第20話 第一の刺客の疑い(コリンヌ視点)
ジェシーとロニが、メザーロック邸に向かう馬車に乗ろうとしていた頃、オープンカフェで昼食を取りながら、コリンヌは今後の予定を考えていた。
途中でロニが合流するとは聞いていたが、まさかジェシーを連れて行ってしまうなんて、思わなかったのだ。
これじゃ、ただのデートになっちゃう。別にレイニスとのデートが嫌というわけではないんだけど。
そもそもこの外出は、コリンヌがソマイア公爵令嬢の側近になったことを、内外にアピールするためのものだった。それなのに、当のジェシーがいなくなっては、目的が果たせない。
「この際だから、言っておきたいことがあるんだが」
「何でしょうか?」
難しい顔で思い悩んでいると、何故かレイニスも同じ表情をしていた。
「ロニ様とジェシー様の件だ。ジェシー様の側近になったのだから、注意事項を話しておこうかと思って」
注意事項と聞いて、思い当たる節があった。
それは、洋服屋でジェシーと一緒にカタログを見ていた時だ。ロニからの言伝だと言って、レイニスの父親であるヘズウェー伯爵へ助力してくれる旨を聞いた。
しかし、それとは別に、ロニが怒っていたことを告げられた。その後、よく分からなかったため、雑貨屋で二人きりになったタイミングで、レイニスに事情を尋ねた。
「接点が何もないのに、一体何をしたんだ」
「もしかして、ジェシー様にロニ様のお気持ちを伝えたのって、不味かった……ですか?」
そう言った途端、レイニスの顔が真っ青になった。
「あぁぁぁ。ロニ様が怒るわけだ」
まさかジェシー様への気持ちを、ロニ様が周りに口止めしていたなんて。そんなの知らなかった。いや、知らなかったどころじゃない。
だから、合流した時のあの笑みが怖かった。とりあえず、レイニスの機転で許して貰えたみたいだけど。
コリンヌは、レイニスの言う注意事項に、真剣な顔で頷いた。
もう失敗は出来ないのだから。
「ロニ様は、ジェシー様の前だと従順な態度でいる。言葉は悪いが、忠犬のようにな」
ランベールの誕生日パーティーでの出来事を思い出した。確かに、まるで家来のように扱われていた。
「だが、逆にジェシー様に関することになると、狂犬に変わる。誰構わず牙を向くから、気をつけてくれ。男は勿論、女子供もロニ様にとっては関係ないことだから」
「分かりました。ジェシー様に話を振られても、知らぬ存ぜぬを通せば大丈夫でしょうか」
「いや、そこまで極端な態度をとると、逆にジェシー様に怪しまれる。そうなると、自然とロニ様に飛び火がかかるから、適度に対応すればいいと思う」
何だか難しいミッションね。そういえば、洋服屋にいた時、追加の頼み事をされたんだったわ。ロニ様のことがあって、後回しになっちゃったけど。
「ジェシー様に怪しまれないように、ですか」
コリンヌは意味ありげな口調でレイニスをじっと見詰める。
「……何だ?」
「いえ。ただ最近のレイニス様も、どこか怪しいと思いまして」
そう言うと、さきほどロニに何か言われた時のように、肩がほんの少し跳ね上がったのを、コリンヌは見逃さなかった。
こういう正直なところは、レイニスの魅力の一つだと思う。隠し事のできない性格。
今まで近寄ってきた男性は、私を下に見ている者たちばかりだった。そのせいか、のらりくらりと躱されたり、利用されたりしてきた。
実際ランベールも、どう思って私に接していたのか分からない。もしかしたら、セレナ様への当てつけだったのかもしれない、と今ではそう思うことがある。
それはレイニスと付き合い始めてから、感じるようになった。時々媚びは売るが、ほとんど本音のやりとりをしているせいだろう。
相手を褒めちぎったり、甘やかしたり、望んだ言葉だけしか使わない世界。それがランベールとの日常。
しかし、レイニスは違う。ちゃんと淑女として扱われ、注意されることも多いが、時折優しい言葉に甘えてみせると、あたふたする姿が可愛くてからかいたくなってしまう。
だからコリンヌは、すぐに何もなかったかのような態度でいたレイニスに向かって、手を緩めずに追撃する。
「やはり、私の他に、お慕いしている令嬢がいらっしゃるのではないのですか?」
「ど、どうしてそう思うんだ!」
「王城でお会いした時、茂みから現れたではありませんか」
「あ、あれはだな……」
口籠るレイニスに、コリンヌはやはりな、と再認識した。
ジェシーから新たに下された命令は、あの日、レイニスがどこから来たのか、その場所を探ることだった。ランベールの動向も継続中だが、王子宮に籠ったきりで、情報は掴めない。
役に立つところを示さなければ、ジェシーに切られる可能性が高くなってしまう。が、コリンヌにはまた別のことで、レイニスを追求する必要があった。
禁止区域となっていることらしいけど、そこで一体何をしていたの。立入禁止になっている場所で、殿方が口籠る。その答えは一つしかない!
「どなたかと逢引きされていたのでは?」
「違う!」
「では、教えてください。あの日、何故あの場所にいたのかを」
ジェシーの命令でなければ、本気で浮気、いや付き合う前だったから、二股を疑っていただろう。しかし、可能性は否定できない。何故なら、
「私も、今まで二股をかけられた経験があるので、慣れていると言えば慣れていますが。やはりレイニス様も、そういう殿方だったのは失望いたしました」
その時の経験を思い出し、演技ではなく、本気で涙ぐんだコリンヌは、席を立ち上がった。途端、レイニスに腕を掴まれ、建物と建物の間にある脇道に連れて行かれた。
「だから、違うんだ。コリンヌが思っていることは断じてない!」
「でしたら……」
話してください、と目で訴えた。
「あの奥には、今は使われていない宮殿があるんだ」
「そこで逢引き――……」
「していない! 古い宮殿だから、使えるかどうか確かめに行っていたんだ」
「逢引きするために?」
レイニスはコリンヌの肩を掴み、深く息を吐いた。
「いい加減、そこから離れてくれ」
「分かりました」
ちょっと、からかい過ぎたかな。そろそろ本来の目的を聞かないと。
「では、その宮殿は何に使う目的だったんですか?」
「使うのは俺じゃない」
「なら、一体誰が――……」
使うのですか、と言おうとした口を、レイニスの手に塞がれた。まるで、それを口にしてはいけないかのように。
「巻き込みたくないから、それ以上は聞かないでくれ」
コリンヌは、レイニスの手を掴み、首を横に振った。
「そういう訳にはいきません。ランベール様ですか? お使いになるのは」
「いや、その……」
今、レイニスの頭は、ランベールが逢引きのために命令したと、コリンヌが疑っているのではないか、と思っていることだろう。
しかし、コリンヌは飽く迄も、ジェシーの命令を遂行しようとしているだけである。
「ランベール様に直接聞きに行くことは、今は出来ませんから、他の側近の方に聞きます。レイニス様がお答えいただけないのであれば」
「待ってくれ。それはつまり、まだ王子に未練がある、ということか?」
「え?」
どうして、そんな話に?
「王子が逢引きに使っていたと、疑わないのか? だから、そこまで聞いていたのでは――……」
「違います! 逢引きを疑ったのは、レイニス様で。お慕いしているのだって、レイニス様なんです!」
勘違いしないで下さい、と顔を真っ赤にして訴えると、レイニスはホッとした表情で、「そうか」と呟いた。
「俺が言うのもなんだが、王子は勿論、シモンとフロディーにも近づかないで欲しい」
「私の気持ちを疑うのですか?」
先ほどの自分の態度を棚に上げて、コリンヌは聞く。
「そうじゃない。疑わないから、それだけは守ってくれ」
「……理由を尋ねても、答えては下さらない、のですね」
レイニスは黙って、ゆっくり頷いた。これ以上は無理だと悟ったコリンヌはただ、
「分かりました」
そう返事をするしかなかった。
***
「という訳なんです」
翌々日、ソマイア邸を訪問したコリンヌは、ジェシーにありのまま報告した。
「つまり、王女宮を使えるようにして、何かしようとしているのね」
「恐らくは」
その席で、レイニスが言っていた宮殿の名前を教えてもらった。
「そして、ランベール様もしくは、シモンとフロディー様も関わっている、と思っていいんですよね」
今日は応接室ではなく、庭園の東屋でお茶をしながら、報告会が行われていた。丸テーブルにいるのは、ジェシーとコリンヌだけではない。
今日が初対面となるミゼル・ケニーズ伯爵令嬢が、神妙な顔で結論を告げた。
何でも、ランベール側を探っていたのは、私だけではなかったらしい。ロニ様は分かるとして、もう一人いたなんて思わなかった。それほど、まだ信頼されていないのかな。
ケニーズ嬢は、ジェシー様の最側近だから仕方がないか。
横に座るミゼルを、コリンヌはチラッと見て、様子を窺う。
「えぇ。ただ、レイニスの言う通り、あまり深入りはしないようにしてちょうだい」
「何故ですか?」
コリンヌが尋ねる。
「ロニからの情報で、王子宮の者たちが洗脳、または操られている可能性が出てきたからよ。それに、サイラスの調査では、セレナが未だ行方不明のままだっていうし。……危険だわ」
「そうだったんですか。だから、レイニス様は」
巻き込みたくないと、理由も話してくれなかったんだ。
「申し訳ありません、ジェシー様」
「どうしたの? ミゼル」
「実は、もうシモンを問い詰めてしまいまして……」
そう言って、驚く二人を余所に、ミゼルは一昨日の出来事を話し始めた。
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