第41話 毒の在り処

 現場に着くと、案の定人だかりができていた。いくら参加人数が増え、会場を大きくしても、ここは王城であり、とりわけ図書館が近いため、一番静かな場所とも言えた。

 そこで悲鳴が上がれば、お茶会の参加者だけでなく、王城に勤めている侍従や侍女たちも集まってくるのは当然のことだった。


「すみません。通して下さい」


 コリンヌが側近らしくジェシーを先導した。集まっていた者たちは、ジェシーとサイラスの姿を見ると、二つに分かれて道を開けてくれた。


 その通された先で見たのは、まずミゼルとヘザーだった。珍しくミゼルがヘザーを支えている。そんな姿を。


「二人とも、大丈夫?」


 ジェシーはすぐに近づき、それぞれの肩に触れた。すると、ヘザーがジェシーに駆け寄った。


「ジェシー様。……ブレスレットが光っているんです。私っ!」

「落ち着いて、ヘザー。とりあえずブレスレットを見せて。ミゼル、貴女のも」


 はい、とミゼルが右手からブレスレットを外して、ジェシーに渡した。


「ミゼルのは光っていないのね。このブレスレットに付いている魔石は、一度毒が近くにあると光るのよ。今は傍になくても。だから、ミゼルがヘザーに触れていても光っていない、ということは」

「ヘザー嬢が毒を持っているわけではない、ということか」

「えぇ。そうなるわ」


 そして、ジェシーの持っているブレスレットも確認すると、やはり光っていなかった。


「ヘザー。どこで毒の、いえ、ブレスレットが光ったの?」

「分かりません。ロニ様に指摘されて、その時初めて分かったので」

「困ったわね」


 だが、問題はここだけではない。ジェシーは振り返り、事件の発生場所に向かった。


 そこには、当然ロニがいた。サイラスも、ヘザーの傍にいたい様子だったが、場を納めなくてはならないと判断したのか、ジェシーの後に付いてきた。


「できれば、ジェシーには見せたくないんだけど」

「この場では、私が総責任者よ。そう言わないでちょうだい」


 主催者であるミゼルの主たるジェシーが、警備の総責任者であるロニに告げた。


「諦めろ。それで、毒は検出けんしゅつできたのか?」

「いや、飲んだお茶からも、ポットからも出なかった」


 ロニが退くと、丸テーブルに伏せている令嬢の姿が目に入った。緑色のドレスを着た令嬢だった。その近くで、青いドレスを着た令嬢が震えながら、周りに支えられている。


「彼女は?」

「悲鳴を上げた令嬢で目撃者、と言ったところかな」

「聞き出せる状態とは思えないけど、何かしら聞くことはできた?」

「一応。お茶を飲む直前に、子犬を見かけたとしか聞き出せなかった」

「子犬?」


 そう言ったのは、ジェシーではなくサイラスだった。


「何か心当たりがあるの?」

「ヘザー嬢が犬を見たと言っていたんだ。それでフロディーが。そうだ。あの時、フロディーがヘザー嬢に言ったんだ」


『あまりスカートの裾を持たない方がいいかと』


「スカート?」


 ジェシーは急いでヘザーの元へ行き、その時のことを尋ねた。すると、ドレスの裾に犬がすり寄っていたこと。犬が会場内にいることを、ロニに報告しに行ったことを聞いた。


「その時に指摘されたのね、ブレスレットが光っていると」

「はい」

「だとしたら! ヘザー、動かないでね」


 もし、予想が当たっているのなら、とジェシーは右手からブレスレットを外した。そしてドレスの裾にブレスレットを当てる。


「あっ、やっぱり」


 案の定、ブレスレットに付いている魔石が光った。


「ジェシー様。これはどういうことでしょうか」

「ヘザー、大丈夫よ。これで、貴女のせいではなくなるから」


 安心させる様に告げた後、もう一度ロニたちがいる現場まで戻った。そして、二人にブレスレットを見せ、経緯を話した。


「つまり、犬が毒を持っていたのよ。ヘザーは犬にすり寄られたけれど、被害者はどんな風に犬と接触したのかしら」

「ドレスの裾に付くくらいだから、手で触ったとか」

「その手で口元を触ったら、毒も口に入るか」


 そんな話が聞こえたのか、青いドレスの令嬢がゆっくり近づいてきた。未だ体を震えさせたまま。


「あ、あの。彼女は、その子犬を、抱き寄せて、頬擦ほおずりして、いました」


 ここにいるだけでも辛いだろうに、青いドレスの令嬢はそれだけを言うと、その場で崩れた。ジェシーは彼女に近づき、体を支えた。


「ありがとう。辛いのに教えてくれて」


 ジェシーは給仕に目で合図をして、青いドレスの令嬢を引き渡した。


「頬擦りまでしていたのなら、口元にまで毒はいくわよね」

「そうなるな。子犬を探し出せば、さらに明確になるはずだ」


 サイラスはすぐに、近くにいた給仕に命令を出していた。恐らく先に来ていた諜報員かもしれない。


「もしかして、その犬は子供だったから、間違えたんじゃないか」

「ロニ? それはどういうこと?」

「最初はヘザー嬢のところに行った。そのヘザー嬢は今日、紺色のドレスを着ている。そして、ジェシーが着ているのは――……」


 水色のドレスだった。ミゼルの色にすることで、周りにアピールできればと思って選んだのだ。


 ヘザーのドレスと、先ほどの令嬢のドレス。その三着が共通した色は、青だ。


 急に血の気が引いた。体がよろけて、今度はジェシーがロニに支えられる。


「ご、ごめん!」

「ううん。いいの。私が狙われていることは、分かっていたことじゃない」


 ロニに言っているのではない。ジェシーは、自分自身に言い聞かせていた。だが、感傷的になっている場合ではなかった。自分の代わりに被害に遭った令嬢が、目の前にいるのだから。


「どうした?」


 戻って来たサイラスが、二人に投げかけた。


「この令嬢は、私の代わりに亡くなったことが分かったの」

「そうか。事情は後で聞かせろ。今は、それを手引きした奴を問い詰めに行こうぜ」


 青ざめるジェシーは、不敵に笑うサイラスを見上げた。コルネリオと同じ金色の髪をしたサイラスの笑みに、ジェシーは頼もしさよりも怖いと感じた。

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