第24話 一応第三の刺客?

 玄関を抜け、エントランスにいる使用人に、応接室が空いているかジェシーは確認を取った。


 幸いにも、この時間は使われていないという。しかし、一時間後にはカルロの客が来るため、客間を勧められた。


「ジェシー様、カルロ様に迷惑をかけたくはありません」

「大丈夫よ。そんな意地悪なことはしないから」


 優しいだけなのか、それとも将来を見据えて、カルロとの軋轢を生まないようにしているのかしら。まぁ、それは考え過ぎよね。

 いくらなんでも、私ほど鈍いタイプには……見えなくはないか。


 使用人に空いている客間を聞き、二人はアイビーの間へ向かった。


 アイビーの間は、その名前の通り、部屋の中にいくつかアイビーが置かれていた。ツル性の観葉植物であるため、使用人たちが定期的に剪定をしなければならない。

 そんな手間がかかる部屋だが、お陰でアイビーに支配されることはなかった。


「ありがとうございます。私がこの部屋が好きなのを覚えていて下さったんですね」


 ヘザーはこの部屋、というよりアイビーの葉が好きなのだ。アクセサリーのデザインに入れて欲しいと、よく頼まれたのを覚えている。


 そして、アイビーの間に入った途端、ミゼルたちの前で見せていた口調をやめ、ヘザーは普通に喋り始めた。

 或る時を境に、ヘザーは私以外の人の前では、ほんわかした口調で話し出したのだ。


「しばらくしたら、お茶を持ってくるだろうから、それまでは好きに見て良いわよ」

「では、お言葉に甘えて、と言いたいところですが、気になった情報を手に入れたので、まずそちらを聞いていただけますか?」

「分かったわ。お茶の方は、呼び鈴で持ってくるようにさせましょう」


 ありがとうございます、というヘザーの返事を背中で聞きながら、ジェシーは廊下で控えているメイドに伝える。そして、扉を閉めた途端、誰も入らないように、魔法陣を展開させる。


「この方がいいでしょう」

「はい。実は、情報と言うのはセレナ様のことなんです」

「え? どうしてヘザーが?」


 セレナのことはサイラスに頼んである。いや、次期王妃のセレナが二、三日帰っていなければ、新聞だって騒ぎ始めることだろう。

 そうすれば、ヘザーの父であるバーギン侯爵だけでなくとも、調べるに違いない。よく考えれば分かることだった。


「今日こちらへ来ることを話したら、サイラス様がジェシー様に伝えて欲しいと、言伝を預かっているだけですわ」

「もう! 見え透いた嘘はいいわ。でも、サイラスからというのは本当なの?」


 私に手を引くよう言ったのに、サイラスがヘザーを巻き込むとは思えない。


「嘘ではありません。セレナ様の安否は私も気にしていましたから」

「貴女もコリンヌと同じで悪い子ね」

「まぁ、コリンヌ嬢ほどではありません。ただ、サイラス様のお気持ちには答えられないだけですわ」


 驚きのあまり、ジェシーは腰を抜かしたように椅子に座った。


「え? 気づいて?」

「いました。ジェシー様は最近気づかれたらしいですね、ロニ様のお気持ちに」


 そう言って、とびっきりいい笑顔を向けられた。


「同士だと思っていたのに……」

「申し訳ありません。あっ、でも、サイラス様には内緒にしてもらえますか?」

「言ったとしても、私の言葉なんて耳に入れようとしないから安心して」


 今度は苦笑いをする。


「それでセレナは?」

「一週間前、王子の誕生日パーティーで、見知らぬ男性と共にいる姿が、目撃されていたことが分かったんです」

「見知らぬ? どこかの令息ではないの?」

「メザーロック公爵家とマーシェル公爵家、そしてバーギン侯爵家の情報網にヒットしませんでした」


 つまり、ロニにも情報が行き渡っているのね。


「それでウチの情報網に引っかかるかどうか、聞きに来たのは分かるけど、ロニは何をしているの?」


 私に連絡も寄こさないで。


「もう喧嘩したんですか?」


 惚けているのか、本当に知らないのか分からないが、怒りの矛先をそのままヘザーに向けた。


「申し訳ありません。ロニ様のことをサイラス様に聞き忘れていたのは、私の落ち度です」

「いいえ。別にロニの行動を把握も、束縛もするつもりはないから、気にしないでちょうだい」

「はい。その男の特徴は、金髪でセレナ様よりも少し身長が高く、同い年かと思うほど若かったと言うんです」


 すぐに話題を戻すのは、ヘザーなりの気遣いなのか、飛び火が来ないようにするための処世術なのか。ジェシーは敢えてそれに乗ることにした。


「そんな人物、山ほどいるわ」

「ですが、あの日のアリバイは皆取れています。ほとんどの者が、パーティーに出席していましたので」

「令息とは限らないんじゃないかしら」


 セレナと同じくらいなら、十代後半。そのくらいの金髪男なら、令息じゃなくてもいる。しかし、ヘザーは首を縦には振らなかった。


「勿論、それも視野に入れました。男の身なりも、貴族とは言い難い物のようだと聞いたので」

「だったら」

「その男の顔が、国王に似ていたとしたら、ジェシー様も同じように思えますか?」


 ヘザーの言葉に驚きはしたが、何か忘れて、いや見落としているような気がした。


 何かしら。国王に似た男。王子は顔から中身まで王妃似だ。国王に弟や妹がいないことから、考えられるのは二つ。


 傍系ぼうけいかご落胤らくいんのどちらかだ。


 ご落胤? 第二王子?


 突然、シモンからのヒントと回帰前の記憶が重なった。


 王子との婚約破棄後、セレナは別の誰かと婚約したのだ。確か、メザーロック家が見つけたと言っていた、国王のご落胤、第二王子だ。

 名前までは思い出せないが、シモンの私ならカルロだと言った言葉。そして『鈴蘭を咥えた馬が星を二つ運んでいる』


 鈴蘭は分からないが、馬はゴンドベザー王室の紋章に描かれている動物。星もまた然り。それが二つというのなら、間違いない。


「第二王子?」

「気が早くはないですか? まだ王子ではありません。ご落胤の可能性があるということです」

「そうね」


 でも、本当にセレナと一緒にいたのが第二王子なら、五年前から二人は知り合いだったことになる。だから、王子、ランベールに見向きもしなかったというの?


「ちょうどシモンが、その男のヒントをくれたわ。『鈴蘭を咥えた馬が星を二つ運んでいる』という。馬と星が王家の紋章を意味しているなら、鈴蘭も同様」

「生母の実家の紋章ということですね。調べてみます」

「いいえ、それはこっちで調べるわ。貴女には、別のことを頼みたいの。ちょうどお願いがあると言っていたじゃない。それで手を打ちたいんだけど、いいかしら」

「聞き入れてもらえるのなら、何でもします!」


 そう言いながらヘザーは立ち上がり、ジェシーとの間にあるテーブルに手をつく。音がしなかったが、それだけの勢いがあった。


 そのため、自分の要求よりも、ヘザーの願いの方が気になった。


「貴女の願いは?」

「!」


 すると、急にヘザーは顔を赤らめて、椅子に腰を下ろした。そればかりか、先ほどの勢いは何処へいったのか、俯いて両手を膝の上で組んだ。


「接点を作っていただきたいんです。カルロ様との」

「カルロ? 接点? え?」

「サイラス様のお気持ちには答えられない、と言ったじゃないですか」

「そうだけど。まだ十五歳よ」


 ヘザーは私の三つ年上だから、二十三歳だ。


「貴族にとって、八歳差なんてよくあります」

「で、でも、いつから、その、好きなの?」

「……五年前から、です」


 時間にして一分。体感では五分くらいあっただろうか。沈黙が流れた。


「ヘザー」

「仰りたいことは分かっています」


 そうじゃないのよ。思い出したの。回帰前にカルロから婚約したことを。その相手が、貴女だったことを。あの時は、私の身長を超えていたから、何一つ疑問を抱かなかったの。


「まぁ、分かったから。その願いはどうにかしましょう」

「ありがとうございます。それで、ジェシー様の方は」

「引き続き、目撃者を集めて、セレナが何処に行ったか調べて欲しいの。あと、ミゼルとコリンヌのサポートをしてあげてちょうだい」


 それくらいなら、あまり危険なことはないでしょう。


「てっきり、残る側近のフロディー様を、攻めろと仰るのかと思いました」

「そこまで非道ではないわ」


 ヘザーだけじゃなく、フロディーにとっても悲惨でしかない。好きでもない男に迫れとか、傘下の家門の令息に、好きな女が迫っている現場を目撃したサイラスが、何をやらかすか……。


「分かりました。ジェシー様の期待に添えるように頑張ります」

「サイラスには注意しなさい。利用し過ぎて痛い目に逢うだけよ。コリンヌと立場は違うのだから」

「肝に銘じておきます」


 真面目に返事をするヘザーを見て、ジェシーは席を立ち、扉の方へ向かった。本来は鈴を鳴らすつもりだったのだが、気になることがあり、使用人にあることをお願いした。

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