第3話 貧民街
「ママ?後ろから付いてくる人たちはママのお友だち?」
アリアは後ろを付いてくるリアムたち三人を見ながらサリアに聞いてきた。幼いながらも知らない人が家に付いてくるのは警戒しているのかもしれない。アリアは賢い子どもだと改めて思った。
「ええ、あの人たちはママの大切なお友だち。とっても強くて頼りになるんだよ。アリアに紹介してもいい?」
アリアがコクリと頷いたのを確認するとサリアはリアムたちを手招きで呼んだ。
リアムたちは何やら話していたがサリアに気づくとお互いに顔を見合わせてゆっくりと近づいてきた。
初めはミリアの紹介からだ。同性ということもあり安心できるのではないかとサリアなりに考えてのことだ。
「この水色の綺麗な髪のお姉ちゃんはミリアちゃんっていうんだよ。とっても頭がよくて魔法がすごく得意なの。」
「ミリア・グレイシアと申します。よろしくお願いしますね。アリアちゃん」
ミリアの紹介を終えて次にリアムの紹介に移る。
「黒髪で紅い瞳をしたお兄ちゃんがリアムくん。剣の達人でとっても強いんだよ。」
「リアム・ラインラットだ。よろしくな!アリア!」
リアムの自己紹介を聞いてアリアはサリアの後にしがみつきながら隠れた。リアムの元気さにビックリしてしまったようだ。
それを見ていたミリアは「小さい子どもなんですから声のボリュームくらい抑えて話してください。」とリアムに注意した。
「大きな盾を背負っている背が高いお兄さんはクーに───じゃなくて、クーリアくんっていうの。とっても頼りになるお兄さんだよ。」
「クーリア・ノルトリアだよ。よろしくね、ミリアちゃん」
サリアの後にしがみつきながら隠れていたアリアはクーリアの自己紹介を聞いて少し前に出てきた。クーリアの優しさを感じ取ったのだろう。幼子の感覚は鋭いから直感でいい人悪い人の区別ができるのだ。
「アリア・リーベルです。魔法も剣も大きな盾も使えません。ママとパパが大好きです。よろしくお願いします。」
可愛らしい自己紹介とお辞儀をしてすぐにサリアの後に隠れてしまった。やはり自己紹介をしたとはいえ、知り合ったばかりの三人に囲まれるのはアリアのような年齢の子どもには少々厳しいのだろう。
ミリアはサリアに近づいてこっそり耳打ちしてきた。
「先ほど後ろで話し合って決めたことなんですが、アリアちゃんの母親の名前がわかるまでサリアの名前は出さないようにします。リアムとクーリア兄さんもそうした方がいいとおっしゃっていました。」
サリアは了解の意を込めて頷く。サリアもその件に関しては賛成である。アリアの母親が見つかるまでは自分が母親を演じなくてはならないから必然的にそうなるしかない。サリアにとってもありがたい提案だった。
「自己紹介も終わったことだし、アリアの家に行こうぜ」
リアムの言葉を合図にアリアの家に向かって一同は歩みを再開した。
──────────────
「ママ!着いたよ!アリアたちのおうちに」
「………」
リアムは「お、おぉ…」と声が漏れ、ミリアとクーリアは顔をしかめていた。
そこには継ぎ接ぎでできた木やらレンガが合わさった小屋らしき何かがあった。
屋根も一部破損していて雨よけシートを張って簡易的に修理している。
路地裏に入った時点で怪しいと思っていた。
一般的な帝国民は表通りに家を建てるはずだからだ。そして、アリアの服装からも読み取れるはずだった。アリアの服はお世辞にも綺麗とは言えない。サリアと同じ銀髪と将来が約束された可愛らしい顔立ちが目立って服装に目が向かなかったのだ。
「ママ?……だいじょうぶ?」
心配するようにアリアはサリアを見上げる。
それに気づいて慌ててサリアは反応した。
「ご、ごめんない、少し考え事をしていて……もう大丈夫だよ、さあ、中に入ろっか?」
アリアに無駄な心配はさせまいと無理やり笑顔を張り付けてサリアはリアムたちと家の中に入った。
「え?……アイ、シャ?」
遠くでポツリと囁かれたその言葉はサリアたちには届かない。
──────────────
「パパー!ママが帰ってきたよ!」
小さな家の中に響く可愛らしい声。しかし、その声に反応する者はいない。この小さな家で聞こえないなんてことはまずあり得ない。それはこの家に初めて入ったリアムたちでもわかることだった。そしてこの家の住人であるアリアが気づかないはずかない。
アリアは不安を募らせて急いで父親が眠っている場所めがけて走り出した。サリアたちも後に続いた。
「パパ!?」
そこには全身に黒い斑点が浮き出て苦しそうに胸を押さえている男性がベッドに横たわったいた。
そして、男性の症状を確認したサリアが苦い顔をして病名を口にした。
「……これは、『魔狼病』です…。」
『魔狼病』とは、魔獣化した狼、通称『デビルウルフ』の中のさらに限られた個体『インフェクトウルフ』が体内に持っている病原体が人に噛みつくことにより体内に侵入することで発症する大病だ。
そして『魔狼病』を治せる者はこのマキア帝国にはいない。帝国よりずっと東のサクラギ国に住んでいるスギハという回復術の天才にしかこの病気は治せない。
───つまり
「僕には……治せない」
アリアの父親の様子を診ると症状は最終段階に入っていた。サリアは気休め程度だが、『ヒール』をかけて様子を診ていた。
「ママ?パパの病気、治るよね?」
不安を払拭して欲しい。安心させて欲しい。
そんな表情でサリアを見上げる。
「治るよ」と一言伝えればアリアは安心できるだろう。
しかし、現段階でサリアたちにはこの子の父親を治す方法がないのだ。期待させるような真似は決してできない。だから、サリアは無言でアリアの頭を優しく撫でることしかできなかった。
「今日が危篤ね……。アリアちゃん、よく聞いてちょうだい」
ミリアが嫌われ役を買って出る。サリアにはこの役割は任せられない。この後のアリアのケアには彼が絶対に必要でリアムやクーリアは幼子の対応は向いていないとすぐに判断したミリアは流石と言える。
満を持してミリアはアリアに父親の状態を説明した。そして心の準備をしておきなさい、とアリアに告げた。そこには慰めの言葉は一切ない。ただ、ありのままの真実をそのまま伝えた。
「ママがパパを絶対に治すんだから!変なこと言わないで!お姉ちゃんなんてキライ!」
アリアは目に涙を浮かべミリアを力一杯睨み付けて怒声を浴びせた。そのままサリアの胸に顔を埋めて泣き出してしまった。
ミリアは小さなため息を一つしてサリアに近づき「あとはお願いしますね」と伝えて後ろに下がった。
サリアはミリアにつらい役回りを任せてしまったことをあとで謝ろうと決めた。
「はあ、……予想通りの反応とはいえ、いざ面と向かって「キライ」と言われると傷つきますね。」
先ほどのアリアの言葉を思い出して胸を押さえるミリア。
「つらい役を押し付けてしまって申し訳ないミリア。俺がもう少ししっかりしていれば……」
自分の不甲斐なさを詫びるクーリアはミリアに頭を下げた。
「クーリア兄さん、頭を上げてください。人には誰しも得手不得手がありますので、今回は私が得意なことだっただけのことですよ。」
「はは、気遣いまでされてしまうとは。ミリアには敵わないな」
クーリアはミリアを見てニッコリ笑うと「ありがとう」と感謝を述べた。
「ミリアお疲れ。こんな役は俺にはできないから助かったよ。」
ミリアに感謝を伝えるリアム。妙に落ち着いた雰囲気で椅子に腰をかけている。普段のリアムらしくない様子だった。
「……え、ええ、どういたしまして」
その雰囲気に一瞬呆気にとられ返答が少し遅れた。
リアムのらしくない雰囲気の理由を知るものは、付き合いが一番長いミリアしかいない。
リアムがおとなしい理由、それはアリアと過
去の自分を重ねてしまうことが原因である。
リアムはアリアと同じくらいの年齢のときに父親を事故で亡くしている。
リアムの父親のトリアは山で山菜や薬草を採集したり、鹿や猪を狩猟したりして生計を立てていた。
その日は、トリアと仲間の二人でいつも通り山で山菜を採集していた。そして、後ろから近づいてくる猪に気づかず突進を直接くらい崖から転落して亡くなった。一瞬の出来事だったという。
それから、15歳で成人して冒険者になるまで母親のレイラが女手一つでリアムを育てたのだ。もっとも、村の人たちはリアムたちに山菜や鹿肉のお裾分けなどよくしてくれていたし幼馴染みのミリアとは家族ぐるみの付き合いがあったのであまり不自由なく生活はできていた。
ただ、父親がいないことは幼い頃のリアムにとっては精神的に苦しく辛いものだった。
休日に父親と遊ぶ同年代の子どもを見ては
胸が苦しくなった。
そして、何よりもレイラが夜中にトリアの名を呟きながら涙を流していることが見ていて一番辛かった。
だから、リアムはレイラを楽させてやるために冒険者になって、毎月仕送りをしているのだ。月始めに送られてくるレイラの手紙をリアムは大事そうに読んで頬を緩めているのをミリアは知っている。
だから、アリアの今の状況はリアムにとって他人事に思えないのだ。さらに、アリアの場合は住居が貧民街である。助け合いなど到底期待できない。自分自身が明日を生きていけるかすらわからない状況で他人の心配なんてできるわけがないからだ。
それに加えアリア曰く、「遠くに行っている母親」はいつ帰ってくるのかわからない。
愛する夫がこんな状況なのに帰ってこないなんて外で男でもつくったか、最悪この世にいないなんてことも考えられる。
アリアの人生はお先真っ暗どころの話ではない。父親の死はアリアの人生をも終わらせる可能性がある。
───コンコン
誰かが家のドアをノックしたようだ。こんな夜中に来るというのは少々怪しい。リアムたちは互いに目配せして警戒心を一気に引き上げた。
───コンコン
「……ガイアさん、いらっしゃいますか?私です、シオンです。」
控えめな女性の声で恐らくアリアの父親と思われる名前を呼んでいた。
「……入りますね。失礼します」
そう言っておずおずとドアを開けて中に入ってきた。
シオンという女性は20代前半くらいで紫がかった艶のある黒髪が腰あたりまで伸びている。前髪が目にかかっていて瞳の色は見えない。7月とはいえ夜中は冷えるのでカーディガンを羽織っている。背丈は女性にしてはやや高い方で160cm後半といったとこだろう。すらっとした体型でスタイルがよく見える。一目で貧民街出身ではないとわかる見目をしていた。
「あなた達は一体───」
リアムたちを順番に見ていき最後に部屋の一番奥、アリアの父親が寝ているベッドの隣に座るサリアを見つけると信じられないものを見たかのように固まってしまった。
「う、うそです、アイシャ、あなたはマキア王に殺さ───」
と慌てて自分の手で口を塞ぐ。そして、サリアの胸に顔を埋めて泣いているアリアを見てそっと手を下ろす。
それを見ていたミリアとクーリアはすぐに察する。
「シオンさん?でいいでしょうか?私は冒険者パーティー『エターナルバンド』に所属しております。ミリア・グレイシアと申します。少しお話をしたいのですがよろしいでしょうか。」
「……え、ええ、シオン・トマスティアです。私もお話したいと思っておりました。」
「では、外に出ましょう。ここでは話づらい内容ですので……」
そう言ってミリアとシオンは外に出た。
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