身とばれた帝国兵士が「穢らわしい豚がこの城を歩くな」とその場で切り殺されたことがあったらしい。

その情報が正しければマキア王は貧民街に足を踏み入れることはない。

そうガイアは考えたのだ。



「そう、それならマキア王のストーカー行為は心配いらないね。後は……

アリアを連れていくかどうかだけど」



やはり一番の問題はそこだ。貧民街はマキア王が追ってこない代わりに治安は最悪だ。強盗、殺人、薬物売買なんて日常茶飯事だ。別の意味で気を付けなければならない。人拐いあたりは特に警戒しておく必要がある。

子どもや女性は奴らのターゲットになりやすい。捕まったら最後、子どもは売り飛ばされて死ぬまで奴隷。女性は薬漬けで慰みものにされて精神が壊れるまで体を弄られる。

そんな残酷な未来を二人には歩ませたくない。


ガイアはまた、顎に手をあてじっくり考え、悩みに悩んだ末に結論を出した。




「アリアは……連れていく。そこでなんだがアイシャ、連れていく上でこの約束を絶対に守ってくれないか?」



ガイアの約束は全部で三つだ。

一つは、貧民街を歩くときは絶対にアイシャとアリアはフードを目深まで被り顔を見せないこと。

二つ目は、アリアがわがままを言っても絶対に外に出さないこと。

そして三つ目は、ガイアが殺されたときは直ちにシオンの家に行くこと。

この三つの約束を守るように強く念押しされた。


「三つ目の約束はガイアくんじゃなくて、私の場合でも適応されるよね?」



アイシャは自分が殺された場合にもガイアとアリアにシオンの家に逃げることを提案した。



「……ああ、シオンさんの家に行くよ。」



この反応は高確率で守る気がないときの反応だ。長年一緒にいるアイシャには一目でわかった。


「もう、あなたまで殺されたらアリアはどうするの?アリアを一人にするつもりなの?

私だってガイアくんが殺されたら仇を討つまで貧民街に残りたい。でもアリアのことを考えるとそうは言っていられないの。ガイアくん。私を愛しているのなら、アリアのそばにいてあげて……ね?」



そう言ってアイシャはそっとガイアの右手を両手で包み込む。瞳には譲れない意志が見てとれる。母は強し、子育てを経て精神が一回りも二回りも成長したアイシャの強い願いにガイアは折れてシオンの家に行くことを約束した。



そして、時刻は深夜0時。最低限の荷物だけを持ってガイアたちはシオンの家を後にした。向かう先は貧民街である。

ガイアの腰には護身用の直剣が携えられている。アイシャとアリアを守るためだ。危害を加えられたら容赦なく切るつもりでいる。

ガイアは以前冒険者をやっていたので武器の扱いは一般人よりは馴れている。

いつでも対応できるように両手は常に空けている。アリアはアイシャの腕のなかで規則正しい寝息を立てている。





「アイシャ、疲れていないかい?」



シオンの家からずっとアリアを抱き続けているアイシャを心配してガイアは声をかけた。



「心配ないよ……と言いたいところだけど

少し疲れたかも。ガイアくん、ちょっと休んでもいい?」



と休憩をお願いするアイシャ。ガイアは当然のように頷く。貧民街はすぐそこなので急いで行く必要もない。マキア王のストーカー行為も今のところないので少し休んでも問題はないだろう。

アイシャからアリアを抱き上げ。楽にさせる。アイシャは自由になった腕を伸ばして軽くストレッチをした。少し疲れたと言っていたが、結構無理をしたのだろう。アイシャの性格を理解しているガイアだからこそわかることだった。



「もうすぐ貧民街に入るね。……少し緊張するなぁ」



アイシャが不安を口にした。もちろんガイアだって二人を守りながら貧民街で暮らすことに不安しかない。




「下見のときにあまり人のいない場所に小さな小屋を見つけたからそこに隠れよう。できるだけ危険は減らしたいしな。」



ガイアは一度一人で貧民街を回って良い隠れ家がないかを探していたのだ。



「お、流石ガイアくんね。略して『さすガイア』だね」



「おい、バカにしてるな?さては」



二人でそんな他愛もない会話をして微笑み合った。こんな状況でも暗い顔一つしないのはリーベル夫婦のすごいところだ。二人はアリアの前では絶対に愚痴一つ溢さない。それはアリアに悲しい思いをしてほしくないと二人が言わずとも決めたことだから。



「そろそろ行こうか。アイシャ、アリアを任せても平気か?」



ガイアはアイシャの体を心配して無理ならこのままアリアを抱いて自分が移動してもいいと言外に込めて伝えた。



「平気だよ。ガイアくんってば心配性なんだから。ま、それほど愛されてるということですかね?」



またしてもガイアをからかうように言ってアリアを優しく抱きしめて彼を見つめる。

ガイアは顔を少し赤くして目をそらした。



「い、いちいち言わなくてもいいだろ?伝わってるんだからさ……」



「言葉にして欲しい時だってあるんだよ?

あ~あ、あの時のプロポーズみたいにとびきり熱くてあま~い愛の言葉が欲しいなー」



言って欲しそうにガイアを見つめるアイシャ。ガイアは小さくため息をしたあと、アイシャに向き直って真剣な眼差しで呟いた。



「愛してるよ、アイシャ。世界で一番愛してる。」


そう言って触れるだけの口づけをした。



「ぁ……うぅ…」



アイシャは面食らって硬直していた。

まさか、本当に言ってくれるなんて思っていなかったのだ。いつもこうやって言わせようとすると大抵「また後で」とか「アリアが見てるから」と言ってはぐらかすのに、今日に限ってこんな大胆になるなんて。



「どうした?暗くてもわかるくらい顔が真っ赤だぞ?」



今度はガイアにからかわれた。



「も、もう!ずるいよ!そんなこと言われてキスもされたら照れるに決まってるじゃん!」




今のアイシャにできる精一杯の反撃だった。

アリアを抱いていなかったガイアに抱きついていたところだ。



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