第21話 第二の刺客は逃がさない(ミゼル視点)
緑多き王城は、初夏の香りに包まれていた。
春に芽吹いた若葉が、葉っぱ特有の香りが出るほど育っていたからだ。その姿は、まだ春の日差しが残る薄い青空によく映えていた。
王城を包む香りはそれだけじゃない。
青々とした緑の中にある、春の淡い色の花から夏の色鮮やかな花に至るまで、次々に咲き始めて、甘い香りを届けてくれる。まるで、夏の到来を見る者に告げているかのようだ。
その陽気に当てられているのは、植物だけではない。人間もまた、その恩恵に預かろうと、外に繰り出していた。
ミゼルも、その中の一人ではあったが、王城に来たのは別の理由だった。
ジェシーに頼まれたお茶会のリストは粗方用意できた。あとは、ジェシーに確認してもらって、了解を得たら発送する手順である。
そもそもコリンヌに対して不快に思っている令嬢は多い。だが、ソマイア公爵家傘下の令嬢は、そうではなかった。むしろ、少ない方である。
何故なら、ソマイア公爵家が魔塔を抱える学者の家であるため、傘下の家も、王家の力の影響を受けない家が多かった。
例えば、海洋調査をした結果、真珠や珊瑚などの産地になった領地や、調査を伴う過程で整備をした場所が、観光名所へ様変わりした領地などがあるからだ。
王家が転覆したとしても、領地に影響がなければ興味など湧かない。故に、王子に侍る者への感情も、不快に感じるところまでいかないのだ。
それでも、お茶会を成功させるためには、事前の情報収集も大事である。王城に出入りする同じ傘下の令嬢を探して、それとなく聞く必要があった。
さらにミゼルには、もう一つの目的を果たさなければならない。
王子の側近の一人であり、幼なじみのシモン・カルウェルを捕まえることである。
ジェシーに頼まれた日に、カルウェル伯爵家を訪ねたのだが、どうやらシモンはずっと王城に行ったきり、帰っていないと告げられたのだ。
考えられることは一つ。王子宮に籠っているに違いない。とはいえ、真っ直ぐ王子宮に向かうことは憚られた。いくら幼なじみでも、王子宮でシモンを呼び出すような真似は、さすがに出来なかった。
同じ傘下の令嬢たちを探しながら、シモンを見つけるしかない。そう思って、王城の敷地内にある、図書館へミゼルは向かうことにした。
誰かを訪問、または用事がある場合を除いて、令嬢が一人で王城に来る理由として、図書館を利用するのは一般的によくあることだったからだ。
しかし、図書館は王子宮とは正反対の場所にある。シモンを見つけるにはどうしたらいいのか、考えていると、飛んで火にいる夏の虫とばかりに、獲物が突然視界に入ってきた。
王城の入口に差し掛かった頃、辺りをきょろきょろとしている、焦げ茶色の髪をした男に近づいて声を掛ける。
「誰を探しているの?」
シモンがミゼルに気づいた瞬間、腕を強引に引っ張った。危険のないようジェシーに言われたが、いくらシモンでも、大勢いる前で乱暴することはないだろう。
「ミ、ミゼル!?」
「連れがいないのなら、エスコートしてくださらない?」
「俺にそんな暇は――……」
ない、と言うのと同時に、ミゼルの手を払おうとした。が、周りの目が気になったのか、途中でその動作をやめた。
「それで、何処へ行くつもりですか?」
余所向きの表情で、そっと腕からミゼルの手を離し、代わりに自らの手を差し出す。だからミゼルも、それに合わせて言う。
「図書館までお願いしたいのだけれど」
「喜んで」
平静を装いながら歩き出した二人だったが、重なった手のひらにそれぞれ力を込めていた。
***
「それで、一体何の用だよ」
図書館に着くなり、ミゼルはシモンの手をさらに強く握り、奥にある本棚と本棚の間に連れて行った。
淑女がする行為ではないと、普段のミゼルはなら分かっていたはずだが、コリンヌへの対抗意識で、麻痺してしまったらしい。
「あんたがなかなか帰ってこないから、様子を見に行ってほしいって頼まれたの。王城に行く時でいいからって、カルウェル伯爵夫人に」
「嘘つけ」
勿論、嘘だけど。でも、それくらい言わないと、王子の動向を探れない。
「とにかく、理由を聞かせてもらわないと困るのよ」
「断る」
想定内の返答だったため、ミゼルは感情的にならず、冷静に次の質問をする。
「もしかして、王城にいるというのはカモフラージュで、本当は……」
そこまで言うと、シモンの表情が緊張で固まる。
やっぱり、何かあるんだわ。だけど、ジェシー様からは怪しまれないように、って言われたから、ここは……。
「カジノで遊んでいるんじゃないの? それとも、女遊びの方? そろそろ、結婚も視野に入れなきゃいけない年齢なんだから、ほどほどにしたらどう?」
的外れなことを盛大に盛ることにした。
「お前の頭の中の俺は、どんな男になっているんだよ。そんな噂、一つも上がったことはなかったじゃないか」
「でも、シモンも男だから、アリかなって」
「そう思うならいい加減、この体勢はやめてくれないか」
体勢? とミゼルは首を傾げた。
「何か問題?」
「大アリだ。お前の胸が当たりそうで怖い」
「えっ!」
驚いて、シモンの首の横にあった自身の腕を引いた。手には、本の背表紙の跡が付いている。
やだっ。逃がさないよう問い詰めなくちゃ、って思っていたから、つい。
その勢いで、シモンに詰め寄っていたことに気がついたミゼルは、ようやく自分がはしたないことをしている自覚を持ち、思わず指摘された胸を隠す仕草をしてしまった。
後ろに数歩下がり、距離を取る。するとその隙に、シモンがゆっくりと横へ移動し、その場から離れようとしていた。
「待ちなさい!」
すかさずミゼルがシモンの腕を掴む。顔がまだ少し赤かったが、使命感の方が上回った。
「しつこい!」
今度こそ、ミゼルの手を振り払おうと、シモンが力を入れた瞬間、
「お静かに、願えますか?」
巡回していた司書に睨まれた。
さすがに居た堪れなくて、二人は図書館から出て行った。
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